空のさんぽ
下校時間になると校門で、ちかちゃんが立っていました。
「かなちゃん、いっしょに帰ろ?」
かなの姿を見つけると、ちかちゃんはそう言ってかけ寄って来ます。
何もそんなところで待たなくてもと、かなは思いましたが、ちかちゃんの教室がわかりません。
休み時間にさがしても、
「ちかちゃんは何年生?何年何組なの?」
と、聞いても、何も答えてはくれません。
「かなちゃんは、何か夢とかないの?」
代わりに、ちかちゃんはかなに聞きます。
「私も言って……かなちゃんに叶えてもらったから私も……」
正直、しつこいなとも感じましたが、
「うーん」
かなは頭をひねって考えます。
――その中で、ぐうぜん青い空が目にとまります。
「きれいな空」
かなはつぶやきます。
「あんなきれいな空を自由に飛べたら、おもしろいだろうな」
そう思って、つい口から出てしました。
「空を飛んでみたいの?」
ちかちゃんは、かなに確認するように言いました。
「そうだ。ちかちゃんと空を飛んでみたい」
かなはあらためて自分の願い事として、ちかちゃんに伝えます。
ちかちゃんはうれしそうにほほえみました。
「だったら、決まりだね」
二人はかなの家の前で待ち合わせをしました。
ちかちゃんの言いつけ通り、かなは少し暑いぐらいに服を着込んでいます。
「空はさむいから……」
ちかちゃんが言うには、上に上がれば上がるほど、さむくなってしまうようです。
かなは自分の知らない世界に足をふみ入れたようで、すごくどきどきしました。
「じゃあ、行くよ?」
ランドセルを置いて来たちかちゃんが言うと、かなの体が一瞬、やわらかい光に包まれます。
何だか、体が軽くなったようです。
ちかちゃんはかなの手を取って、大きく飛び上がりました。
地面から足がはなれしまい、怖くて体がふるえますが、そんなかなを無視して二人の体は、ぐんぐんと上へ上がっていきます。
周りが真っ青な空と、ところどころにある白い雲だけになりました。
まるで空に包まれているようです。いつの間にか、そのふるえもおさまります。
「ほら、もう大丈夫だよ」
ちかちゃんはかなの手を放しました。
これで、かなは何にもつかまっていません。
――鳥たちが通り過ぎました。
「わあ!」
下を向くと、今までいた家や学校は小さく、模型のように見えました。
思い通りに空の中を動き回ることもできます。自分の力で空を飛んでいるみたいです。
心地良くて、自然と笑いが込み上げて来ました。
「ねぇ、見て!見て!」
かなはちかちゃんに言いながら体を横にして、手足をばたばたさせています。
泳ぐまねをしているようです。
「何それ?」
ちかちゃんは指をさして笑います。
かなは泳ぎが得意ではありません。
「今度は海に行ってみる?」
急に元気をなくしてしまったかなに、ちかちゃんは言いました。
「いいよ。海は……」
かなは顔を伏せたまま答えます。
そもそも水が嫌いです。
「海の中も、きれいだよ?」
「ふーん」
かなは素っ気ない態度をしたものの、少し興味がわきました。
近くにある小さな雲に目がとまりました。白く、ふわふわしていて、とてもさわり心地が良さそうです。
「冷た!」
指をその雲に入れてみると、氷のように冷たくて、かなは思わず声を上げてしまいました。
「だめだよ、雲をさわったりしたら」
ちかちゃんはかなを注意します。
「雲は水なんだよ?」
「わかっているけど……」
近くで見るとやはり、さわってみたくなります。
「綿あめみたいに見えちゃって……」
ちかちゃんは笑いました。
「じゃあ、雲の上に乗ってみようか?」
ちかちゃんは辺りを見渡します。
そうして選んだのは真っ白で、大きめの雲でした。
その雲が、ほのかな光に包まれます。
「もういいよ」
かなは恐る恐る、その上に足を下ろしました。
今度は固いゼリーみたいに、プルンとしています。飛びはねると、トランポリンみたいで楽しいです。
ちかちゃんも、その雲の上に立ちました。
「ちかちゃん、競争だよ」
かなはちかちゃんにそう言うと、走り出してしまいました。
「あ、待ってよ」
ちかちゃんはあわてて、かなの後を追いかけます。
ばねみたいにはねるので、少しは早く走ることができるかと思っていたのですが、後でスタートしたちかちゃんの方が、かなを追い越して先に雲の端にたどり着きます。
雲の上でも足の早さは変わりません。
かなは息苦しくなって、その場に転がりました。
何ですぐに息が上がるのだろうと不思議に思いましたが、それよりも日の光を体全体で浴び、ほかほかとあたたかくて気持ちが良いです。
ちかちゃんも、かなの横で寝そべります。
二人に笑い声が絶えません。
――どれだけ時間が過ぎたのでしょうか。
「かなちゃん、こっちに来て」
ちかちゃんが再び雲の端まで行って、かなを呼んでいます。
かなは起き上がると、ちかちゃんのそばまでかけ寄り、そのとなりに座りました。
そこから見える風景に息を飲みました。
空と地上がくっついたところに赤くなった太陽が半分ぐらいかくれ、光が広がりながら町を赤く染めていきます。
まるで下から赤い光が、わき上がって来るようです。
「わあ!すごい!」
かなは感動の声を上げました。
「きれいだね」
ちかちゃんも、じっと見つめています。
夕焼けです。
いつもは地面からしか見ることができない景色ですが、空から見るとこんなにも変わるのです。
「かなちゃんが空を飛びたいと言ってくれたから、この景色が見られたんだよ」
かなはうれしそうに、ちかちゃんの方を向いてうなずきます。
「良かったね」
ちかちゃんも、にこっと笑います。
「また見たいね」
「そうだね。約束だよ」
この日は暗くなるまで、ちかちゃんといっしょにいました。