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王家の紋章を扉に戴く馬車を見送る。


サイラスの意気揚々とした足取りに、浮かれているなと呆れながらシャーロットも嬉しく思う。

一歳年下のサイラスは、大切な幼馴染であるのと同時に、不敬を承知で弟のような存在だと思っている。


サイラスと彼のマーガレットは、彼が十歳の時に出会ったらしい。それから七年間ーーその内五年間はサイラスが留学し彼女と離れても、変わらぬ想いを募らせている。


今回の夜会で、サイラスは彼女の婚約者としての地位を確立したいのだろう。




「シャーロット」

アルフレードから腰に腕を回し引き寄せられ彼を見れば、アルフレードは憮然とした表情をしていた。

「君の想いを、そろそろ私へ向けてもらっても?」

耳元で囁くように尋ねられ、シャーロットは思わず扇を開き口元を隠し、ふふと笑う。


獅子と呼ばれる男の、こんな顔を見れるのは、自分だけだと思えば優越感を覚える。その幸せを噛み締める。


「ええ、もちろんですわ」

そう言って、そっと体を添わせれば、腰に回された腕の力が強くなった。体の向きを屋敷へと促され、それに合わせて歩き始める。


「アルフレード様。私、知りたいことがありますの」

「うん?何かな」

甘い甘い声で返され、シャーロットはまた笑う。

「貴方様にとって、私はどんな花なのですか?」


先程のサイラスとアルフレードの会話で気になっていたのだ。

頭一つ高いアルフレードを見上げれば、目尻を緩ませた彼と目が合った。

「また今度教えてあげよう」

「あら、今は駄目ですの?」

「今はまだ内緒にさせておくれ」

駄目かい?と問うアルフレードの視線を受け、シャーロットはゆったりと首を横に振って見せる。

「では教えて頂ける時を楽しみにしておりますわ」

ふむと、頷いたアルフレードは優しい視線をそのままに「シャーロット」と静かに名前を呼んだ。

「殿下には、ああ言ったが。君の望みは私が傍観の立場でいることだと考えているのだが、どうだね?」

「……まあ、アルフレード様」


シャーロットはその言葉に目を瞬かせた。だが、すぐに深呼吸とともに表情を整える。


触れ合うアルフレードから伝わるのは、爪を研ぎ澄ます獅子の獰猛さだ。


シャーロットの思惑など、彼に任せれば、全て上手くいくのかもしれない。

おそらく円滑で迅速に。

おそらくアルフレードとシャーロットの都合の良いように。


だが、シャーロットは軽く頷く。

「ええ。アルフレード様。傍観してらして」

肯定の言葉は力強く聞こえただろうか。


シャーロットの言葉に、アルフレードはほんの少しだけ残念そうに目尻を下げた。

「ならば、そうしよう」と言葉少なく告げるアルフレードに、シャーロットは口角を上げる。

心配してくれたのだと思えば、声音は喜色が混じる。


「ご安心なさって。先も申しましたけれど、私は悪女と呼ばれておりますのよ」

そう言って、こてんと頭をアルフレードの肩に預ければ、彼は体を揺すり笑う。

「君は存外、その悪女とやらが気に入っているのだね」

「ええ、そうなのです。なんだか、しっくりきてしまって」


ふふと笑いながら思い出すのは、最初にシャーロットが『悪女』と呼ばれた時のことだ。

アルフレードとの婚約を受け入れた日ーーベンジャミンから婚約破棄を告げられた日とも言えるーーから二週間経った日の朝、シャーロットは初めて『悪女』と呼ばれた。



教室で友人のアメリアと朝の挨拶を交わしていたところに現れたのは、口を歪め、目を充血させ、色の髪を振り乱した少女だった。


「あなたのせいよ!」


開口一番そう言った彼女が、ベンジャミンの腕にまとわりついていた子爵家令嬢だと、シャーロットはすぐに気付かなかった。横に居るアメリアが子爵家令嬢の名前を呟き、そこでようやく気付いたほどの変貌を、彼女は遂げていた。


驚くシャーロットに向けて、子爵家令嬢は涙で潤ませた瞳を向けた。


「みんないなくなったわ!あたしも学園を辞めされられるのよ。すべてあなたのせいだわ!

あたしがなにしたって言うの。彼らがなにをしたって言うのよ!!」


唾が飛ぶほどの勢いに、シャーロットが半歩後ろに下がれば、シャーロットが自分の主張に屈しつつあるのだと勘違いし、子爵家令嬢はその勢いをさらに加速させた。

「あたしがいない二週間で、どうせあたらしい婚約者に媚びでも売っていたのでしょ?公爵家の力を使って、あたしやみんなの家に圧力でもかけてもらったの?!本当に、いやらしいったならないわ!!」

叫ぶ子爵家令嬢にシャーロット思わず呆れた。


シャーロットは、あのカフェテリアでの一件後、一週間謹慎していた。

学生の憩いの場であるカフェテリアを騒がせた責任を取るとシャーロットが申し出て学園が答えた結果の謹慎だった。

シャーロットのその行動のおかげで、彼女たちは学園からはお咎めなしで済んだはずだ。感謝されるならまだしも、貶される筋合いはない。

彼女たちが学園から遠ざかっていたとは知らなかったが、それぞれの家々で自主的に行動を制したのだろう。

公爵家令嬢であるシャーロットは、今や未来の筆頭公爵家夫人だ。

シャーロットと諍いを起こした上、シャーロットが一週間の謹慎となったのなら、それぞれの家が行動を起こすのは当たり前だろうに。


「あらまあ、おバカさんなのね」

アメリアからの同情の声音で耳元に囁かれたその言葉に、シャーロットは思わず眉を下げた。


それよりも、この振る舞いは貴族としての品位という以前に、女性として如何なものかしら。

冷めた目で子爵家令嬢を見ながら、シャーロットはそう思う。


騒ぎを聞きつけた教師たちがやって来てなお、子爵家令嬢は口を閉ざさなかった。教師三人がかりで引きずられるようにしてシャーロットの視界から消えるその間際。


「この悪女!!」


そう言い捨てた言葉は、静まっていた教室に嫌という程響き渡った。


事情に明るくない学生のたちや子爵家令嬢に近しい考えの持ち主たちは、それから、影でシャーロットを悪女と呼び始めたのだった。


だが、そのきっかけはどうあれ、その言葉がシャーロットは嫌ではない。

以前のように『悪役令嬢』と呼ばれるよりも、余程自分に合っているとさえ思っている。


ベンジャミンを筆頭公爵家から除籍させ、追いやったのは、他ならぬシャーロットだ。

自分がアルフレードの愛を受け入れなければ、ここまでのことにはならなかったのだから。

だが、シャーロットは彼の愛に応えたことに後悔していない。


アルフレードの愛はシャーロットの心を焦がし、その熱はシャーロットの愛を燃やす。

その熱さは、ベンジャミンからは決して貰えなかったものだ。


それを望んで何が悪いというの。


そう思うシャーロットは、やはり皆が言う通り『悪女』なのだろう。





自身の私室へと導いたアルフレードから、ソファへ座るように促される。

それに従ったシャーロットの隣に座ったアルフレードは、シャーロットの手から扇を取ると、それをソファ前の机に置いた。

アルフレードはシャーロットへ体を向け、自由になったシャーロットの両手を握る。


「何をするつもりなのかだけ、教えてはもらえないかな?私の愛しい人」

甘く問いかけられ、シャーロットは微笑む。

「勿論お話ししますわ」と言って、そっと耳元に口を寄せた。


「サイラス殿下のマーガレットにも、悪女らしく、『お返し』しなくてはと思っておりますの」

「…ほう?」

小さく、打ち明けるように言ったその言葉に、アルフレードはシャーロットへ向けて一瞬だけ鋭く咎める視線を向けた。だが、シャーロットがその視線をまっすぐ見返せば、彼はその瞳の刀をすぐに納めた。

「なる程、我が婚約者殿は容赦ないようだ」

苦笑交じりの言葉と共に腰に腕が回される。シャーロットは、アルフレードの腕に手を添え、彼に体を預けた。


「夜会に向けて、忙しくなりそうですわ」

「私もだ。だが、シャーロット」

アルフレードはシャーロットの頬に唇を寄せる。

「私との時間も是非取っておいてもらいたいね」

拗ねたように言うアルフレードに、シャーロットは目を丸くさせる。じわじわと可笑しさがこみ上げて頬が緩んでしまう。


我が国で、最も忙しいだろう宰相にそんなことを言われては否とは言えない。


はしたないと思いつつ、シャーロットは、ころころと笑声を上げた。

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