風のみちびく日に
強い風が吹きつけて高山植物を揺らし、ミルク色の岩肌を削って砂礫が舞い上がる。僕は砂が目に入らないように目を細めると首もとの布で口を覆った。
遠くでヤギが少ない草を食んでいる。カッテージチーズの様にもこもこ白いヤギの群れのなかに小さく、長い棒を持った少女の姿が見えた。
地を滑るように渡っていった風が彼女の筒袴を揺らしたとき、僕は大きく息を吸った。
「ターニャ!今日は嵐だってー!」
ターニャと一緒にヤギを追い、全部すっかり家畜小屋に戻してしまってから家に帰ると、暖炉の脇に座った母がいつものように虚ろな目で僕たちを見た。
「おかえりなさい…」
「母さん、今日嵐だって。祭司が仰ってたから間違いないよ。雨戸閉めなきゃね。パン、まだ残ってる?買うなら直ぐ行かないとリャンさんとこ昼過ぎには閉めるって言ってたから」
「そう…」
いつものように、母からの返事はあいまいでもうろうで意味がない。
食糧庫を見に行ってたターニャが「パン、あとふたきれ」と教えてくれた。
「明日の朝も食べるだろうし、買いに行こうかな」
「やめなさい!!」
突如、母が大声をだした。顔を真っ赤にして怒っている。
「嵐が来るのよ!?外に出るなんてとんでもないわ!何を考えているの!」
「ラスカさん、」
「…ターニャ?」
ターニャが声をかけると母は急に真顔に戻り、キョトンとした様子で彼女を見た。
「あなた、こんな昼間に働きもせず何をしているの?やることがないなら天ノ塔に行って織物を手伝ってきなさい。」
「…」
ターニャは何も言わず、暖炉の脇にかけていた上着をとると静かに家を出ていった。
母が肘掛け椅子に体を沈める。
肘掛椅子がぎしりと悲鳴を上げた。
ずぶずぶずぶずぶずぶ
母の形が崩れてくすんだ色の布の塊になる。
「少し疲れたわ…。ロロ、そばにいてちょうだい。」
声にはっとして目を瞬くと、疲れが滲む心配そうな母の顔が目に入った。
「うんいるよ。おやすみ」
でも母が心配してるのは僕じゃない。自分のことだ。
母が眠ったことを確かめて、僕は司ノ塔に向かった。
村の中央に位置する司ノ塔は谷間に位置しながら村のどこからでも見えるほど高層な円錐形の煉瓦作りの建物で、先端に木でできた巨大な羽車がついている。
今日は風が強いからいつもよりよく回っている。
司ノ塔には色々な人が集い様々な仕事をしている。
だけどその場所としての機能は何よりも風車なのである。
ごうごうごうごう
棟内にはいると機械が動くに包まれた
外の巨大な風車は塔内の大歯車を動かして動力を作り出している。動力は主に地下水の汲み取りと排水に使われ、送り出された水は各家庭を巡ったのち畑回りの用水となりこの谷全体を潤している
『風と水はまどかなり』
天ノ司が初めに教えられることであり、この谷における真理だ。
近くに川の無いこの町は水源を全てこの棟の真下に位置する地下水源に頼っている。
地中奥深いその真水を汲み上げるには、強大なポンプが必要で、そのポンプを動かすのが風車であるから、風はこの谷に欠かせない。
天ノ司とは風神フエンを祀る司祭である。
天候を読む業を持ち星占に長け、深遠な知識をもち聡明な眼差して人々を導く人物というのが天ノ司だ。祭事を執り行う他、この棟の管理も請け負う。村の要とも言える人物だ。
ああ、だけど、僕はそんな人物には死んでもなりたくない
「あ!ローロゥ様!おかえりなさい」
サナが二つに結った髪をぴょこぴょこ揺らして駆け寄ってきた。手が橙色に汚れているのは先程まで染め物の仕事をしていたからだろう。まだ6歳のサナは機織り機には触れないはずだ。
「どうしたの?忘れ物?あ、もしかしてサナと遊んでくれる!?サナ、隠れんぼがいい!」
「ターニャ来てる?」
「ターニャちゃん?来てないけど…」
サナは、なんだあそばないのぉ?と不満げに唇を尖らしている
「分かったありがとう」
「あ、ローウロウ様。さっき司祭様がローウロウ様のことさがしてたよ。なんだろうね?今日のお天気のことかなぁ」
螺旋階段を上って司祭室がある階層に向かう。
女たちが働く地上層と変わって賑やかな話し声も機織り機が奏でる軽快な音もなくなり、どこか濃くて重い空気が満ちている。
ごうんごうんと歯車が廻る音が腹に沈む。
「ああ来たね。来ると思ったよ」
長い白髪をひとつに編んで、背中に垂らした初老の男がこちらを向いた。
後ろにターニャが立っていた。そのとなりに知らない男の人もいる。
ああ、そういうことか。
分かってしまった。恐れていた日が、けど避けられないことが、ついに来てしまったのだと。
泣き叫びたいほどに怒り狂いたいほどに、絶望と虚無が胸をおおって僕は静かに口を開いた。
「どうされましたか?」
「風の導きがありました。今宵、婚姻の儀を執り行います。ターニャ、シシム。」
はい、と二人が応じる。ターニャにはどこか戸惑いが見えたけど、シシムとかいう男の人は頬が紅潮していた。
「今夜、月が真中に昇る時分に地下神殿に参じて下さい。フエン様の祝福の息があなた方に吹き付けますように」
女14男20になると、<風の導き>によって婚約者が決定する。<風の導き>とは司祭のみが風神フエンから受け取ることのできる神託であり、絶対的な掟で、例外はない。婚約が交わされると女児はヤギ追いの仕事から離れ、機織りの仕事を覚えるようになる。
ターニャと同い年の女の子は皆、すでに導きを得てヤギ追いの仕事から離れていた。
…だからこれは、きっとターニャにとって待ちに待った婚姻だ。
村外から流れ着いた旅芸人の娘で、齡もはっきりせず、いつまでも導きが訪れないターニャは村人たちの間で『フエンに見放された娘』だと密かに言われていた。
6年前にターニャが父親と共にこの村をおとすれた時、村を案内したのが僕だった。
ターニャの父は僕の母と恋に落ち、僕たちは家族になった。幸せな時間は、ターニャの父が3年前に事故でなくなるまで続いて、そして終わりを迎えた。母は狂い、ターニャは心を閉ざした。
この婚姻でターニャは新しい家族を得て居心地のいい居場所を手に入れるだろう。
祝福すべき、ことだった。
ターニャとシシムが去ってしまったあとで、取り残された僕の肩に司祭が手を乗せた
「血の繋がりはなくとも兄弟の婚姻だ。もっと喜びなさい。」
僕がそれに答えないでいると、司祭は肩からゆっくりと手を引いて、自席に戻るため背を向けた。遠くなった声が耳にとどく。
「貴方ももう14だ。この度の婚礼の儀は貴方が執り行いなさい。やり方は教えたね?ラグアの枝を準備するように。…今日は夕方からさらに風が強くなる、準備は早めに越したことはない」
風車が回す歯車の音がひどくうるさい。司祭は窓の外を見た。
「じきに嵐がきます」
ぴちゃん、ぴちゃんと水滴が落ちる音が空洞のなかでこだまする。
塔の最深部、地下水脈が広がる洞窟。
僕は手に持ったラグアの枝を水に浸して遊んでみせた。
ラグアの葉には消毒効果があり、傷が膿んだときなどに葉を煮詰めた汁を塗って使う。その若木の枝は、婚姻の儀において二人の穢れを浄化するための祭具として使われる。
形式的で、無意味な気休め。
透明な水のなかでラグアの丸い葉が揺れるのを楽しんでいると祭司が鋭い声で僕を叱咤した。
「ロロ。ふざけるのはやめなさい。」
「ふざけてませんよ」
「その口ぶりはなんですか。まるで聞き分けの無い子供のような…」
はぁ、と司祭がためいきをついた。目を伏せて、
「ロロ。ターニャは今夜契りを交わします。シシム、ひいては彼の一族クーベル家のものになるのです。貴方は彼女の家族として、友人として、何より司祭として彼女を祝福せねばなりません。」
「どうして祭司は僕にこんなひどいことをさせるのですか」
「彼女の婚姻を呪ってはいけません。」
「知っているのですよね、僕が」
「貴方はターニャの兄弟です。」
「血の繋がりはない」
「それに何より、貴方は私の跡を継いで天の司となるべき身。天の司は全てに等しく距離をとり、曇りなき眼で物事を見なくてはなりません」
「僕は、僕は!」
「貴方は誰かと婚姻を交わすことは無いのです」
「ターニャのことが好きなんだ!!」
叫びは反響して、水面が少し揺れた。それが凪ぐ頃には音は全て水に吸い込まれ、洞窟はさっきより静けさを増したようだった。
「…祝詞は覚えていますね。」
りん、と鈴の音がした。
薄い絹の衣に身を包んだターニャが現れた。
いつものような、分厚い生地の彩色がまぶしい服とはまるで違って、ひらめく絹はターニャの細いからだを透けて見せ、それはまるでターニャじゃないみたいだった。
りん、りんと、ターニャが足飾りの鈴を鳴らして降りてくる。隣にはシシムがいて、彼女の手を携えて足元の悪い洞窟内の階段を先導していた。
舞台を見ているような気分だ。
二人が小舟にのって祭壇までやって来た。祭司が笛をふきならす。
僕はラグアの枝を聖水に浸して、ひざまつぐ彼らの頭上で振った。水滴が松明の光を乱反射させながら舞い散り、二人の髪を濡らした。
歌うような祝詞が考えるまでもなくこぼれでて洞窟に響き渡った。古くから伝わる詩、二人の門出を祝福し幸多からんと祈る詩を、笛の音に合わせて朗々と吟じると、水面がざわついて、薄く光を発し始めた。
同時に、風なりが強くなる。
びゅうびゅうとどこからか風が吹き込んで、水面をざわめかせている。
鏡のようだった地下底湖はいまや大海原のように波立っていた。そして荒波は地下底湖の真ん中に浮かぶ岩の様な祭壇にぶつかり、無数の雫となって僕たちの頭上に降り注いだ。
ひときわ青く光る真円のしずくが、僕の手の平に飛び込んできた。かすかに暖かいその雫を両の手で祈るように握りしめると、手の中でそれは硬質なものに変化した。
―――婚姻の証、風神フエンから賜る誓いの耳飾り。
「…シシム=クーベル、手を」
魅入られたように僕を見下ろす彼に、それを手渡す。
受け取った彼は、ゆっくりとがかがんで、ターニャの耳に手を伸ばした。
ターニャの顔の横で、青い宝石の耳飾りが揺れた。
婚姻者たちが去ったのち、司祭と僕だけでフエンへの感謝の供物を捧げ、聖堂を清めてから儀式は散会となる。
家に戻っても、先に帰っているはずのターニャは部屋にいなかった。
すでに薪を燃やし尽くした暖炉の脇で、出ていった時と同じように母が寝ている。母の時間は止まっていたようでただ燃え尽きた燠だけが時間の経過を示していた。
僕は落ちた膝掛けを拾って畳み、背もたれにかけてから母を起こした。
「…ロロ?」
「母さん、ターニャは?」
「ロロ、もう寝なさい。もう、夜遅いのよ、もう、まっくらだわ...」
「…」
母は半分まだ夢にいるんだ、靄に包まれたような世界で膝を抱えて泣いてるんだろう。
決して、明るく賑やかな人と言うわけではなかったが、それでも母は優しい人だった。傷つきやすく深い悲しみを抱えている人だったけど、確かに僕を見て僕を想ってくれた。
いまは、もう…。
肩を支えて寝室に送ると、母は直ぐに寝息をたて始めた。
外ではいよいよ嵐が強いらしい。
風の音、雨の音に混ざって雹が家の壁を打つ音が聞こえ始めていた。
「ターニャ、ターニャー!?」
暗闇の中、雨をかき分けて北の森へと向かう。泥になった土が足元で飛び跳ねた。革靴が汚れるけど、もうそれどころじゃないくらいに僕は全身びしょびしょだった、
森の入り口で立ち止まり、息を吐いて神経を集中させる。僕の白い髪が淡く青色に光って、夜闇に浮かんだ。
―――今日みたいな風の濃い日は、痕跡が残りやすい。
「…みつけた」
人が一人、風の中を通って行った痕跡を辿ると、枯れ落ちた大木の幹が残る、少し開けた場所に彼女の姿が見えた。
「ターニャ、何してるのっ!?」
僕が叫ぶと、ターニャはハッとした表情でこちらを向いて、直ぐに顔を苦痛に歪めた。
「やっと花が咲いたの。子房が形になってきてたのに今落ちたら、全部ダメになっちゃう・…!」
家畜小屋から持ち出したのか、粗末な灰色の布を倒木からはえた白い花に被せようと必死になっている。手に杭を持っていたから、それで布を固定しようという算段だったのかもしれない。
いくつもの倒木は重なりあうように朽ちて、地面に溶けていている。そこにびっしり咲いた白い小花はまるで雪のように見えた。
「全部は無理だ!」
「あ、」
僕が叫んだのと同時に、強い風に煽られターニャの腕から布が離れた。
ターニャのもった布は、広間の敷物として使えそうなほどの大きさがあった。それが雨水を吸い重くなったにもかかわらず強い風に煽られはためいている。正直いってターニャに扱えるとは思えない
殴り付けるような暴風雨には、それでも吹き寄せる強さに波があった
風の切れ目に、浮力を失った布を捕まえ、手元に寄せる。端を手早く結んで近くの低木にくくりつけてから走り対角線上の端を手に持った。
「ターニャ、もう片方を!」
僕がそう叫んだ瞬間ふと風がやんで、辺りが凪にはいった。
すん、と落ちてきた布をターニャが不思議そうな顔でつかむ。
「体の下に敷いて押さえるんだ。」
僕は布の内側に入り込み、布の端を地面に腰かけて押さえつけた。ターニャも反対側で同じことをする。
ぶおっと、また風が吹き始めた。ただし、今度は厚布一枚隔てているから、雨粒がぶつかる痛みもそれほどではない。
ごおおおと恐ろしいほどの風雨の音は、今はもうくぐもったように遠く、脅威ではなかった。
闇のなかでターニャを見ると、ほっとした表情を浮かべて地面を見ていた。視線の先に、倒木にこびりつくようにはえた白い花がある。
布に囲まれた白い花は隙間から入り込む風に時々あおられつつ、それでもほっと一息ついたように露をその花弁からぽたりと落とした。
追うように、濡れて束になったターニャの前髪からも雫が落ちる。うつむき加減のその静かな横顔に、僕はしゃべりかけた。
「この花はターニャにとっての、なに?」
「…これはね、夢うつつを覚ましてくれる植物なの。私たちはヒゲンと呼んで、乾燥させた種を砕いた粉を気付け薬として使っていたわ」
「旅芸人をしていた頃の話か」
「一座に入ってたこともあったのよ。ほんのわずかな間のことで、まだ小さかったからよく覚えてはないけれど。…この薬でラスカさんを救えるかもしれない」
「母さんを?」
「少量を毎日飲むことで、心を夢うつつに沈めてしまった人の霧を晴らせるのよ。そういう症例の人が一座にもいたから間違いないわ。…わたしね。ラスカさんを見ていると悲しくて仕方がないの。いやなの。ラスカさんが私の父のせいで悲しんで絶望して夢の世界でひとりぼっち泣いてるのが。」
ターニャは淡々と言った後、一つ小さく息を吸った。
「ねえ、どうして人は恋をするの?その人がいなくなったら生きていけなくなるような壮絶な執着心を、どうして赤の他人に抱くんだろう?」
ターニャの耳で青い宝石の耳飾りが揺れた
「シシムのことは」
「合理的で効果的、だと思うよ。神様のお告げで結婚相手が決まるなんて。」
「ああ。そうだね」
けど冷酷だ。神様は僕の好きな人を遠くへ連れていってしまう
「………じゃあさ、僕は?僕は、ターニャにとっての、なに?」
「…兄弟よ」
「好きだ」
ターニャがはっと顔をあげた
「好きだ。ターニャが笑ってるのが、美味しそうにご飯を食べてるのが、暖炉のそばでくつろいでいるのが、僕はしあわせなんだ。細い体で大変だろうに愚痴ひとつ言わずヤギ追いをこなすのも、みんなに遠慮してわがまま言わないのも、気遣いがさとられないようわざと茶化して見せたり、他人のために自分が悪者になるのをいとわないところ、全部大好きなんだ。」
ターニャが顔を歪めた。
「なに、いってるの…。誤解してる。」
ターニャには婚約者がいて、僕たちは兄弟で、僕は次期風ノ司だ。
叶うはずのない恋。それでも
「好きなんだ。…ターニャは」
僕は笑った。
ターニャは泣きそうだった。
「…ありがとう。でも、ごめんね。私、恋が分からない。愛を人に抱くのが怖いの」
ああ、神様。
人はどうして人に恋するのでしょう。
拒まれると、困らせると、悲しませると分かっていて、どうして伝えずにはいられないのでしょう。
嵐が去ったようだ。
被っていた布を取ると、濃い霧に包まれた。石灰が舞い上がったかのように辺りは白く、伸ばした手の先が見えないほとだ。
「あ」
僕は風の前兆を感じて、谷底を見た。
地面を這うように、冷たい風が駆け登ってくる。
ビュオオオオオ
髪が、服が、ものすごい風に吹かれ舞い乱れる。
突風はすべてを吹き飛ばして、透き通った空気を連れてきた。木立の隙間から朝日が差す。
「ロロ、みて。」
ターニャが指さした空気には、薄い黄金色に輝く小さな綿毛がいくつもいつくも浮かんでいた。
まるで雪のように、ふわりふらりと漂って、上空へと飛んでいく。
「ヒガンの木の種子だわ。上昇気流にのって飛ばされていくのね」
それはまるで夢のような景色だった。
「ターニャが母さんを救いたいと、こんな嵐の夜に花をまもりに来たのは、その行動の動機は、愛ではないの?」
ターニャははっとした表情で僕を見た。
「愛だよ。ターニャはもう愛を知ってるよ。」
夢うつつを覚ます薬となる種は、上へと向かう風に乗ってどこかへ消えて行く。
上へ、上へ。
風に吹かれた空は、どこまでも透けるような、薄い青だった。
「ほんとうに、いいのね?」
頷くと、母はもうそれきり何も言わずに、鋏をうごかした。
しゃきりしゃきりと、白髪が切られていく。
女の子の様に長かった髪を思いっきり短くして、黒檀色の樹液を使い色も染めた。
薄茶の短髪になった僕はまるで別人のようで、母も「誰もあなただと気付かないかもしれないわね」と笑った。
でも、それでいい。僕はこの村を出る。
風ノ司は継がない。自分の人生、自由に歩むのだ。
母にそう告げた時、泣くかと思った母は、思いがけず力強い言葉でその意思を応援してくれた。
それ以来、母は生き生きと毎日を生きている。
「忘れ物は?」
「ない」
「気を付けてね」
「ありがとう」
母とターニャが笑って手を振ってくれている。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
僕も笑って手を振ると、相変わらず強い風の中、僕は未来へ向かって足を踏み出した。