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指名手配のオシゴト その3

作者: くー。

 持っているコントローラーのボタンを押すと、不思議な形をした銃からショッキングピンクのインクが飛び出てくる。

 そのインクは周囲の地面や壁にベタベタと張り付いて、既に飛び散っていた黄緑色のインクを覆い隠した。

 不意に、画面いっぱいに半透明の数字が現れ、十からのカウントダウンが始まる。

 「……九……八……七……」

 隣に座って足をブラブラさせているサンバンが無表情にそう呟いて、俺はコントローラーに付いているモニターの適当な場所をタップした。

 どぎゃあああ、と少し離れた所でショッキングピンクの竜巻が出来る。

 それが消えた瞬間、ちょうどカウントがゼロになった。

 ピピーッ、とホイッスルの音が鳴ったと同時に、俺はコントローラーを手放す。

 直ぐに画面が切り替わり、今のバトルの判定が始まる。

 フィールドを真上から見た絵が表示された。

 「勝ったな」

 フィールドは、四分の三程度がショッキングピンクで埋め尽くされている。

 胴も顔も丸っこい猫が、ピンク色の旗を上げた。

 「……イチバン、強い」

 その猫の姿をしたぬいぐるみを抱きかかえながらサンバンが言う。

 「発売から一週間は一日二十三時間半でやりこんだからなあ。でも今回は味方も強かったよ」

 オンラインから退出しながらそう返す。交代しろと、先ほどからサンバンにせがまれていた。

 俺は部屋にも同じのがあるし、素直に譲ってやる。

 「ほれ」

 「……」

 コントローラーとぬいぐるみを交換すると、サンバンはもぞもぞとソファに座り直した。

 「……筆。筆」

 「好きだな」

 そう言うと、サンバンはコクっと頷く。

こいつはボタン連打の早さが異常だ。さすが、常日頃からゴスロリでチェーンソーを振り回し、女性を狙う変質者を粛正する身長百四十五センチのシリアルキラーは違うと言ったところか。

 俺は手に持っているぬいぐるみの顔を、特に意味も無く引っ張ったり潰したりした。

とても精巧に作られたそのぬいぐるみは、公式に発売されたものではなく、凄腕の女詐欺師であるニバンの手製である。

 ニバンは詐欺師の割に料理が上手かったり裁縫が得意だったりとやたら家庭的だ。いや、整った顔とデカい胸に加えスキルがあるからこそ、男から金を搾り取れるのだろうか。

 「フィギアはこいつが欲しかった」

 言うと、ゲーム開始の為の諸々の準備をしていたサンバンがまたコクコクと頷いた。何で黄緑色の軟体動物だったんだろうな、ホント。

 俺はぬいぐるみを両手に持ったまま、うーん、と伸びをして、そのままソファの背もたれに寄りかかった。

 「今日も暑そうだなあ……」

 俺は窓の外に目を向け、遠くにもくもくと入道雲の立ち上る空を見た。

 うっとうしい梅雨が明けたと思ったら、あっという間に夏の盛りだ。

 昼は日差しがすこぶる強く、夜はたいへん蒸し暑い。

 天気予報ではほぼ毎日、昼は真夏日やら猛暑日やら、夜は熱帯夜やらを予報して、ニュースでは熱中症患者の数が流れる。

 ここの住民六人のうち四人の服装も、だいぶ前に半袖に切り替わった(残りは年中タンクトップの奴が一人とスーツの奴が一人だ)。

 朝から晩まで室温が二十五度に保たれているこの部屋はすこぶる快適で、意地でも出たくない。

 と、思っていたのだが……。

 

 「うわっ。何これ!?」

 背後でニバンの声が聞こえて、俺は味噌汁の味を確認してから火を止めるとテーブルへ近付いた。

 先ほどからサンバンがテーブルの周りをグルグルと回っている。

 「これ、イチバンとサンバンがやってるゲームの武器じゃないの?」

 「ん。その形をした、水鉄砲だって」

 「水鉄砲?」

 「うん。友達が作ったんだ」

 そう、ソファに座ってテレビを見ていた兄さんが言った。立ち上がってこちらにやってくる。

 「友達も結構このゲームやり込んでるみたいだよ。ライフルみたいなヤツを良く使ってるって言ってたな」

 「ああ、それ上手いヤツが味方にいると助かるよ」

 「もしかしたら、もう何処かでマッチングしてるかもね」

 「無くはないだろうな」

 とか返しながら、俺はテーブルの上に並べられた水鉄砲のうち一つを手に取った。

 片手で引き金の辺りと銃身を持って丁度良いくらいの大きさ。これの形は全体的に四角いけど、丸っこいのとかもある。

 他にも銃身の長いライフルやショットガンみたいなのもあるし、ペンキを塗るためのコロコロをデカくしたみたいなのもある。

 どの武器もカラフルで、形も模様も個性的だ。

 サンバンは特に絵筆をデカくしたヤツにご執心なようだった。いつも使ってるからな。

 テーブルの上から取って渡してやると、何処となく楽しそうにブンブンと振り回す。家具に当てるなよ。

 ニバンも面白そうに銃身の長いタイプを持って構えたりしていた。

 こいつは自他共に認めるゲーム下手だが、見ているのは好きらしいから、楽しいのだろう。

 「ここに水の入ったカプセルをはめ込んで、引き金を引いたりボタンを押すと水が出るんだって」

 そう言って、兄さんが手首くらいの太さがある透明のカプセルを、丸っこい銃の上にあいた四角い穴にはめ込んだ。なるほど。

 「サンバンが持ってる筆のカプセルはコレ。ニバンはこっちね」

 そう言って、兄さんは今の銃のやつよりも少し大きめで長いカプセルをサンバンとニバンに渡し、何処に填めるかをレクチャーしていた。

 俺もテーブルの隅に並べてあるたくさんのカプセルから一つ選んで手に取る。装填するとガチャッと良い音がした。

 「格好いいですね。ポーズは取らないんですか?」

 不意に耳元で声が聞こえて俺は反射的に銃を後ろに振り回す。

 「おっと」

 「チッ……じゃ、ねえか。今回は当たんなくって良かった。壊れたらヤバイ」

 そう言うと、背後に立っていたヨンバンはニコニコ笑いながら一つ頷いた。

 こいつが一年中スーツの奴だ。

 今日も何処ぞのカモを上手い話で転がして搾り取れるだけ搾り取って来たのだろうか。

 「私もそう思って今回は避けました。イチバンからの攻撃なら是非当たりたかったんですけどね」

 「消えて」

 俺は言いながら隣にいるニバンの手首を掴んだ。いくらヨンバンが嫌いだからって室内で実銃構えるの止めなさい。

 「私の手も掴みます?」

 「消えろ」

 何でこいつに好かれているのかが俺の人生最大の謎だ。

 「イチバ~ン。痛い~」

 「お、悪い」

 ニバンの声に俺は使みっぱなしだった手首をパッと離した。

 その手首を見て、あっ! とニバンが声を上げる。

 「赤くなってる~! 痛~い!」

 「悪かったって」

 「ここにチューしてくれれば直るかも~」

 そう言ってニバンが手首を突き出してくる。

 俺はヨンバンの手首を掴んだ。いくらニバンのことが嫌いだからってナイフ構えるの止めなさい。

 「イチバン! そんな奴の腕なんて掴んじゃダメよ! ねーねーチューはー!?」

 「反対の腕も掴んで良いんですよ? ニバンの方なんて向かないようにね」

 「お前ら黙って。……サンバンはキラキラした目で見ないで」

 だからソッチの趣味は無いって言ってんだろうが。

 そんないつもの睨み合いに巻き込まれて半ばうんざりしていると、廊下の方からドタドタと足音が聞こえてきた。

 ゴバンが帰ってきたか。そう思って俺は顔を上げる。

 そして、

 「おお! 何だか賑やかじゃあないか!」

 頭から赤い液体を垂れ流しながら朗らかに笑う大男を見て固まった。

 皆も同様に硬直する中、サンバンが真っ先に飛び出していって、持っている筆の毛の部分をゴバンの顔に押しつける。

 どうやら水を入れたようで、ベシャッと音がした。

 「うお!? 何だあ!?」

 いや、こっちのセリフだ。


 「驚かせてすまんなあ!」

 タオルで顔を拭きながらゴバンが言った。

 そして次の瞬間にはすっかりキレイになっている。

 「何がどうしてああなった」

 「いやな、実は塗装工事のための足場を崩してしまってなあ。その時はたまたま人は乗っていなかったんだが、ペンキの缶が上から降ってきたんだ」

 驚いたなあ、とゴバンがさして驚いていなさそうに笑う。

 まあ、怪我じゃないなら良かったけどよ。

 「でも、何で足場を崩したのよ」

 麦茶をコップに注いで持ってきたニバンが言った。

 「ああそれが、住宅街に降りてきた熊が人を襲っていてなあ。助けねばと思って投げ飛ばしたら、丁度そこが工事中だったんだ」

 そう、事も無げにゴバンは言う。

 俺とニバンは顔を見合わせて、少し考えた。

 「コレって動物愛護法違反とかになるのか?」

 「その前に器物損壊じゃない? 営業妨害とかもあるかしら」

 そんな事を話していると、後ろに誰かが立った気配がした。

 「そもそも、どうしてゴバンは熊が降りてくるような場所に?」

 そう、やって来た兄さんが言う。

 「その街から少し離れた所にある山の麓に、一昨年閉鎖になったデカい遊園地があってな。昔なじみと一緒にアレコレ運び出したんだ。プールも併設されていてコインロッカーとかたくさんあるからな。金属は結構金になるらしいぞ」

 「不法侵入と窃盗が追加された」

 俺が言うと、ニバンがスマホをいじりながら何かを数えて指を折る。

 「まあ、罪状はいつもの感じね。悪意が無いんだったら、減刑もあるんじゃないかしら。今までのも含めて換算すると……死刑執行が三十分遅れるわ」

 「ミジンコの涙だった」

 「ビックリだなあ!」

 そう言って、ゴバンはまたワハハと豪快に笑った。

 まあ、こいつはいつもそんな感じだ。

 俺は近くのローテーブルの上に置いてあった水入りの水鉄砲を手に取りゴバンに向かって構えた。

 引き金を引く。

 「バーン」

 「おっぷ! ハハハッ! 暑い夏はやっぱり水遊びに限るなあ! 俺も何か武器が欲しいぞ!」

 「サンバンに見繕って貰って」

 「おう!」

 ゴバンは頷いて立ち上がると、武器の一つ一つに水入りのカプセルを装填しているサンバンの方に歩いていった。

 「これは水遊び開催決定かしら」

 「そうだなあ」

 俺は膝に頬杖をついて少し考える。

 「昼間にするか」

 そう言うと、皆が、お、と言う感じにこっちを見た。

 俺は身体を反って、後ろに立つ兄さんを見る。

 「兄さん明日ヘリ出せる?」

 「可愛い弟のためなら、いくらでも出すよ。お兄ちゃんに任せなさい。他に必要な物は無い?」

 「ありがとう。何かあったら相談する。……じゃあ決定」

 俺が言うと、まだ皆がじっとこっちを見ていた。

 「納涼作戦だ。濡れても良い格好でヨロシク」

 ハーイ、と皆が揃って手を挙げた。

 

*          *          *

 

 翌日。

 「ふっしぎなふっしぎな♪」

 「……パフェ」

 「あー、私も一回あそこに入ってみたいのよねえ。でも今日は無理だし……。ね、帰ったらパフェ作ってみようか! あそこは今度二人で行きましょう?」

 「……うん」

 ニバンとサンバンがそんな会話をしていた。女は甘いもんが好きだよな。

 「私たちも行きましょうか。もちろん、二人で」

 「嫌だけど」

 隣に立つヨンバンの手を振り払う。握んな。

 俺たちは今、ニバンが歌っていた不思議な不思議な街の路地にいる。正直狭くて暑くて死にそうだ。

 全員の装備は濡れても良いTシャツとかズボンに、デカい肩掛け鞄。鞄の中には換えの水入りカプセルが詰まってる。

 「じゃあ確認だ」

 ズボンのポケットから紙を一枚取り出した。注意事項が箇条書きになっている。

 「この辺りは道が狭くて人口密度が高い。ノロノロだけど車も走るから気を付けること。入り口の開いてたり商品が表に出てる店に向かって撃たないこと。主に健康そうな若い奴を狙うこと」

 言うと、皆がふむふむと頷く。

 えーっとそれから……。

 「ケバい恰好した女には一切当てないか頭の天辺からつま先まで水浸しにするかどちらかにすること。どちらかと言えば後者推奨。危ない感じのオッサンに当たっちゃったらゴバンを呼ぶこと」

 うんうん、と皆が頷く。

 「こんなもんか。後はまあ、めいっぱい楽しむこと」

 『はーい!』

 「先導は頼んだぞ、ゴバン」

 「おう、任せておけ!」

 デカいコロコロ(でも二メートルのこいつが持つと小さく見える)を持ったゴバンがニカッと笑った。

 こいつなら車が来ても片手で止めてくれる。

 「兄さんは体調平気? 気分悪くないか?」

 「うん。暑いけど、水も飲んだし、オッケーだよ」

 「なら良かった」

 兄さんはあんまり体が強くない。

 今回は参加することになったけど、この暑さだし、気を付けておかないとな。

 「んじゃ、始めんぞ」

 『おー!』


 まず人の多い通りに出たのは先導のゴバン。

 比較的人の少ない場所に立ち、すうっと大きく息を吸い込むと、

 「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 そう叫ぶや否や、水をたっぷり含んだコロコロを地面に叩きつける。

 大量のまとまった水がバシャッと跳ねた。

 ゴバンが持ってるのはコロコロの中でも一番重たいやつを模したものなんだが、あいつは軽々振り回す。

 突然の大声と水に、通行人たちは驚いて固まったり、反射的に道を開けたり。

 そんな中をゴバンは勢い良く駆け出し、後にサンバンが続いた。サンバンの武器は言わずもがな筆だ。

 二人は武器の先を地面に着け、長い水の道を作りながらドンドン先へ進んでいく。

 「キャッホー!」

 「いやーほー」

 その道にめがけて飛び出したのは俺とニバン。

 ゴバンとサンバンの作った道を踏むと、つま先を上げる。靴の踵の部分に小さいタイヤが付いていて、水の上だと良く滑る。

 上手いことバランスを取って滑りながら、持っている銃を撃ち水を撒く。

 斜め上に放たれた水の塊は、強い太陽の光を受けて一瞬ピカッと輝いた。

 兄さんとヨンバンはロープやらなんやらを使って器用に街灯の上に登ると、ライフル型の水鉄砲を構えた。

 ライフル型のやつは連射が出来ない代わりに射程が長く、さらに溜めを行う事でより多くの水を射出する。

 二人は直線上にいる通行人をバシバシ仕留め始めた。


 急に始まったこの水撒きにポカンとしていた通行人たちが段々と状況を把握し始める。

 走ってその場を離れる者あり、逆にこっちに寄ってくる者あり。気が付いた時には既にびしょ濡れだったって奴もいる。

 俺は一度滑るのを止めて、水を辺りに撒き散らしながら走る。

 夏はやはり男でも女でもサンダルを履いている奴が多くて、とりあえず足下を中心に狙って銃を撃った。

 バシャバシャと足下で水が跳ねると、皆驚いたように飛び退く。

 人の間を縫うように蛇行しながら水を撒き散らしていると、不意に歩道の方から大声が聞こえた。

 見ると、大学生くらいの男女グループがこちらに向かって手を振っている。

 俺はフンと鼻で笑うと、前方の地面に水を撒いて地面を蹴った。爪先を上げると靴の裏に付いたタイヤがギュルっと回って濡れた地面を滑る。

 一気に学生たちが射程圏内に入った。おお速い速い。

 突然の加速に驚いたのか、ポカンと口を開けている男に一発ヘッドショットをかました。

 男は弾かれたようにガボガボ言って水を振り払う。

 周りの仲間がゲラゲラ笑ったが、俺は間髪入れずにそいつらに銃を連射した。

 ギャーギャー悲鳴が聞こえて、それから笑い声が上がる。元気だな。

 俺はまた鼻で笑うと、太陽の光を浴びてキラキラ光る水の道を滑ってホコ天の中央に戻った。

 ビショビショになった学生たちが叫んで、こちらに手を振っていた。

 そこで、ふと水の出が悪くなっている事に気が付いてカプセルを外す。ほとんど空だ。

 俺は肩掛け鞄に手を突っ込む。

 保冷用のシートが敷き詰めてある鞄の中身は、水の入ったカプセルがいくつかと、氷水が入った袋やら保冷剤がいくつか。これで常にカプセルはキンキンである。

 空になったカプセルを鞄の中に放り込み、代わりに水入りカプセルを取り出した。

 決まった場所にはめ込んだら、また連射しながら走る。

 前方でサンバンが人と人との間を、筆でアスファルトの色を変えながらスルスル走ってくのが見えた。

 そして、時折開けた場所を見つける、筆の毛の部分を上にして思いっきり左右に振り、水の塊を一面に飛ばしている。

 その水が、立ち止まってこっちを見ていた奴らに掛かって、甲高い声が上がる。

 段々と野次馬が増えてきた。

 誰かが大声を出して俺らを呼ぶ。

 俺らがそこに滑って行って水を掛けると、また別の所から声が聞こえて、俺らはカプセルを換えながらそこに向かう。

 叫び声が上がるたび、道路が、人が、街が、水浸しになる。


 「あ」

 走りながら適当に銃を撃っていると、その射程内にニバンが飛び込んできた。

 当然、当たる。

 「きゃあっ! もうっ、やったわね!?」

 「わざとじゃな……」

 言い終わる前に、顔に大量の水が掛かった。

 目が開けられず、前髪がデコに張り付く。てか目に入る。

 「…………」

 「キャッ! ちょっと!」

 今度は狙ってニバンを撃つと、ちょうど胸の辺りに当たった。

 狙っていたのかは知らないがニバンは白いTシャツを着ている。

 ちなむと、下着の色は赤だった。

 「う~……。もうビショビショ……」

 顔にまで飛び散った水を拭いながら、ニバンが身体をくねらせた。

 そのなめらかで艶めかしい動き。頬を赤く染めた恥ずかしげな表情。

 周囲の男共が沸き立つ。

 その光景を、俺は目を細めて見ていた。

 気を付けろお前ら。カモにされるぞ。

 そんなことを考えていると、またニバンがこちらに向かって銃を構えた。

 俺は撃たれないうちにダッと地面を蹴り駆け出す。

 「待て~!」

 ニバンの攻撃を避けながら逃げて、あっちに行ったりこっちに行ったり。

 と、それがしばらく続いた時、不意に背後でバシャッと言う音が聞こえた。

 見ると、移動中だったらしいヨンバンが頭をビショビショにしながら微笑んでいた。

 こめかみには青筋。

 ヨンバンが着ているのは半そでのYシャツで、ヤツが第二ボタンを外しながら濡れた前髪を鬱陶しそうにかき上げると、今度は周りの女共が黄色い声を上げる。

 俺は目を細めた。

 気を付けろお前ら。カモにされるぞ。

 それからは言わずもがな。ニバンとヨンバンの間で撃ち合いが始まった。

 別にそれはいつものこと、と言うか、実銃じゃない分安全だから全然良いんだが、どさくさに紛れて関係ない俺に水掛けるのやめろ。

こちとら透けてもただのタンクトップなんだよ。

 「お!? 何だか面白そうな事をやってるじゃないか!!」

 攻撃を避けようと二人から離れていると、だいぶ先に進んでいたゴバンとヨンバンが戻ってきた。

 「よおし! 参戦だー!!」

 「…………」

 カプセルを換えながらドシドシと走っていくゴバンと、その後ろをちょこちょこついていくサンバン。

 野次馬たちはいつの間にか俺たちの標的から観客に変わっていて、巨人と夏仕様ゴスロリ少女の参戦に歓声が飛んだ。

 「……まあ、楽しそうだから良いかね」

 言って斜め上を見ると、未だに街灯の上にいた兄さんと目が合う。

 兄さんも楽しそうに笑っていた。

 「おーい! 二人も来ーい!!」

 聞こえてきたゴバンの声に、俺と兄さんは顔を見合わせる。

 それから、しょうがねえなあ、と呟くと、わちゃわちゃした撃ち合いに走っていった。


 それから、しばらく水を掛け合って、全員が全身びしょ濡れになった頃、空から知った音が聞こえてきた。

 バララララララララ……。

 最初は、遠く小さく。でも少しずつ、近く大きく。

 青い空を、見慣れた黒い塊が飛んで来て、そして近づいてくる。

 バラララララララララララララララッ!!

 鼓膜が破れるんじゃないかってぐらいの音と爆風が渦巻いて、野次馬たちはさっきとは別の悲鳴を上げた。

 でも俺たちは顔を見合わせて頷き合うと、ギリギリまで降りてきたそれに近付いて、垂れ下がって来た縄梯子に飛びつく。

 あっという間に地面が離れて行って、下を見ると、口を開けてこっちを見ている野次馬たちが見えた。

 俺らは縄梯子を登って、兄さんの友達が操縦するヘリの機内に入る。

 と、そこには座席が無く代わりに大きいサイズのクーラーボックスが三つ。

 そしてその中には、大量の水風船がぽよぽよ揺れている。

 この水風船はゲームに出てくるような爆弾の形はしていない。

 ごく普通の、駄菓子屋とかに売ってるゴム風船だ。

 ゲームに出てくるやつはまだ開発途中らしい。……開発途中らしい。

 「さて、投げるか」

 俺が言った時には、皆は既に水風船を両手に持っていた。

 開いたドアから顔を出すと、野次馬が何人かこちらを指差す。

 「せーの」

 ぽーい。

 パステルカラーの水風船が重力に従い落ちていく。

 そして、地面や人の身体に当たると、水をまき散らしながら炸裂した。

 また野次馬たちがワーワー騒ぎ始める。

 「たっのしー! ドンドン行くわよー!」

 「…………」

 その光景がお気に召したらしい女子二人が次々と水風船を投げていく。

 俺も適当に一つ取って投げると、ハゲの男の頭に命中した。これであの人の毛根が活性化しますように。

 「はい、タオルと着替え。みんな、風邪引かないように良く拭いて、早めに着替えてね」

 交代交代でじゃんじゃん水風船を投げていると、兄さんが言った。

 『はーい!』

 「さて、そろそろ警察も動き出してるから、行こうか」

 その言葉に、ニバンとサンバンは水風船を投げるのを止めてドアを閉めた。いつの間にか、三つのクーラーボックスはほぼ空だ。

 窓から下を見ると、水に濡れた街が日に当たってキラキラと眩しい。

 野次馬たちがこっちに向かって手を振っていた。

 

 「兄さん、体調平気?」

 「うん、大丈夫だよ。弟が可愛いだけじゃなくって優しいだなんて、兄さん幸せだなあ」

 ニコニコと笑う兄さんを見て、俺もちょっと笑った。

 その時、くいくいっと濡れたTシャツの裾が引っ張られる。

 「ねぇねぇイチバン? Tシャツがね、肌に張り付いて上手く脱げないの。着替えるの手伝ってくれない?」

 「ニバンの言う事なんて聞くことはありませんよ。それよりイチバンもひどく濡れているじゃありませんか。拭いて差し上げますから、こちらへ」

 きゅるんと上目遣いでこちらを見るニバンと、相変わらず笑顔のヨンバン。

 ちなみに互いの腕を抓っている。器用なもんだ。

 「ニバンはサンバンに手伝って貰って。ヨンバンはせめてタオル持ってから言え」

 空いてる手が変な動きしてるんだよ。ワキワキってなんだ。

 「そう言えば、サンバン的にはどっちのカップルがより良いんだ?」

 「……ん……。……どっちも捨てがたい、けど。……この辺りで、新勢力が来ると……むねあつ……」

 「なるほどなあ!」

 「お前らも黙ってくんねえかな」

 騒がしい機内と、一向に進まない着替え。

 あーあー、うるせえなあ。

 兄さんから受け取ったタオルで、俺は頭を拭く。

 何はともあれ、

 「明日も暑くなりそうだな」

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