VSワルキューレ(後編)
4本。そこからは予想通りの展開となった。
残っているのは短剣、長剣、太刀、そして最初の黒剣。
その4本は、走って切り込む私を迎撃するように彼女の周りに集まる。 今までの経験上、正面からパワーでゴリ押せばなんとかなっていたけど、今回ばかりはそうも行かないだろう。
距離を取るためにバックステップしながら、とりあえず牽制のノーマルバレット連射を行う。
しかし、4本の武器はそれすら見越していたかのように連携を取り、太刀が受け止め、他3本が魔力を溜め始めた。
さっきから、本数が減る毎にそれぞれが強くなっている気がする。 多分本数が減ることで、1本1本に注がれる力も上がっているんだろう。 出来るだけ短期決戦に持ち込みたい所だが、攻め込もうにも攻め込めない現状が辛い。
もし今攻め込んだとしても防御を固められているので、武器2本に阻まれ、残り2本で滅多打ちにされてしまう。 ならばもう頭を筋肉で固めて、防御すらゴリ押してしまえばいいんだ。
『剛撃』を乗せた『斬撃波』を滞空している彼女に撃ち込む。 先程のように太刀が阻んでくるが、それにかまわずホーリーバレットを撃ち込み続けた。 『剛撃』による削りでじわじわとダメージを与えていけば、防御態勢でも問題なく武器にダメージを蓄積させられるだろう。
何度か撃ち込んでいると、3本の武器がついに輝き始めた。 魔力を溜めていたのは分かっていたし、そろそろだとも思っていたので、攻撃を中断し、回避に専念する。
こういう時は、数が減っても焦って追い込まずに、冷静にヒットアンドアウェイで立ち回るのが鉄則だ。
3本の武器は、私を狙って一斉に、黒い刃を放った。
まるで『斬撃波』を大きく、黒くしたような、まるで某死神のアレみたいなのが三発同時に襲いかかる。 しっかりと見ていたことで回避は簡単だったが、追撃に備えて再び視線を上げた時だった。
そこに写ったのは、2発目の黒い刃。 どうやらこれは連続して放てるようだ。 少し遅れたが、今度はバックステップでギリギリ回避する。
足を止めずにその場を移動。 私がさっきまで居た場所には、黒い刃が着弾し、続けて私の後を追うように砂の柱が生まれては消えを繰り返した。
着弾点では次々と、砂埃が大きく舞ってしまっている。 ただでさえ上を取られているのに、視界不良が相まってかなり避けづらい。 もしもこれを最初から狙っていたとするならば、私は「魔装」を少し尊敬するかもしれない程、有効な作戦だった。
私はまんまとそれにはまってしまったわけだ。
なんとか瞬発力に頼って避けている私の耳にいきなり「ビュッ」と、風切り音がする。 黒い刃のみに集中していた私にとって、それは十分すぎる不意打ちとなった。
黒い刃を放っていない太刀は、私からの攻撃がなくなってフリーになっている。ならば、こういった行動も可能なはずだ。
なんとか左手のカースオブキングで弾こうとするが、その一撃が重すぎたという事実に、私の対応が遅かった事も相まって、勢いの落ちきらない一撃を脇腹に貰ってしまう。
3本の武器はチャージした分を打ち切ったのか、黒い刃を飛ばすのを止めているが、好機とばかりに4本が同時に襲いかかり、私を乱撃しようとする。
一撃貰ってしまっただけなのに、私の左手は少し震えてしまっていて、足は立ち上がろうとする意思に反するかのように、私に従おうとしない。
それでもなんとか気合いで弾くが、私の体には多くの傷と少なくはないダメージが蓄積していった。 脇腹は服がざっくりと裂かれ、そう深くは無いが大きく切り傷ができていて、血が滴っているのが分かった。 モロに喰らっていたらと考えるとぞっとする。
自分のミスを反省しながら、攻撃を捌いていく。 幸いな事に『マンティコアの加護』のおかげか、回復力は凄まじく、少しずつ体も言うことを聞くようになってきた。
それでも4本の武器は、攻撃を与えては次の攻撃に移るのを繰り返している。
マズいかもしれない。 それでも私は、やるしか無いんだ。
雫は自分を傷つけてでも私を助けてくれた。 失敗したら、酷い目に遭っていたのは雫だというのに、それでも彼女は私を助けてくれた。
ならば私は彼女の意思を継ぐべきだ。苦しむワルキューレの少女を救わなければならない。
いや、その内には私の感情も籠もっているのだろう。 絶望を味わった身として、当時の私と同じ顔をしている彼女に何らかの感情を覚えてしまったのかのしれない。
思いの力を頼りに立ち上がり、必死に攻撃を捌き続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく戦った頃、自分が臨機応変という言葉を忘れていた事に気がつく。 変わっていく状況に気を取られて、私の本来の姿を忘れるとは未熟だった。
出来ることも、やるべき事もかなりあるが、少しは冷静になるべきだった。
両手で同時に武器を弾いた後、マンティコアの姿に戻り、自分を中心に『獄炎』を放つ。 それによって、再び斬りかかろうとしていた武器は全てを灰と化す闇の炎に包まれることになった。
その炎から脱出することが出来たのは3本のみ。私に痛手を与えた太刀はその姿を消している。 恐らく蓄積していたダメージもあって、耐えきれなかったのだろう。
武器が減ってきたらパワー型の方が良いだろう。 スピード型とパワー型しか無いのがいかにも脳筋らしくて私好みだ。 攻撃は最大の防御と言う言葉があるが、まさにその通りだと思う。
再び引いていった武器に対して、私は『炎弾幕』を放ち、牽制。 更に、どの程度働いてくれるかは分からないが、無いよりはマシと言うことで『妖炎』も纏っておく。不可視の炎と言うとおり、全く見た目に変化は無いけどね。
『炎弾幕』はキュウビが放っていた物とは少し異なっていた。
まずは自身の周りに大きな炎の弾が5つ生まれ、それが小さく分裂するように弾幕を放ってゆく。持続時間は“そこそこ”と行った所だろう。
それでも意表を突かれた「魔装」の行動がほんの一瞬だけ遅れる。 その時間は勝負に出るには十分なものだった。
二度目の『闘気覚醒』が発動する。
全力で飛び出した白い獣は、音を置き去りにし、その場には衝撃波が生まれる。
『獄炎』を纏った爪が音速で襲いかかり、武器を切り裂こうとした時だった。
再び「魔装」はゆっくりになった世界で通常の速度で動き出す。 やはり相手も私よりは短いが『闘気覚醒』のような物を使用できるらしい。
音をも切り裂く一撃は、防いだ短剣を消し飛ばし、長剣にもヒビを入れる。 更に世界が通常の速度に戻ったときに襲った衝撃波によって、ヒビの入った長剣もバラバラと崩れ落ちていった。
残りは最初に襲ってきた1本のみ。
最後の1本という事実に安心を覚えたとき、ずっと宙に浮いていた彼女が地面に降りてきた。
そしてその剣を握る。流石はワルキューレだけあって、「魔装」に操られていても、歴戦の猛者と言った風格を感じさせる立ち振る舞いだ。 そして、彼女は私に絞り出したような声で告げる。
「…信じてるから…私を倒して…」
そう言い残して彼女は目を閉じる。 その瞬間、彼女の体から強い魔力が放たれた。
正確には、魔力だけでは無かった。気迫や殺意などが混じり合っていて、私は少しだが怯んでしまう。
その魔力は彼女を包み込むように集まり、再び目が開かれた。
激しい憎悪や殺意に満ち、ギラリと光る猛獣のような眼光に、ニヤリとつり上がる口元。
どうやら意識すら「魔装」に乗っ取られたらしい。 まるで全ての怨念と悪意が集まったかのような、青黒く輝くオーラを放ち、1本の剣を握る彼女。 それは、「魔装」が「覚醒」した事を表していた。
「私は絶対に貴方を救ってみせる。私は勇者ではないけど、隣を歩く仲間くらいにはなってあげるから!」
それにしても「勇者になる」とは雫らしい言葉だ。 でも、私はそこまで強くは無いし、何より柄じゃ無い。 でも、友達として、仲間としてなら。 同じく深淵を歩いた者としてなら。
彼女と一緒に居てあげられる。
それが私に出来る、最大の救済だった。
再び魔人の姿になり、にやりと笑みを浮かべた私は、自分の手の中にある二つの武器を握りしめる。
「もう絶対に悲しませないから!後は私に任せて安心して逝っとけ!」
彼女に宣言するように、自分を奮い立たせるように、盛大な啖呵を切った私は、黒く染まったワルキューレへと走り出す。
先ほどまではきっと自分の中に不安な気持ちがあったのだろう。
果たして自分は雫のようになれるのか。本当に救えるのか。
そんな気持ちが、高らかに叫んだ事によって振り払われたかの如く、私の攻撃から迷いは消え去っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鮮やかに舞い散る火花の中、お互いに一歩も引かないインファイトが繰り広げられていた。
気迫ではツボミが、技量ではワルキューレが上回っている。
一撃貰った方の負け。とまで言えるほどの猛攻の中で分かったこととしては、ワルキューレは30秒に一度位のペースで、一回だけ攻撃を完全に弾く障壁のような物を張れるらしい。
私の放つ弾丸は剣に受け止められる。 よくこの距離で受けられるな、と思いつつ振り下ろした剣は、虚空に現れた障壁に阻まれ、カウンターの如く、リロードの隙を突いた黒い剣が横薙ぎに振るわれた。
素早く引き戻したグレイスオブクイーンを縦に構え、斬撃を受け止めながら、こめかみに向けて至近距離での銃撃。
だが、まるで予測していたかのように、打ち合った黒剣を軸にして素早く繰り出されたサマーソルトによって、その照準はずらされる。 しかし、私も阻まれることは予想していたので、怯むこと無く横薙ぎに剣を振るった。
防ぐ術は無く、直撃するかに見えたその攻撃は空を切る事になった。
瞬間的に彼女が加速する。ほんの0.2秒ほどの時間だが、『闘気覚醒』と同程度の加速を行った彼女は、すでに私の真後ろに回り込んでいた。
私の覚醒中の攻撃を阻んだのは恐らくこれによる物だろう。
素早く察知した私は左手を動かし、首を狙った斬撃を銃身で受け止める。 そしてその銃口は彼女へと向けられており、そこから6発の光の弾丸が放たれた。
彼女は横に飛び退くが、発射された内、1発目と2発目が彼女の左腕を捕らえる。
属性弾はノーマルバレットと違って外傷を与えないが、確実にダメージを蓄積させていく。 だが、撃たれた彼女は微動だにせず、一瞬の溜めを作った後、再び私に向けて突進して来た。
私は突進を止めるためにノーマルバレットを鬼のように連射し、さらに『炎弾幕』も発動して、近づかせない構えを取った。
彼女は剣1本しかない。今までの流れから、遠距離攻撃が出来るとしても、まだ離れて戦った方が有利だろう。
更にさっきの攻撃で分かったことがある。 彼女の加速も、私と同じく、連続使用は出来ないようだ。
もし出来るならばあそこで被弾はしないだろう。ただし、私よりは短い間隔で使えるようだが。
私の放つ銃弾と炎の嵐は彼女の服に傷をつけ、ほんの少しではあるが血を舞わせる。
だが、彼女はそれすら物ともせず、突進をやめない。
やむを得ずに後ろへ飛び退いて、繰り出される斬撃を避けるが、そこへ間髪入れずに追撃が来る。あのときの黒い三日月の刃だ。
これは避けられない。地面に足が着いていればなんとかなったかもしれないが、バックステップをしたせいで踏み込むことも出来ない。
仕方なく両手の武器をを交差させてそれを受け止めるが、直後、私の視界に入ったのは再び突進してくる彼女の姿。
「…ッ!『闘気覚醒』!」
苦し紛れに『闘気覚醒』を発動して回避した後、そのまま後ろへ回り込み、頭部を狙って斬りつけるが、再び虚空から現れた壁に阻まれてしまった。
クソッ、ちょうど障壁が復活してたか…なんてタイミングだ。
私は追撃のためにホーリーバレットを放つが、彼女は自分の能力で加速し、その射線上から離れた。
再び猛攻を受ける覚悟を決めた私だったが、その時、奇跡が起こった。
【ホーリーバレット一定数使用により、聖刻弾を習得】
今までの声とは違い、どこか禍々しい声が響いた。 多分、この銃だ。
・聖刻弾:光属性の単発弾。超高火力。
その声が終わると同時に世界は再び元の速度に戻る。
やけに冷静になった私は、聖刻弾を装填するが、この弾、リロードが長い。
装填数1発。リロード2秒。といった所か。
黒い刃を飛ばす構えをしていた彼女へと銃口が向けられる。
――――
聴覚に直接訴えかけるような、大きな銃声が響く。それは飛んできた黒い刃をも消し去って、閃光の如く突き進み、剣を構えて防御姿勢を取った彼女すら吹き飛ばした。
5歩分程度後ろに押され、耐性の崩れた彼女の隙を私は見逃さない。
白い剣に光が集まってゆく。 彼女が纏う黒いオーラを塗りつぶすように、眩い光が両者の視界を塗りつぶす。
そこに顕現したのは渦巻く光に包まれた、巨大な剣。
「これが私の思いだあァァッ!!」
全力を込めて踏み込む私。 黒い剣に魔力を集め、全身にも黒いオーラを纏わせ、全力の防御姿勢を取る彼女。
剣と剣が交差し、光と闇、二つの激しい輝きが全てを包み込む。
輝きが消えた時。そこに立っていたのは黒く染まったワルキューレだった。 私はいつもの反動で地面に倒れ伏している。
何秒経っただろうか。二者はそのまま動かない。
突然、立ち尽くす彼女が揺らぐ。 その顔にはうっすらとした笑顔が浮かび、瞳は希望に包まれて輝いていたようにも見えた。
手にした黒い剣が灰となって消え去るのと、彼女が倒れ込むのは同時だった。
彼女が地面に横たわると、纏っていたオーラが散ってゆき、髪飾りが砕ける。そして、髪からは黒い色が抜け、混じりけの無い乳白色へと戻っていった。
「勝った…。やったよ…雫……」
砂の大地に、静かな勝利宣言がこだました。