魔物で始まる異世界ライフ
崩れ落ち、風化し、苔むした大理石の造形。永遠に続く廃墟群。 ついに、私はここに来たのか。
ここまで、思えばいろいろなことがあった。
……木下蕾の死は、おそらく仕込まれた必然だったんだろう。アイリスの残した最後の願い、世界に再び危機が訪れるなら私ではない、しかし私であった誰かを呼び、無理矢理奔走させろ、と言うものによって神様が私を呼んだんだ。テンプレ通りに異世界トラックで轢いてくれてね。
魔物に生まれたときは気が動転したよ。でも、初めてであったオーガ達やモーラウッドのエドワードさん、リカルドさん、ガリスさん、セリアさん。更にその後にであった沢山の人々。そしてキリエ、ツバキ、雫。その皆が私に一歩先に踏み出す勇気をくれた。
だから今まで頑張ってこられた。
私はどれだけの人を救えたのだろうか。
手に取れるところではエドワードさんの娘さんやキリエ、あとは少女達か。でもそれだけじゃなく、私の歩んできた道が誰かの助けになって、その人が他の人を助けて、そんな風に連鎖的に続いていったら、それはとっても素晴らしいじゃないか。
助ける必要があるから助けるんじゃなくて、助けたいから助ける。守るべき物では無く守りたい物を守る。そうやって全ての生き物が笑い合いながら助け合える日が来るなら、その日が私の死ぬときだ。なんてアイリスが言っていた気がする。私もそうなれただろうか。
しかし私は脆くて弱い。だからこそラネシエルでは恥を晒してしまった。
あのときの私は私ではない。今だからこそ正確に理解できる。 あれは私の中にいたアイリスの中にいた者、アイリスが天使の代わりに背負った“意思”という名の傲慢な悪魔だ。
初めて人の命を奪い、若干なりとも弱っていた私の心に、怒りと共につけ込む形で現れたのがアイツ。王城の時もおそらくそうだ。あちらは怒りが勝っていた気もしたが。
私らしくない回想をしながらたどり着いたのは瓦礫の払われた広場。
「……こうなったって事は、やっぱりキミは世界を滅ぼすべきだって考えに至った訳?」
「そうではない。そうではないのだ」
投げかけた言葉に応えるのは彼の天使。古の大戦の元凶であり、傲慢なる悪魔に魅入られた被害者でもある天使だ。 しかし、その体の所々はアイリスの封印が解けていないのか石化したまま。その顔に浮かべるのは様々な感情が入り交じった複雑な表情だ。
黒々と染まっていた翼は白と黒のまだら模様になり、光輪は消え失せ、今や天使の面影もない程にやつれた状態のこの男が本当に黒幕なのか?と疑ってしまうほどの光景だが、一体何があったというのだろうか。
「……俺は何をどうしたら良いのか分からない。俺のすることは全て、誰かのためにならず、別の誰かを苦しめるのみだ」
「………あのさぁ、この長い年月、石の中で何を見てきたの?」
天使は何も受け付けないように首を振るばかり。
「俺は、あの不死鳥のように強くあれない。そればかりか、俺がすることは世界にとって毒でしかない」
……そろそろプッツン行きそうだがもう少しこらえろ。
「だからこそ俺はもう一度、不死鳥に会いたかった。もう一度、彼女に会いたかった」
「……ちょっと思ったんだけど、まさかそのためだけに人間の王を操って、魔物にちょっかいかけて、アイリス呼んでたって事は流石に無いよね?」
「全てその通り。私が間違ったことをしているのも分かっている。が、彼女ならば問題なく始末できる程度にはしたはずだ。……彼女は俺を愚か者と罵るだろう。だが、黒く染まった俺にはこのようなことしかできない」
……こいつ…いっそこの場でぶち殺してやろうかな…。
「そして、今度こそ、俺を殺してくれと、彼女に頼むのだ。不死鳥の唯一の過ちは、俺を見逃したことなのだから」
振り抜かれた拳が天使の頬を打ち抜き、その体を軽く飛ばす。
「いい加減にしろよお前…。過ちだと…? 上手くいかないのも、何もできないのも、全部全部お前のせいだろ!?そこにアイリスを、私を巻き込んで言い訳するんじゃねぇ!!」
天使はその気迫に多少なりとも畏れを覚えた。力の差など関係ない。立場など関係ない。目の前の少女は自分のために怒っている。この愚かな自分のためにだ。天使には、それが恐ろしくてたまらなかったのだ。
「もう一度聞くが、お前はこの長い年月、何を見てきた…?生きるために奮起する命ある者達ではなかったのか?互いに助け合い、時には争い、そうして成長していく。人も魔物も関係ない。そう言う輝かしいモノを見てきたんじゃ無いのか?」
「それでも、略奪や支配は消えるはずもない。俺は何度も食い止めようとして、失敗に終わった」
マイナス思考も悪くはない。だがここまで来るとイライラする。
「だから殺してくれと、そういうつもりか…?ふざけるんじゃねぇぞ…? 死にたいなら一人で死んでろよ。少なくとも私やアイリスは許さないから、天地の果てまで追いかけて邪魔するけどな」
「何故、貴殿に不死鳥の事が分かる。あの方は…!」
「あの方は…何だよ。私はアイリスの生まれ変わりだぞ!私の前で私の事を語るんじゃねぇ!!」
目を丸くして、と言う言葉がぴったりに合うようにこれでもかと言うほど驚く天使。
「お前はまだ死ぬべき時じゃない。自分のしたことのツケを全部払って、全ての罪を償って、その上でまだ死にたいって言うなら、その時は私が貴様の命を刈り取ってやる」
「……もう遅い。全てが遅いのだ。このように醜い俺を、一体誰が受け入れるというのだ!」
……そんな、泣きそうな目をするなよ。私の決意も怒りも全部、流れてしまうじゃないか。
「っ!?」
天使は現状が理解できなかった。いや、理解が追いつかなかったと言うべきだろうか。
その少女は自分を抱きしめ、自分の頭を、母親が子をあやすように撫でている。 そして、そんな現状に果ての無い安堵を覚えている自分が理解できなかった。
「わかるさ。怖いんでしょ?ずっとこんな場所に引きこもって、一角の小さな窓から外を眺めるだけだったんだ。そりゃあいきなり外に出て新しく生きようなんて言われても怖いよ。 でも大丈夫。全てが敵に回ったとしても、少なくとも私だけは味方でいてあげるからさ」
「……俺は…すでに監視者などとは名乗れない。それだけのことをしたのだ」
「でもキミは人間じゃない。だったら魔物で良いだろ?お揃いじゃないか」
「しかし、あまりにも世界は変わってしまった。俺にはもうついて行けそうもない」
「はぁ?こちとら異世界に飛ばされてんだぞ。キミもそう思えばいい。ここは異世界なんだと、ね」
己と戦っているのか、最後の踏ん切りがつかないのか、それともまだ恐れているのか、天使は顔を上げようとしない。
そんな時は、多少強引なりとも、だ!
「ほら!しっかり立て!」
腕を掴んで立ち上がらせ、多少無理矢理に前を向かせる。
「何を悩んでいるのかは分からないけど、それなら、ここから今、新しい一歩を踏み出そうじゃないか。きっと向かう先は苦難の道だ。大変なことばかりだろう。でも、楽しみも喜びも、それを補って余りあるほど貰えるはずだ」
そういえばここまで全然観光もしてないし休みだってそんなに無かった。だったら、私もここからか。
「一緒に楽しもう。魔物で始まる異世界ライフを!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「………!……ツボミが……」
キリエの指さす方向を見ると、未だに開き続けていた黒い扉から、ツボミが1人の男を連れて現れた。
「残党狩りが終わると同時か。良いタイミングだねぇ…。」
ツボミの元に急いで駆け寄り、アイリスの時と同じ言葉を放つ。
「ツボミ、待ってたよ。どうなった?」
前回は分かってはいたが、最悪の結末だった。今回は、どうなるのだろうか。
「上々さ。コイツもいるしね」
ツボミに抱えられるように降りてきたこの男。あの扉の中から出てきたと言う事は、少なくとも一般人ではあるまい。
「今回も、前回も。全ての元凶だ。おおっと待ってくれ?武器を構えるんじゃない。少々、どころかだいぶ訳ありなんだよ。前回に至ってはほぼ体を乗っ取られていたような物だしね」
下ろされたその男は、少し怯えたような表情を浮かべるが、ツボミをちらりとみると、その表情に一筋の勇気を見せた。
「許されるはずが無いのも、どんな思いをしているのかも分かっている。だが、俺は変わろうと思う。そう決意した。見守る側ではなく、救う側として変わろうと。 だからこそ、謝罪しなくてはならない。本当に、本当に迷惑をかけた。すまない」
「ほら、まぁ私に免じて許してくれよ。と言うのもだいぶお門違いだからね。一発づつ殴って良いよ。それ以上は今後の働きで返すって言うのはどう?」
必死に弁解するツボミも珍しいし、こんな所でいがみ合っても仕方ない。それで許してやろう。
「まぁでも一発は殴らせて貰うよ。」
そう、コレは沢山の苦労をさせられた僕の分と、身代わりになったアイリスの分、そして様々なことの八つ当たり。
その全てを一撃に乗せて。
「黒龍拳:壱ノ型!『砕牙衝』!!」
その日、空は晴天になった…が、若干の血の雨も降り、果てしない数のの軍勢に一発づつ殴られた天使は、三日は動けなかった。
とりあえず続く。
一度流行ってみたかったタイトル回収という奴です。やっつけですけどね。
一応はここで完結です。第一部完結と言った所でしょうか。
まぁ、変わらずに三日後も投稿します。そこまで長編ではないですけど、短編第二部といった所でしょうか。
ともかく、ここまで応援とご愛読ありがとうございます!これからも続けていきますので、よろしくお願い致します!!
次回更新は3月17日(土)の20:00以降です。
【追記】
Twitterでも告知しましたが、キリも良いので今月は改稿作業を進めようと思います。
次回投稿は4月になると思いますので、もしよければ改稿部分含めて、読み返して頂ければ幸いです。
Twitterのアカウントを作成しました。
告知や報告などもそちらで行いますので、フォローして頂けると涙を流して喜びます。
「@torinonikumaki」で登録してあります。どうかよろしくお願い致します。