新人錬元師、達人侍に出会う
taskeyからの引っ越しを予定しております。
銀の鎖【激レアアイテム】
この鎖を持つプレイヤーがこのゲームのフィールド内で他プレイヤーに対しこの鎖を使用した場合、いかなる要件が存在しても鎖の持ち主にそのプレイヤーが従属することとなる。鎖一本につき、一人可能。
このアイテムの合成には、4つの材料が必要である。
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MMORPG「ノヴァの聖空、アークの大地」(通称:ノヴァアク)は利用者が300万人を超えた。
このMMORPGの特徴は、充実した戦闘及び調合である。中でも、様々な調合の末に得られる【激レアアイテム】は、戦闘やクエストを有利に進めることができることで有名であり、一時期は高値で取引されるなど社会問題にもなった。
そしてここにも、調合にどハマりした新人プレイヤーが一人。
* * * * * *
「ふえ〜。この様子じゃ一番簡単なモンスターのベリアル・ラビットを倒すのも難しそうです〜」
彼女のユーザー名は「カグラ」。最近ノヴァアクを始めたプレイヤーの一人である。始めた理由は勿論、「調合ラインナップの豊富さ」。職業は「錬元師」。彼女は俗に言う「調合厨」というやつである。調合したさでノヴァアクを始めたものの、戦闘はからっきしだった。
「それでもですね、戦わざるもの調合するべからずです!」
じゃんじゃんバトりますよ〜!
そんなことを言いながら彼女は初級ダンジョン「死霊術士の洞窟」に向かって駆けていった。
* * * * * *
ゲーム内のとある森の奥地。
「……ふう」
黒髪を散切りにし、全身を黒で統一した青年が一息いれ、眼前の空気を揺らす。
そののほほんとした様子とは対照的な、目の前に迫り来る巨岩の如き暴龍を、青い刃紋が特徴的な刀で
鮮やかに一閃。
黒装束の青年が刀を収める頃には、龍は一刀両断されていた。
彼のユーザー名は「シンキ」、職業は「侍」ノヴァアクの世界では名の通ったプレイヤーである。身につけている服装は簡素なものだが、その手に持つ刀「五稜青龍刀」の特徴的な刃紋から、ノヴァアク界では「サムライブルー」と呼ばれていた。職業からも分かる通り、彼は戦闘を得意としていた。
しかし、本MMORPGのウリである調合には欠片ほども興味を持っていなかった。彼の持つ「五稜青龍刀」は、彼にこのMMORPGを勧めた彼の先輩から譲り受けたものであり、その調合方法は全く知らなかった。
今まで「シンキ」は装備やクエスト依頼の調合は調合系スキルを有する職業の人間に依頼していたのだが、「シンキ」自身は無口で表情にも乏しかったため相手と上手くコミュニケーションを取れず、また上位ギルドに所属していなかったため反感を買ったのか、今では誰も依頼に応じてくれなくなっている。
「シンキ」にとってそれは中々に困る状況であった。
「…早急に、新人プレイヤーにでも声をかけてみるか」
そう呟くと、主の居なくなった森を後にして、彼は初心者が多く現れる町へ向けて出発した。
* * * * * *
「…ううむ。何か謎のアイテムが出来てしまいました……」
「カグラ」が初級ダンジョン「死霊術士(ネクロマンサーの洞窟)」に行ってから5日。途方に暮れた顔をして、「カグラ」は初心者が最初に訪れる町にいた。
この頃には新人のギルド勧誘が解禁される。個人ではクリアできない依頼の解決やモンスターの討伐を行うのがギルドと呼ばれるものであり、ギルド同士のランキング争いもこのノヴァアクの特徴である。「カグラ」はそんなギルド勧誘なんかもお構いなしに、アイテム調合を行いまくっていた。
「うう…「錆びた鎖」と「死霊術士の宝珠」と「惚れ薬」と「強化鉱石:Lv.4」の四つも使ったのに、一つしかできないってどういうことですか…」
彼女は気付いていないが、「死霊術士の宝珠」は初級ダンジョンで手に入る中では最もランクが高いものであり、「惚れ薬」は初級「錬元師」が作るには高難度の物だ、それこそレベルアップ時に貰えるスキルポイントを「調合」に極振りしていなければ出来ないような芸当である。
彼女の運の高さか、それとも職業スキルの賜物か……。
彼女の手には、眩い銀色の鎖が握られていた。
「武器でも防具でも魔法道具でもないですし、お店で売ろうにも値段が付いていないですし、一体どうすればいいんですか~!!!」
一人騒ぐ初級プレイヤーを、周りにいたプレイヤーは遠巻きに眺めている。
『…あれって、【激レアアイテム】だよな…?』
『フリーの錬元師か…?』
『…何か振り回しているぞ?』
等といった会話がゲーム内チャットでなされていた、そんな折に。
かちゃん。
「ふえ?」
「え?」
「カグラ」の握っていた(正確には振り回していた)鎖が、いつの間にか「シンキ」に絡みついていたのである。
* * * * * *
遡ること30分前。
「シンキ」は「個人討伐絶対不可能」と謳われていた「暴龍バルトベルン」を一人で討伐し、その調合用素材を持ったまま、初心者が最初に訪れる町をうろついていた。
目的は勿論調合スキルを有する人間を探し、依頼することである。
この際「シンキ」にとっては初心者だろうがベテランだろうが全くもってどうでもよかった。ただ、調合を行ってくれさえすればよかったのである。調合成功率が低ければそれを高めるためのアイテムを調達し、何が何でも調合を手伝ってくれる人間を探していた。
しかし、「サムライブルー」の異名は初心者拠点にさえ広がっているらしく、誰も「シンキ」の依頼を聞こうとさえしなかった。
そんな時―――――――――――――――
かちゃん。
「シンキ」は自分の体に銀色の鎖が巻きついているのを発見した。
* * * * * *
「ご、ごめんなさい!!!!」
「カグラ」は平謝りに謝った。目の前の人物――カグラのスクリーンには「シンキ」と表示されている黒装束の男は無表情である。両者のプレイ画面には
「『銀の鎖』発動」と表記してあった。
「…これさ」
「シンキ」は自分に巻き付いている鎖を指差す。「シンキ」はその鎖が「銀の鎖」であることを知っていた。その調合が如何に難しいものであるのかも彼をゲームに誘った先輩から聞いていた。
「君が作ったの?」
「カグラ」はてっきり怒られるものだと思っていたが、意外と冷静な相手の声に少し落ち着きを取り戻した。
「え?…え、ええ、まあ……」
相手の第一声に拍子抜けしつつも、「カグラ」は一応頷く。
上級職である自分を見ても物怖じせず、いとも容易く難しい調合を成し遂げる眼前の初心者錬元師を見て、「シンキ」は決心した。
「そうなんだ。ねえ、もし君が良いと思うなら…俺と組んでくれない?」
まあ、この鎖が俺に巻き付いた時点で俺は君の命令ならば何でも聞かなきゃならないんだけどね、
と「シンキ」は無表情のままに付け加える。そんな「シンキ」の誘いに、「カグラ」は二つ返事で承諾した。
「良いですよ?私、調合しかできませんけども」
「シンキ」が「カグラ」の手を取る。
「…それだけできれば上出来だ、御主人様」
「シンキ」は、初めて微笑んだ。
また登場人物紹介や用語集を作っていくつもりです。