空腹と蟷螂
……お腹空いたな…。
魔物は、食事を取るための頻度が人間と比べて遙かに低いらしく、必要な栄養も極少量で済むらしいことは、セリアさんから聞いていた。
しかし、それはステータスに左右されるようで、低ければその分食事も必要らしい。
マンティコアから比べて、遙かにステータスの下がった今、お腹が空いてくるのも当然のことである。
手短に食事を済ませようと、ギルド内の酒場兼食堂へ向かう。 幸いな事に、昼時はとっくに過ぎていたので、人はあまりいない。
私が席に着くとウェイターさんが水とメニューを持ってきてくれた。
何が美味しいとかよく分からないので、とりあえず一番上にあった“プチボアのステーキ”と言う奴を頼んだ。
今から狩りに行く奴のステーキか…。戦闘前に味見とは、良いご身分である。
注文してから数分で料理が運ばれてくる。 この待っている間の数分って、やけに長く感じてしまうよねぇ…。
では、いただきます。
ナイフとフォークで一口大に切り分けて口に運ぶと、じゅわっと口の中で肉汁が溢れ出す。更に、ガーリックの風味と塩胡椒の味がそこにマッチして、かなり美味しい。
銅貨8枚。ごちそうさまでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
狩りに行く前に、武器を揃えておいた方が良いかも、と咄嗟に思いつき、例の蟷螂を素材にして貰うことにした。
いずれは人間領に向かう事もあるだろうし、その時に戦闘慣れしておいた方が色々便利だろうと思ったのだ。
マンティコアの姿よりも、もしかしたら戦いやすいかもしれないしね。
そんなこんなで再び解体所へ。
「よぉ、姉ちゃん、また来たのか?今度は何を持って来てくれたんだよ」
さっきと同じおじさんが出迎えてくれる。
「アームドマンティスの解体をお願いしたいんですけど」
「は?姉ちゃん今何て言った?アームドマンティスって聞こえたんだが?」
……聞き返されてしまった。 もしかしてアームドマンティスってヤバイ奴なのだろうか。そういえばBランクのメタルバードでも驚いていたな……。
取り繕うことも出来ないので、真顔で頷く。
「い、今マスター呼んでくるから、ちょっと待っとけ!」
慌てて走って行く。確実にマズかったみたいだ。
しばらくすると、おじさんは一人の男性を連れて戻ってきた。
黒いタキシードとシルクハットに杖というまるで紳士のような格好だが、服以外の部分は全て骨。
スケルトン…だろうか。
「私、ここ、モーラウッドギルドのギルドマスター、エドワードと申します。以後、お見知りおきを」
「さっきギルドに登録しましたツボミです」
お互いに挨拶を交わす。
「ツボミ様はアームドマンティスを討伐されたとお聞きしましたが、単騎で討伐なさったのですか?もしそうであればこれは前代未聞ですよ」
誤魔化すわけにもいかないので、再び頷く。
「解体には広い場所が必要となりますね。奥に使われていない倉庫があるのでそこで行いましょう。討伐のお話もそこで」
案内された場所は『第二倉庫』と書かれた建物。
内部はがらっとしていて使われていない感じが伝わって来るが、あまり埃っぽくは無く、手入れが行き届いてる気がする。
「“次元収納”持ちとは聞きましたが、アームドマンティスを丸ごと収納できるとは、凄く大きな空間を持っているのですね。ささ、お出しください」
促されるままに蟷螂を出す。流石に大きすぎて、倉庫が一気に狭々しくなってしまった。
解体所のおじさんも「凄ぇな」と言ってぽかんと口を開けている。
「これはこれは…サイズ的にもSランク後半の強さだったでしょう。これほどのモンスターを単身で討伐されるとは、貴方は何者ですか?」
とエドワードさんが聞いてくる。何て答えようか。……誤魔化すか。
「旅人ですよ。私自身は魔物ですが中立区なんかで狩りもしていました」
なかなか良い誤魔化し方じゃないか? どうやら信じてもらえたっぽいし、良しとしよう。
「ではリカルド君、早速解体をお願いしますね」とエドワードさんが言うと、それに従って解体所のおじさんが解体を始める。
「ツボミ様、少しお願いがあるのですが、アームドマンティスの素材を少し売って欲しいのです。もちろんツボミ様が使う分以外で大丈夫です。アームドマンティスの素材は全身丸々一匹分需要がありますからね」
「もちろん大丈夫です。私も剣にしようと思ってただけですからね」
どうやら追加収入を得られるらしいな。
「それともう一つ、私の権限でツボミ様をCランクまで上げさせていただきますね。確実な実績を証明できないので、それ以上は辛いのですが、よろしいですか?」
どうやら昇格させてくれるらしい。
そんな会話をしていると、解体に取りかかっていたおじさんが声を上げる。
「この大きさじゃ、他の解体担当と協力しても夜までかかりそうだ。姉ちゃん依頼受けてたみてぇだし、行ってきたらどうだ?」
「ふむ、そうですね。では、受付に言っておきますので、後で新しいギルドカードを受け取って下さい」
そんな感じで私を見送ってくれた。
結局、武器の調達は出来なかったな…。まぁ、仕方ないか。
それではささっと依頼をこなして参りましょう。