大好き
かなとちかちゃんは手をつないで、台所に向かいました。
昨夜のこうふんがさめ切れないのでしょう。もう目が覚めてしまったのです。
「おはよう」
「あら、ずいぶんと早いのね」
かなとちかちゃんに気が付き、おかあさんは言いました。
辺りはまだ、うす暗いです。
「……比較的遅いいん石ですが、地球に近付くにつれ、その速度を早めています。今日の早朝から朝にかけて一番近付き……」
おかあさんとおとうさんはテレビを見ています。
そのテレビでは音声と共にコンピューターグラフィックで作られた宇宙の中で、岩が動いている映像が流れていました。
いん石の、今後の動きを説明しているようです。
「また、いん石のニュース?」
かなは、あきれたように言いました。
何でも、いん石が地球に近付いて来るというのです。今までの移動が遅かったため、正確に予想できたようで、最近のニュースは、その説明ばかりしています。
「ああ。やっぱり気になってね」
おとうさんが答えます。
まるでそれはSF映画を体験しているようで、興味は絶えません。
「でも、地球に落ちても……燃え尽きてしまうんでしょ?」
テレビでくり返されているその説明で、かなまで覚えてしまっています。
「もし、そうならなかったら……怖いわ」
おかあさんは普段、こういった話は無関心なのですが、その不安で、どうしても見てしまうのでしょう。
「それ、落ちちゃうよ」
ちかちゃんが言いました。
「あれ……この町に落ちちゃうんだ」
じっとテレビ画面を見つめています。その表情を見ると、どうやら本気のようです。
「止めに行かなくちゃ」
「ちかちゃん」
ちかちゃんを、かながあわてて止めます。
「何を言ってるの?」
「やっとわかったよ」
ちかちゃんは振り向きながら言いました。
「今日の朝、いん石が落ちるんだよね」
そして、テレビをちらっと見て、確認するかのように言いました。
「私はあれを止めるために、ここに生まれて来たんだ」
ちかちゃんはかなを振り切って、走り出してしまいます。
「もしものことがあったら危ないから、かなちゃんは逃げて」
ちかちゃんは途中で振り返ると、かなにそう言って台所を出ました。
「ちかちゃん!」
かなは家の外まで後を追いかけますが、すでにちかちゃんの姿は、どこにも見当たりません。
――それから間もなくでした。
外ではサイレンが鳴りひびき、すべての携帯電話も大きな音を立てます。
いん石がこの町に落ちるという、避難指示の放送でした。
かなはおとうさんとおかあさんが止めるのも聞かず、ちかちゃんをさがすために外へ出ました。
この町だけでなく、近くの市や県にも避難指示が出ています。みんながさわいでパニックにならないために、ニュースでは燃え尽きると伝えていたようです。
――ちかちゃんを見つけることができたのは、町の人たちが誰もいなくなった後でした。
「ちかちゃん!」
今はさびしささえ感じるこの町の、一番広い道の真ん中に、ちかちゃんはひとりで立っていました。
かなはかけ寄ろうとしますが、なぜか周りの風が強くて近付けません。
いん石が落ちる前ぶれでしょうか。それとも、ちかちゃんの魔法でしょうか。
「来ちゃったんだ……」
ちかちゃんは残念そうに言いました。
「危ないから、逃げてって言ったでしょ?」
かなは首を横に振ります。
「ちかちゃんだって危ないよ?いっしょに逃げようよ!」
空はいつもより、うす暗く感じます。
「私はこのいん石から町を守るためだけに、地球に作られた……精霊なんだ」
ちかちゃんは小さな声で言いました。
ちかちゃんの両親は、地球そのものだったのです。
「だから、地球が持ってる力の一部を使えるんだよ」
ちかちゃんはそう言うと人さし指を立て、その指先を少しだけ光らせて、かなに見せつけます。
それが魔法の正体です。今までの不思議な体験は、元々、この時のために地球がちかちゃんに分け与えた力によるものだったのです。
「いつ、いん石が落ちるか、地球にもわからなかったんだけど……終わったら私は、ここにいられなくなっちゃうんだ」
役目を果たし、力を使い切れば、この姿も保てなくなります。
「だから、もうお別れだね」
ちかちゃんは、あらためてかなを見て言いました。
「もっと遊びたかったけど……ごめんね」
こんな時でも笑っています。
「嫌だよ!」
かなは叫びました。ちかちゃんがいなくなるなんて、想像もできません。
「だったら、いん石なんてほっといたらいいんだよ!そうすれば、ずっといっしょにいられる……」
いん石は落ちる場所もわかっています。みんな逃げています。
かなの言う通り、何もしなくても人は助かります。町や家はこわれてしまうでしょうが、物のためだけにちかちゃんがいなくなってしまうなんて、ばかげています。
「だめだよ」
しかし、ちかちゃんは、さえぎるように言いました。
「それじゃあ、私が生まれた理由がなくなっちゃうよ」
かなは言葉をつまらせました。
「それに、かなちゃんが住んでいる町だから……この町が好きなんだ」
ちかちゃんはゆっくりと周りを見た後、
「大切な友だちの町を、こわされたくない」
かなを見つめなおして、強く言いました。
ちかちゃんを取りまく風は、弱まることを知りません。
「楽しかったね」
ちかちゃんは思い出しながら言いました。
「同じ布団で、いっしょにねれて……楽しかった」
別に何をしたわけでもなく、結局は次に何をして遊ぶかさえも、決めることができませんでした。
「ハンバーグも、とってもおいしかった」
ちかちゃんがハンバーグを食べている時の、おいしそうな笑顔が思い浮かびます。
「犬の時は、ごめんね」
ちかちゃんは今も気にしていました。
「動物と話がしたいと言ったのは私なのに……最後にお話ができて良かったんだよね」
かなはうつむいて、自分に言い聞かせるように言いました。
「私こそ、ひどいことしてごめんね」
今度は、ちかちゃんが首を横に振ります。
「月で、おもちつき……楽しかった」
それは本の世界での出来事です。
「うん、とってもおいしかった」
そう言った、かなの声がふるえます。
「空を飛び回ったことだって……」
「もう、いいよ!」
かなはたえ切れなくなって、大声を上げました。
「いっしょに見た夕焼け……」
それでも、ちかちゃんは続けます。
空はとても広く、二人で雲の上に座って見たいつもと違う夕焼けは、とてもきれいでした。
時間が経つのも忘れて、ずっと見入っていました。
「そんなの、また見ればいいでしょ!」
また見ようと約束もしています。
思い出すと、楽しかったことばかりです。いつまでも続くと思ったそんな日々(ひび)――
「これで、終わりみたいな言い方……!」
かなは何としてでも、ちかちゃんを止めたいです。
「どれも大事な、私の宝物だよ」
けれど、ちかちゃんは止まりません。いつものようにほほえみながら、そう言います。
それは、かなにとっても同じことです。
「私は、かなちゃんといっしょだから、楽しかった」
ちかちゃんには、どれもすてきな思い出です。かなは、そんなに思われるほど、りっぱなことは何一つしていません。
かなの見る景色がにじみます。
「私は、ちかちゃんに何もしてあげれていないよ」
かなはちかちゃんから目をそらします。
これから、ちかちゃんにいろんなことをしてあげたいと思っていました。
「そんなことないよ」
かなは、ちかちゃんに振り向きました。
「ひとりぼっちで、さびしかった私に声をかけてくれた」
いつ、自分の役目を果たす時が来るのか不安をかかえたまま、ずっとひとりぼっちだったちかちゃんにとって、それがどんなに、うれしかったことでしょう。
「私の願いを叶えてくれた。友だちになってくれた」
ちかちゃんのこぼれんばかりの笑顔は、そんな友だちと、はなればなれにならなくてはならない悲しさをかくすかのようです。
「笑顔は人を幸せにするんだよ」
ちかちゃんのその言葉を、かなは思い出しました。
「とっても、うれしかったよ」
かなの目から涙がこぼれ落ちました。
「私こそごめんね。ずっと、いっしょにいてあげられなくて」
かなは何度も首を横に振ります。
「嫌だよ……そんなの嫌だよ……」
「もう会うことはできないと思うけど……私は地球に帰るよ」
何も、ちかちゃんは死んでしまうわけではありません。人の姿でいられなくなるだけです。
次に、またこのようなことでも起きないかぎり、地球はちかちゃんを作らないでしょう。そしてそれは、そう何度も起きるとは思えません。
「私はずっと、かなちゃんを見守ってるよ」
ちかちゃんは少しほほえんで言うと、空を見上げます。
「そのやさしい思いやり、大人になっても忘れないでね」
いつの間にか空は赤く、不気味な色になっています。
「かなちゃん、大好き」
ちかちゃんはもう一度かなを見ると、めいいっぱいの笑顔で、やさしく言いました。
かなは泣きくずれてしまいました。
「かな!」
ここで、かなのおとうさんとおかあさんが来ました。
おとうさんとおかあさんは、かなをさがしていたのです。二人はかなをつかまえます。
「嫌だ……ひとりにしないで!」
かなはおとうさんとおかあさんを振り払い、力いっぱい叫びました。
ちょうどその時、空一面が光りかがやき、辺りは何も見えなくなってしまいました。体が飛ばされそうな突風で身動きが取れません。
かなはちかちゃんの名前を大声で何度も呼びますが、空を切りさくような大きな音で、その声はまったく聞こえません。
――次に見えるようになった時、そこに、ちかちゃんの姿はありませんでした。
かなは地面を何度もたたきます。
空を見上げました。
そこはいん石のかけらが広がり、多くの流れ星が作られています。
まるで花火のようです。
ちかちゃんは花火を見たことがありません。
「夏になったら、いっしょに見ようよ」
同じベッドの中で、うれしそうに言ったちかちゃんが見せてくれた花火です。
かなは声がかれるまで泣きました。