VSワルキューレ(前編)
私がアルじぃから聞いていた事前知識は2つあった。
まず一つは「魔装」のこと。 これはワルキューレが本来持ち合わせる防衛本能らしい。
ただ、どういう訳かワルキューレ自身が持つ力を遙かに上回り、更に制御も出来ないと言うものだった。 だが、「魔装」発動中は「神装」を使えないという物がある。
そして「魔装」は闇属性。「神装」は光属性らしい。 まぁ耐性の無い私には関係ない話だけどね。
もう一つは覚醒の事。 「魔装」が相対する者を自分よりも格上であると認識した瞬間に起こる現象だ。 こうなってしまうと、簡単に言えばヤバイ。
本体の意思とは関係なく動く魔装だが、覚醒すると本体のコントロールをも乗っ取り、敵と一方的に認めた者を滅ぼすまで攻撃するという。
よってワルキューレ自身は、その意思に関係なく「魔装」の思うがままに操られてしまうわけだ。
皮肉なことだが、覚醒することによってワルキューレ自身も「魔装」も、それまでとは段違いの力を得るという。
だが、「魔装」も「覚醒」も、更に言えば「堕天」さえも解除する方法はいくつかあるのだ。
一番単純なのは撃派すること。殺害までは必要なく、再起不能な状態にまでしてしまえば勝手に解除されるらしい。 ただ、勿論心に残った傷までは消えないので、また堕天してしまう可能性は高い。
他には強力な「光属性攻撃」をぶつけるという物もある。 ただ、可能ではあると言うだけで、一般には不可能らしいが。
まぁ、今はそんなこと考えてる場合じゃ無いんだよ。
何故って、私は今、7つの武器の猛攻を受けてるからだ。
それぞれの武器が全く違う特製を持つにも関わらず、最初の剣とは段違いの攻撃力とスピードで襲いかかってくる。
なんとか『超化装甲』を全身に纏いながら『爪撃』や『翼撃』で迎撃は出来ているが、それでも全て防ぎ切れている訳では無く、防げなかった攻撃は私にダメージを蓄積させてゆく。
ジリ貧だなぁ…いつも思うが私は脳筋過ぎて防御系スキルがあまり無い気がする。 しかもマンティコアの姿はステータスは高く、スキルも強力だが、何しろ攻撃が魔人に比べてもっさりしている。
これでは非ダメ覚悟で突っ込む戦法しかできないじゃ無いか! ……脳筋なのは認めるけどね。
ならもうあきらめて突っ込もうか。
私は『獄炎』を体に纏って空中の彼女に体当たりを決行する。 だが、それが易々と通る訳も無く。
七本の武器の内の四本が交差するように彼女の前に立ちはだかり、私の突進を受け止めた。 その間に、残り三本は無防備な私に攻撃を加える。
脇腹を痛みが襲った。
「……ごめんなさい…ごめんなさい…」
推進力を失って落下する私の耳には彼女のか細い声が届いた。
私は地面に到達した瞬間、地を蹴ってバックステップをする。 私が飛び退いた場所には大剣とロングソードが1テンポ遅れて突き刺さった。
これは圧倒的に不利だな。 マンティコアは大型相手なら最強だが、こう言った場合は魔人の方が有利だ。
飛んでくる鎌を避けながら魔人へと変身する。
この姿の方が素早い。ただし一発でも喰らうと、それが大ダメージとなるのは覚悟しなければならない。
こんな時だ。私らしくは無いが慣れないこともするべきだろう。
私は王と女王を抜き放つと、「魔装」の攻撃を受け止めながら本体に向かって銃口を向け、ノーマルバレットを連射する。
マンティコアよりも遙かに弱いとはいえ、動体視力や反射神経は上回っているこの姿ならば複数の「魔装」を同時にいなすのは不可能では無い。
ならば剣で弾きながら銃を連射するのも、かなり頑張れば出来なくは無い。
銃弾の威力は把握していなかったが、「魔装」は危険だと判断したのか、3本を交差して弾丸を受け止める。
だが、それは私に向かう攻撃に隙が出来ると言うことだ。 まんまと誘いに乗ってくれたな、と思いながら、隙を見て私は『光長剣』を発動する。
リーチと攻撃力が伸び、かなり攻撃を弾くのが楽になった気がする。 勿論本体への連射は止めない。
すると、今のままでは私にダメージを与えられないと悟ったのか、7本は再び1カ所に集まって行った。
私は好機と見て、ホーリーバレットに切り替えて発射する。 ホーリーバレットはそこそこ威力があるらしく、受け止めた剣を少し後方に押した。
そのまま残りの5発も打ち込んでリロードをする。 「魔装」は3本がかりの防御で連射を受け止めた。
有効打にはならないけど牽制には素晴らしいな。
再びホーリーバレットを打ち込もうとして銃口を向けた時、私の想像していない光景がそこにはあった。
7本の武器が輪になって回転する。 そして、その中心に集まる濃密な魔力。 放電しているようにも見えるようなその魔力は私の本能に恐怖を植え付けるほどだった。
避けないとマズい。そう確信したときだった。
それはレーザーのように放たれる。
『闘気覚醒』ッ!
ゆっくりになった空間で、それを避けるのは容易かった。 だが、ここで切り札を使ってしまうとは…。
私の横を放電しながら黒いレーザーが通り過ぎて行く。
『闘気覚醒』はそう短い間隔で使える技では無い。 当分は使用できないだろう。
ならば今のうちにダメージを与えておくに限る。
私は彼女に向かって跳躍し、『聖斬』を発動する。
これも前に使って見たが、強力な光属性攻撃としか表せない感じだった。ただし、威力は相当な物だ。
『闘気覚醒』で加速した私の攻撃は避けられるはずも無く、彼女に命中する。 …かに見えた。
私の攻撃は大剣に受け止められてしまった。
まさか相手も『闘気覚醒』を使えるのだろうか…。
だが、渾身の一撃を受け止めた大剣はバラバラと崩れ落ちていく。 流石私の攻撃力…。
元の速度に戻った時間の中で着地する。 そこに追撃が来なかった事を考えると相手の『闘気覚醒』は私よりも秒数が短いようだ。
そして、流石に砕けた大剣は復活しないらしく、まずは一安心だ。
彼女は先ほどまでの絶望の顔を驚いたような顔に変え、つぶやく。
「……お願い…助けて…」
懇願するような声だった。耐えきれずに私も叫ぶ。
「私に任せろっ!」
厳しい戦いだ。だが、それが、私の心の炎を一層激しく燃え上がらせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私が大剣を砕いてからは、彼女の瞳に今まで無かった光が、ほんの少しだけ宿ったようだった。
そうだ。「魔装」を無理矢理解除する必要は無いんだ。 全部壊せば良い。
傍から聞くと破壊神みたいな台詞だが、これが最善策に思える。
だが簡単では無い。さっき大剣を破壊したのは『闘気覚醒』から繰り出された一撃。
そして今の私は『闘気覚醒』が使えないのだから。 体感では十数分は再使用不可だと思う。
更に言えばマンティコアの攻撃ににも耐える武器だ。ちょっとやそっとの攻撃では破壊など出来たもんじゃ無い。
まぁ、その程度の窮地で私の心は折れたりしない。 私の取り柄は鋼のメンタルと脳筋火力だ。
私は再びバラバラに襲いかかってくる武器を弾きながら、今度は特定の武器に狙いを定めてカースオブキングのホーリーバレットを打ち込む。
狙いは鎌。これは剣で弾くときに一つだけ弾きづらいからと言う理由によるものだ。
武器がグレイスオブクイーンとぶつかる場所、そしてホーリーバレットが打ち込まれる大鎌の腹、この2カ所からは激しい火花が上がる。
だが、一向に有効打にならない攻撃ではダメだと悟ったのか、黒い武器がいきなり動きを変えた。
陣形を組み、2本ずつ同時に、左右から隙を作らないように攻撃してくる。
これは参ったと思いながら、射撃を中断し、両サイドから襲いかかる太刀を剣で、鎌を銃でそれぞれ受け止める。
更に私は回転しながら受け止めた2本を吹き飛ばし、次の2本を受け止める。
6本を回転しながら弾いたときに生まれた少しの隙を突いて、『斬撃波』とホーリーバレットを鎌に撃ち込んだ。
しかし、そこで油断せずに再び襲いかかる武器をしっかり受け止める。
私の周囲では、円を描くような激しい火花が生まれては消えを繰り返していた。
それを2回程度繰り返した辺りで鎌に「ピシッ」と、小さな亀裂が走る。 私はそれを見逃さず、向かってくる鎌に向かって跳躍した。
そして体をひねって鎌をかわし、すれ違いざまに遠心力を乗せた『聖斬』をヒビの部分にたたき込んだ。
バキィン!と音を立て、鎌は砕け散る。
よっしゃ、2本目。 思わず口元が緩む。 『闘気覚醒』無しでも破壊は出来るのが分かったのは大きすぎる情報だ。
後はこのまま行くだけ。まぁさっきのようにレーザーが来るとちょっと面倒だが。
2本目を折られ、驚異と感じたのか、武器達は再び彼女の周りに集まって行く。 今度はレーザーの時とは違い、それぞれの武器に魔力が集まって行った。
そして、それぞれの武器の先が私に向いたかと思うと、5本の武器がそれぞれ数百を超える魔法弾を打ち出す。
だが。雨のように降り注ぐ魔弾の中、再びにやりと笑う私がそこに居た。
彼女は不安や笑みを浮かべる私への恐怖などが入り交じった顔をしている中、私は余裕の表情で段幕を回避して行く。
弾幕ゲーは得意分野だ。 更に言えば、この体は素晴らしい。 反応してから行動までが狂ったように速い。 本当にバグってる位のスペックだな…。
もっと難しいの持って来い!と言わんばかりに段幕の合間を縫って彼女へと接近する。
そして跳躍。段幕を回避しながら後ろに回った私は、近場にあった斧を狙う。
隙の塊のような相手に、『武装強化』、『光長剣』、『聖斬』の同時発動で威力の跳ね上がった一撃を叩き込み、駄目押しとばかりにホーリーバレットを6発まとめて撃ち込む。
黒い斧は耐えきれずに粉砕された。
ここまでで残るは4本。ここ辺りから攻撃が激しくなるのを覚悟した方が良いだろう。
彼女の私を見る目には明らかに期待が籠もっているのが分かった。 ならば私はそれに答えるのみ。
私は両手の武器を再び強く握りしめると、彼女に向かって走り出した。