山羊の悪魔
またも見慣れた壁が私を囲む。
目の前に現れた巨体。 山羊を模したような頭に黒い巻き角、背中まで伸びる髪の毛に黒い翼。ミノタウロスを更にゴツくしたような体と腕に持つ二本の大きな鉈。 瞬時に、首筋に悪寒が走ってしまう程の恐ろしさを携えている風貌だった。
【バフォメット】
Sランク。山羊の悪魔。破壊力に物を言わせた攻撃が特徴だが、魔術も扱う。
コレは無理な相手だ。大人しくマンティコアに頼ろう。
変身を解除し、マンティコアの姿に戻ると、以前にマンティコアだった時よりも格段に強くなっているようで、溢れんばかりの力を感じた。
ただ、死ぬほど暑い。 雪原のマフラーの効果は適用されてないみたいだ。 まぁ、現状装備してないし仕方の無い話だろう。
バフォメットは私と目が合うと、両手の鉈を掲げ大きく咆哮する。 「グオォォォォッ!!」という雄叫びと共に、地面の砂は飛び散り、空気も激しく振動する。
だが、その場からは動かない。ミノタウロスのような脳筋では無いみたいだ。 私も様子を見るためにその場で立ち止まっていると、バフォメットの鉈に黒い光が集まっていくのが分かった。
バフォメットが黒い光の集まった鉈を勢いよく振り下ろすと、鉈に集まっていた魔力が一気に放たれ、地面を衝撃波のごとく吹き上がって私にまっすぐ向かって来た。
てっきり魔法が、ダークネスみたいなのが来ると思っていた私は一瞬対応に遅れてしまい、横に飛び退いた物の右後ろ足に衝撃波が当たった。
だが、衝撃波の威力は私の想像以上で、右足を引っかけられた程度なのに、そのまま後ろに吹き飛ばされ、壁に衝突してしまう。
真横から壁にぶつかり、受け身も取れず、内臓が揺さぶられた時のあの感覚が私を襲う。 逆立ちして、そのまま前に倒れて背中から落ちたときの感じだ。
だが、私には苦しんでいる時間も無かった。
すぐに第二波が私を襲う。 しかし、二度同じ物を食らう私では無い。 真横に飛び退いて今度こそしっかりと回避する。
どうやら、あの攻撃はかなり短いスパンで打てるらしい。魔法なんか使っている時間は無いだろう。
ならば近接で倒すとしよう。 幸い、この姿は攻撃に優れている。
私は、飛びながら翼と爪に『武装強化』と『超化装甲』を重ねがけして突っ込み、勢いをのせた『翼撃』をたたき込む。 飛行の勢いをのせて繰り出した翼の一撃は、バフォメットの頭にヒットする…と思思いきや、鉈で受け止められてしまった。
だがここまでは予想通り。接近したことで爪の届く範囲になった。
バフォメットの首めがけて『爪撃』を繰り出すが、今度もそんなに甘くは行かなかった。『爪撃』ももう一本の鉈で簡単に受け止められてしまったのだ。
更に、カウンターのごとく繰り出された鉈をもろに受け、私はふたたび壁に叩き付けられる。
さっきよりも勢いよく弾かれて衝突した私は、脳を揺さぶられ、激しいめまいに襲われる。 全身が痛い。 コイツ…強い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一体どうすれば良い…。 遠距離からの攻撃は間に合わず、近距離はカウンターが待ち構えている。
たぶん奴から動くことは無いだろう。典型的な待ち戦法だ。 待ちに遠距離の対地攻撃と敵接近時のカウンターとか、例のアメリカ空軍少佐みたいだな…
そういう相手には回転率の高い技で遠距離を打ち消しながら接近するのが相場なんだが、生憎今までの戦いで分かったように私は一撃必殺型。相性が悪すぎる。
更に言えばマンティコアの姿の攻撃は大ぶりで、あの鉈には受け止められやすいと言える。だからといって魔人では接近も出来ないだろう。
とりあえず空中に逃げよう。地面に居たら衝撃波が来る。と言うか空中で魔法使えばいけるんじゃね?
そう思ってすぐに飛び上がるが、直後に甘く見ていたと反省する事になった。
バフォメットの振るった鉈から魔力の刃が飛んでくる。 ああ…、コレ安置も無いのか…。まぁミノタウロスも無かったけどね。
ただし、特攻したとき位のスピードで飛んでれば当たらない。魔法を使うにはその場でじっとして魔力を集める必要があるから、魔法での攻撃は無理だけどね。
……そうだ、そういえばマンティコアの私には発動まで時間がかからず、最高峰の火力もある技があった。 そう、『獄炎』だ。コレは確か体に纏ったりと色々融通の利く技だったはず。
私は猛スピ-ドで飛びながら自分を中心に『獄炎』を発動する。範囲魔法とは違って自分へのダメージは無く、私自身が赤黒い火球のようになった。
ここからやることはたった一つ。マンティコアの姿における伝統芸。「体当たり」だ。 顔中心に『超化装甲』をかけ、ちょっと不安だったので『防壁』も使っておく。 これは初めて使うが、うっすらと光の壁が体の表面を覆った感じだ。
心の準備をしっかりとして、全速力で体当たりをする。 勿論、加速をし始めた瞬間に『闘気覚醒』も忘れない。
マンティコアのステータス。並大抵な物なら一瞬で灰に返す『獄炎』。通常でも速すぎるスピードを更に『闘気覚醒』で加速。 この三つの要素が、ただの体当たりを途方も無く強力で理不尽な攻撃へと作り替えた。
その体当たりはバフォメットの胸に直撃したはずだったが、気づくと私は砂に顔を突っ込んでいた。
一体何が起きたのかと、後ろを振り向いてみると、バフォメットの胸辺りに大きな風穴があいていた。
大きな鉈を両手から落とし、胸を押さえようとしたバフォメットだったが、直後、胸から回った『獄炎』が急に爆発するかの如く燃え広がり、そのまま全身を炎に包まれ、消滅した。
やっと倒したか。今回は苦戦したと言えばしたし、してないと言えばしてないな…。 確実に言えることとしては、ミノタウロスの時ほどの達成感は無い。
体の疲れや痛みが一瞬で消えるのはマンティコアの良いところだ。 もしかしてコレって瞬時に回復しているんだろうか。
【生物図鑑により、バフォメットから『不動』『斬撃波』『衝撃刃』を習得しました】
・不動『カウンターに特化した立ち回りが出来る』
・斬撃波『魔力の刃を斬撃で飛ばす』
・衝撃刃『魔力の衝撃波を剣を伝わせ、地面に這わせる』
おお、一気に三つも習得か。 特に『斬撃波』あたりはバフォメットが使ってた奴をみると使い勝手が良さそうだ。
【レベルが65となったため、加護が解放されます。『マンティコアの加護』を習得しました】
聞き覚えの無いアナウンスだ。加護? 一体何だろうか。 とにかく見てみようか。
【マンティコアの加護】
体温調節や常に清潔に保つ力がある。また、魔法の瞬間詠唱が可能となる。
更に状態異常をほとんど無効化し、自然回復量増加の力もある。
……綺麗に纏まった強さだ。 そういえば暑さを感じなくなっている。
今回はドロップ品アリだ。 早速回収するとしようじゃ無いか。