友だち
かなはランドセルを背負って、ひとりで歩いていました。
かなは自分から人に声をかけることをしない、引っ込み思案な女の子です。友だちがいないということはありませんでしたが、学校の登下校はひとりの場合がほとんどでした。
今日も、そんないつもの下校時間です。
――何やら、さわがしい笑い声が聞こえて来ました。
かなが振り向くと、自分より背の低い男子と丸々と太った男子、ひょろりとのっぽの三人が後から近付いて来ています。良く見かける男子ですが、学年もちがうので話をしたことはありません。
「僕ん家でゲームしようぜ」
かなを追い越す時、太った男子が他の二人の方を向き、後歩きになって言っています。
「うん。そうだね」
「賛成」
のっぽの男子と小さな男子は明るく答えます。
「じゃあ、早く行こう!」
かなはうるさいなと思いながら、ちらっとこの三人組を見ました。
三人ともランドセルを背負っていません。一度、家に帰ってから外に出たにしては、時間が早すぎます。
「きゃっ!」
悲鳴です。
男子たちが来た方向からです。
良く見ると遠くはなれたところで、かなと同じ年ぐらいの女の子がこけています。知らない子です。
気のせいでしょうか。
その拍子で地面へ落ちる三つの黒いランドセルは、浮いていたかのようでした。
「何だよ!使えねぇな!」
今にも走り出そうとしていた太った男子が地面をけって、いらいらしています。
「だいたい、自分からランドセルを持ってくれると言ったのに……」
「できないんだったら、初めからするなよ」
二人もそう言うと、太った男子とともに、しぶしぶと元来た道を戻ります。
かなはその場で立ち止まりました。
三人組は自分たちの黒いランドセルを拾い上げると、女の子を無視して、またこっちに向かって来ます。
かなはこの三人組をにらみますが、何も言えません。自分のそばを通り過ぎる時は、目をそらしてしまいます。
「じゃあ、行こう!」
気を取り直して、男子三人組は明るく走り去っていきました。
その男子たちの姿が見えなくなって、かなはこけた女の子の元へ走ります。
女の子は赤いランドセルを背負い、うつ伏せのまま、身動き一つしていません。
「大丈夫?」
かなはしゃがんで話しかけました。
女の子は顔を上げて、
「うん。ありがとう」
と、笑って答えます。おかっぱ頭の、笑顔が良く似合う女の子です。
「魔法を使い過ぎたみたい」
かなには、この子が何を言っているのか良くわかりません。あっ気に取られてしまい、すでに出した手を引っ込めることもできませんでした。
女の子は差し出された、かなの手をつかんで立ち上がりました。
「あっ」
かなは思わず声を上げました。女の子のひざから血が出ています。
こけたからでしょう。大変、痛そうです。
「お家はどこ?」
かなは心配そうに言いました。
今度は女の子の方が、何を言われているのかと不思議そうに首をかしげています。
「お薬ぬらないと。遠くだったら、私ん家においでよ」
かなは続けてそう言います。女の子は笑いました。
「私の家は……こっちだよ」
女の子は、かなの手を引っ張りながら歩き出しました。
女の子からは笑顔が絶えません。何がそんなに楽しいのでしょうか。
「どうして、かばん持ちなんかしてたの?」
かなはそんな思いからか、どうしても気になってしまいます。
「みんなが、よろこんでくれるから」
それでも女の子は笑顔で答えます。
「みんながよろこんでくれたら、それがとってもうれしいんだ」
本当にうれしそうです。
かばん持ちをしていたのは、その男子たちがよろこぶからです。理由はたったそれだけのようですが、それは都合の良いように使われているだけの気がしてなりません。
かなは腹が立ちました。
「私は魔法が使えるんだ」
女の子は、また、変なことを言っています。
「えっと……」
そして、かなの顔をじっと見つめた後、上を見て何かを思い出そうとしています。
かなは気が付きました。
「私は『かな』」
そうです。女の子に、まだ自分の名前を教えていません。
「あっ、私は『ちか』」
そうだったと、女の子もあわてて自分の名前を言います。
「ちかちゃんか」
「かなちゃんか」
二人はくすくすと笑ってしまいました。
「ここが私ん家だよ。まだ、遠いの?」
話の途中でしたが、かなの家まで着いてしまいました。
「うん」
女の子――ちかちゃんは下を向いて小さくうなずきます。
「おかあさんは?」
かなは聞いてみました。けれども、ちかちゃんはだまって首を横に振ります。
お仕事にでも出ているのでしょうか。
「じゃあ、家においでよ」
少し変だなとも思いましたが、それよりも何だか、ちかちゃんがかわいそうです。かなの口からは、自然とその言葉が出て来ました。
「でも……悪いよ」
ちかちゃんはびっくりした顔をしています。
しかし、そうは言っていますが、笑顔に戻ったちかちゃんは、とてもうれしそうに見えます。
「いいから、待ってて」
かなはそう言うと家の中に入って、おかあさんを呼びます。
「おかあさん!」
「あら?お帰り。どうしたの?そんなにあわてて」
おかあさんは台所で食器を洗っていました。はなれたところにあるテレビでは――
「人工衛星が偶然とらえたいん石は、ついに地球へ接近する可能性が高くなりました。その速度は、いぜんとして遅く……」
何かのニュースのようです。
「ちかちゃんが、けがしちゃって……」
かなは今日の出来事を、どこから話せば良いのかもわかりません。ただ、ちかちゃんの血が出ているひざに、早く薬をぬってあげたいとしか頭にありませんでした。
「まぁ、それは大変」
おかあさんは何も聞かずに、そう言ってくれます。
「今、家の前までつれて来てるんだけど……ひざから血が出てて痛そうなんだ」
そのおかげで、かなは続きを言うことができました。
「じゃあ、つれて来て。お薬をぬってあげないと……ね?」
おかあさんはぬれた手をタオルでふきながら言いました。
かなは急いで玄関に戻ります。
「あれ?」
ちかちゃんがいません。
家の前まで出て辺りを見回しましたが、ちかちゃんを見つけられませんでした。
次の日の朝――
「行って来ます!」
かなは言って、元気いっぱいに家を出ました。
しかし、その場で立ち止まってしまいます。家の前には女の子――ちかちゃんです。
「ちかちゃん!」
かなはちかちゃんにかけ寄ります。
「心配したんだよ?昨日、どうしていなくなったの?」
「ごめんね。やっぱり……はずかしくて……」
ちかちゃんは照れ笑いをしながら、頭をかいています。
かなが足元を見ると、ひざに、ばんそうこうがはられ、手当てをされていました。誰がしたのかどうかはわかりませんが、とりあえずは一安心です。
あらためて見ると、ちかちゃんはランドセルを背負っています。自分の背中にあるものと見比べて、
「いっしょに行く?」
と、かなは言いました。ちかちゃんはうれしそうにうなずきます。
――かなとちかちゃんの二人は歩き出しました。
いつもと同じ道を歩いていますが、二人での登校はかなにとって、とても楽しく、心がはずみました。
「昨日の話の続きだけど……」
歩き始めるとすぐに、ちかちゃんは切り出しました。
「え?」
かなは首をかしげます。
「私が魔法を使えるって話だよ」
ちかちゃんはもどかしくなって、声を大きくします。
かなにとっては、それがどうしたのかと思っていたぐらいなので、すっかり忘れていました。
「だから、かなちゃんの願い事を何でも叶えてあげられるよ」
ちかちゃんはかなへのぞき込んで、じまん気に言いました。
「何がしたい?」
「どうして私に聞くの?」
かなは不思議に思いました。
別にちかちゃんが魔法を使えることを、疑っているわけではありません。うそをついているとも思っていません。
ただ、かなは興味もありませんでした。
そんなかなに、何でちかちゃんはこんなにも魔法の話をするのでしょう。
「だって、かなちゃんに、よろこんで欲しいんだもの」
ちかちゃんはそれが、まるで当たり前であるかのように言います。
「かなちゃんがよろこんでくれたら私、すごくうれしいんだ」
ここまで言われると、かなも何だかはずかしくなって来ます。
「うーん」
かなは照れかくしに、おおげさな仕草であごに指をそえてうなりました。
少し考えてみたのですが、何も思い浮かびません。
「私よりも、ちかちゃんはどうなの?」
かなはふと、気になりました。
今も笑って、こんなにもかなにその答えを求めていますが、その本人であるちかちゃんには――
「ちかちゃんには、願い事はないの?」
そうです。そのちかちゃんに望みはないのでしょうか。
ちかちゃんはおどろきのあまり、目を丸くします。初めてそんなことを聞かれたようです。
言っても良いのでしょうか。
「友だちが欲しい」
しばらくして、ちかちゃんはぽつりと言いました。
「何だ、そんなことか」
かなはふき出してしまいました。
思いつめたようだったので、もっとむずかしいことだと思っていました。
魔法がどうとか言っているのに、そのちかちゃんの願い事はかんたんで、誰にでも叶えることができそうです。
「私で良かったら、友だちになってあげるよ?」
いつもの笑顔を忘れ、ちかちゃんはまじまじとかなを見つめます。
しかし、また今まで通りに、にこっと笑うと、ちかちゃんは強くうなずきました。
「友だちになって欲しい」
「いいよ。これから、ちかちゃんと私は友だちだよ」
かなはそう言うと、ちかちゃんの手を取りました。
自然と笑い声がこぼれます。
二人はつないだ手を大きく振って歩きました。