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プロローグ

 ふと思いつきしたためてみました。

 店の前面にあるショーウィンドウを覆う鎧戸を開けると開店時間になる。もっともこの店は取り扱う品物が曲者であるから、千客万来となったことはこの店の長くはない期間でついぞない。店長の少年が小さくあくびをしつつ、ようよう伸びをして、それから己の定位置に就く。店の中央やや奥寄り、現金を入れる箱と帳簿の置かれた机が彼の仕事場になる。しかしその帳簿は上質の絹布のように、美しくも真っ白だった。


「なぜに今日まで一つも売れないのだろうか……」


 少年は何の打算もなくここに店を構えたわけではない。大通りにこそ面していないが治安も悪くない横町に、自分でも会心の出来、と思える商品を並べていた。店はメルセン王国第二の都市、その中でもここに行けば何でもあるといわれる市場街の一角にある。看板もしっかり立ててある。その看板に曰く、「最新鋭魔導機器取扱・中古品誠実買入 アフターサービス充実のリービヒ商会」


 この日、街の新聞の一面を見るとこんな見出しが載っていた。


「メルセン王府、蒸気機関用ボイラーの圧力に上限を設定」

「ツァンドラ社製高圧機関~紡績用機器の動力として最適、他のご用途にも応相談~」


 ここは蒸気機関の飛躍的発達を成し遂げたメルセン王国、その最高峰の工科大学を有する学術都市にして交易の街で、その名をマルドブルクという。



 少年、ヨハン=リービヒは今年の春に南方はるか遠くの村に住む魔術の導師に皆伝を与えられた。意気揚々とこの街にたどり着いたヨハンは、師匠の教えに従って旧友という人物を頼った。師匠はヨハンに一通の封書を託した。それが彼がかねてより望んでいた、工房と店の設立に伴う様々な事柄について、手を貸してはもらえまいかという内容のものであった。その封書を開けて読んだ師匠の友人、老シュバイツァー氏は少年の夢をかなえることに協力をし、そしてついにそれは実を結んだ。


「だいたい、隣が画廊と建具屋とはこれいかに。ここは機械屋だぞっ、こんなところじゃ目当てに来るお客なんて何年かかっても来やしないだろう」


 嘆いても仕方なし、とばかりにヨハンはせっせと店に並べた彼自慢の魔導機器を磨く。幻灯機や蓄音機、ランプに置時計などが目下の商品だ。会心の出来と自負している。それなのに、全く店に人が来ない。本当に、人っ子一人来ない。


 今日も途中で店を切り上げようか、という思いが脳裏をふとよぎる。こんな調子でいつ来るともしれない顧客を待つのは上策ではないかもしれない。店の後ろにある工房に籠ってしまいたい。そんな邪念を振り切りヨハンは今日も店に陣取りあくびをしながら客を待つ。


 しかし今日は普段と違った。何が異なるのかといえば、店に人が来たのだ。扉が開き、取り付けられたベルが鳴る。店におかれた商品の蓄音機が邪魔で姿がはっきりしないが一人の男のようだ。


「すいませ~ん」

「はいっ、なんでしょう」

「郵便のものです。ヨハンさん宛の手紙を一通お届けに参りました」

「はぁ、ありがとうございます」


 なんとも失意なことに郵便配達人だった。それでもその青年が開店以来初の訪問者ということには変わりない。ヨハンは引き渡し証明のサインをして、手紙を受け取る。師匠からのようだ。


~前略 バカ弟子へ


 お前さんのことだから風邪を引いたりなんかはしないだろう。なにせ馬鹿と煙は何とやら、という諺もあるくらいだからね。煙といえば、そっちはどうだい、やっぱり煤けるほどに煙いんじゃないかい。わたしがそこを引き払ってこちらに来る頃、ようやく街じゃ蒸気というやつを使いだした。ご苦労なこった、と思っていたもんだよ。それでもやっぱり、今じゃ大したものになっているだろうね。お前さんはなんでも、魔術を習いたいと言って弟子入りした。そういって聞かなかったのはあんただ。私としちゃ、ピストンやらタービンやらボイラーやらを少しばかりを教えるのはやぶさかじゃ無かったんだがね。


 とにかく、お前さんも判ったろう、もう魔術で食っていくのは大変だよ、少なくともそこじゃ。身に染みただろうし、「店を開く」こと自体は叶ったんだから、店をたたんで帰ってきな。弟子がいないと万事面倒でいけないね。あんたに預けた支度金はあんたの借金、そういう訳さ。


                                                              草々 マリア=レーダー


 師匠からの手紙は辛辣だった。この状況に至るすべてを見透かしたような文面に、言葉にできない熱が炎となり頭にのぼる。つまり、師匠は今や魔導機器では商売にならないことを知っていてヨハンに支度金を貸し、伝手を頼る手紙を書いたのだ。


「これじゃあまた弟子に後戻りじゃないか。そんなことになって堪るか」


 ヨハンは未だに支度金のうち、三割ほどを残していた。それ程に師匠が貸した額は大きく、どれほどこれから返済に時間がかかるのか、皆目見当もつかない。


「そもそも、弟子っていったい幾ら稼いだことになるんだよ」


 嘆いても致し方なく、目下ヨハンが決められることは指示に従い店をたたむのか、それとも資金の続く限りここで店を営むかの二者択一しかない。幸いなことに期日が切られていることもなく、まだ悩む猶予があるようだった。


 お読みいただきありがとうございます。感想、ご意見ご指摘お待ちしております。

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