旅立ち
ただいま、夕食を食べにエドワードさんから教えてもらった裏路地の老舗に来ている。
メニューはとりあえずおすすめで頼んでおいた。
今日はそんなに混んでいないのもあってか、前回よりも早く、料理が運ばれてきた。
「皇帝鮭のムニエルです」
見た目で分かるくらい大きくて、これだけでお腹いっぱいになりそうな魚のムニエルが私の前に運ばれる。
皇帝鮭…。キングサーモンならぬ、エンペラーサーモンってか。
ナイフとフォークで切り分けてみると、パリパリした衣の感覚と、ふっくらした魚の感覚が伝わってくる。切り口からは美味しそうな脂が溢れてきた。
我慢できずに頬張ってみると、じゅわっと旨みたっぷりの魚の脂が口の中に広がり、後を追うようにバジルと塩胡椒の味が広がる。
あぁ。うん。美味い…。これは美味しいぞ…。
大きく切ったステーキのようなサイズのそれは、みるみるうちに減っていき、早々にその姿を消した。
代金は銀貨1枚と銅貨3枚。正直、これなら安いくらいかもしれない。
いやぁ、至福だった。さて、宿に戻って明日に備えて早めに寝るとしようか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おはよう。
さて、さっそくだけど、セリアさんにマフラー貰いに行こう。 と言う事で、既に店の前に来ている。
ドアを開けて中に入ると、待ち構えたかのようなセリアさんが、
「いらっしゃい、出来てるわよ」、と出迎えてくれた。
そして、私の前に差し出されたのは、この漆黒の服と対になるかのような、雪のように白いマフラーだった。
「このマフラーなんだけどね、ツボミちゃんの毛をちょっと編み込んでるのよ。ほんのちょっとなのに凄く手触りが良いのよねぇ。やっぱりマンティコアの毛って凄いわね。きっと他にも効果あるわよ。コレ」
ふむ、剣のこともあるし、もしかすると私の毛には特殊な効果でもあるのだろうか。
とりあえず魔眼先輩の出番だ。
【雪原のマフラー】
スノウシープの毛で編まれたふかふかのマフラー。
マンティコアの因子の力で体温をちょうど適温に保つ能力がある。
……どういう原理なんだマジで…。
そういえばこの服も見てなかったな。見てみるか。
【黒装の魔法服】
登録された使用者に合わせた形状になる魔法の服。
ごく小規模な魔法ならば散らすことが出来る。
へぇ、まぁ他のに比べて見劣りするかも。
ついでに剣のスキルってのも見てみましょう。
グレイスオブクイーン+
・聖斬 『光属性の攻撃。敵は浄化され、消滅する』
・光長剣『長射程の光の剣で薙ぎ払う』
・グローリーライト『剣を介して、己に秘められた力を解き放つ究極の一撃』
ヤバそう…。
なんだかよく分からないがヤバそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私はアシトラに向かう前にセリアさんに一つお願いをしておくことにした。
「私はこれからアシトラに向かうんですが、この町に戻ってきた時に、向こうで見つけた素材なんかを使って服を作ってもらう事って出来ますか?」
やっぱり二着くらい欲しいよね。 体のサイズも分かったし、今度からは普通の服でも良いからね。
市販のでも良いけど、やっぱりセリアさんに頼みたいよね。なんとなく。
「勿論よ!普通の服でも魔法の服でも何でも作ってあげるわ!」
まぁ対価として毛を切らせてあげる必要がありそうですが。
とは言っても、私に損は無いし、Win-Winの関係なら全然良いんだけどね。
「そういえばセリアさんの普通の服って見たこと無いですね…」
「ここには置いてないのよ。 でも、私の作る服は結構有名なブランド物なのよ? 流石にマンティコアのツボミちゃんは知らないと思うけど、いろんな町の服屋でセリアブランドは必ずと言って良いほど置いてあるはずだから、立ち寄る機会があったら見てみてね?」
うっわ、そういえばここは専門だ、的なこと言ってたな。
この人、もしかして見かけによらず凄い人か? いや、凄い人だな。
「それじゃあ、また来ますね」
「ええ、待ってるわ」
さて、やり残したことは無いかな?
アシトラに向けて旅立つとしますか。
本当ならマンティコアの姿で駆け抜けたい所なんだけど、町の周りは初心者の冒険者がクエストをこなしているから、人の目が多すぎる。
ある程度までは人の姿で行かなければならないな。
幸い、モーラウッドの町の西は平原になっていて、街道こそ無いものの、そこそこ歩きやすくはなっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やっと人目の無いところまで来たか。
マンティコアの姿になって爆走しようと思い、変身を解除するが、初回のあの長ったらしい演出は無く、一瞬で姿が切り替わった。
そして、人型になるのも一瞬だった。これは色々と便利に使えそうかもしれない。
教えて貰った通り、西に爆走すると、数時間走ったところで足元の地面が砂のようになってくるのに気がついた。
アシトラは砂漠の町らしいし、そろそろ近くなってきたのだろうか。モーラウッドからアシトラまでは馬車で1週間かかるらしいけど、やっぱりマンティコアは早いね。
それにしても暑い。人間の姿なら雪原のマフラーでなんとか出来るんだろうけど、マンティコアの姿だと暑い。
暑さに対抗するように、いっそう素早く走っていると、やっと建物のような物が見え始めてきた。
そして、その町のような物から少し離れたところに、真っ黒な禍々しい雲が空を覆っている場所がある。
その辺りにはそこそこの数の人が見えるし、たぶんあそこが未開の砂漠なんだろう。
と言うことはあそこがアシトラか。そろそろ人の姿に戻った方が良いかもしれない。
未開の砂漠に入るのは登録が必要だと言う話も、風の噂で聞いたので、まずはアシトラのギルドに向かうとしよう。