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三日後、クラウネスの邪魔が入りながらも、調合薬は予定通り完成した。研究室で出来上がった調合薬を、アルトは小さい瓶に詰める。
「へー、それが食欲増進に効く調合薬なんだ」
調合薬の入った瓶を、ココルは興味深く見る。調合薬は赤い粉末状で、粉薬のように見えた。
「はい。料理に混ぜて使うんですよ」
調合に使った道具を片付けながら、アルトはココルに混ぜた薬草の説明を続ける。調合薬を見ながら聞いていたココルは、アルトの机の上にもう一つ瓶があるのに気が付いた。
「こっちの白い粉末は何?」
「そちらは別の方から頼まれた薬です。内緒にしてほしいとの事だったので、どんな薬かは言えないんですが」
アルトは瓶のラベルを用意する。クラウネス様と書いて瓶に貼ろうとしたが、よれてしまった。しかたないので、新しいラベルを用意して貼り直す。キレイに貼れた瓶を机の上に置き、次の用意をしようとイスから立ち上がった時、研究室の扉がノックされた。
「はーい」
ココルが扉を開けると白衣を着た男が入って来た。
「トラブルが起きてしまいまして、すみませんが手伝ってもらえますか?」
男は薬室の研究員で何度か顔を合わせた事がある。焦っているようだ。
「何人必要ですか?」
「出来れば全員に来てほしいと室長が」
全員という事は只事ではない。
「分かりました。ココルさん、エルゼルさん。行きましょう」
三人は急いで研究室を出て行った。研究室は無人となり、静かになる。魔法研究室は研究塔の奥にあり、研究室より奥には何もない為、三人と用のある人以外は研究室前の廊下を行き来する事はない。三人がいなければ、研究室周辺は全くの無人となる。そんなひっそりとした研究室に、侵入者が現れた。
ノックもせずに部屋に入り、侵入者は部屋の物色を始める。が、身長の低い侵入者は、低い位置の物しか見る事が出来ない。
「絶対に見つけてやる」
何かの使命感に燃えながら、侵入者は研究室の道具や本を勝手に触る。部屋の中をうろつき、何かを探していた。そして、アルトの机の上にある瓶に気が付いた。
「何で兄様の名前が」
それは、アルトがクラウネスに作った調合薬だった。
近くでラベルを確認しようと侵入者が瓶を手に取った瞬間、部屋の中に扉をノックする音が響いた。
「ひゃっ」
ノックに驚いて思わず声の出た侵入者は、慌てて手で口を押さえ薬品棚の陰に隠れた。
「アルトちゃん、入るよー」
研究室に入って来たのはクラウネスだった。部屋の中を見回しながら進み、クラウネスはアルトがいない事にがっかりする。
「そろそろ薬が出来る頃かなと思って来たんだけどな」
しょうがないのでアルトの席で待とうかと、クラウネスはアルトの机に近付く。そこに、クラウネスの名前が書かれたラベルと瓶があるのを見付けた。
「俺の名前が書いてあるという事は……。もしかして、これがアルトちゃんの言っていた調合薬かな」
白い調合薬の入った瓶を、クラウネスは手に取る。
「ちょうど昼になるし……。さっそく使ってみるか」
瓶を持ってクラウネスは部屋から出て行った。研究室が静まり返る。
しばらく様子をうかがっていた侵入者は、見付からなかった事にほっと息を吐いた。薬品棚に寄りかかり心を落ち着けていると、そこにまた人が入って来る。侵入者はまた隠れる事になった。
「あー、疲れた」
伸びをしながら中に入って来たのはココルだった。アルト達が研究室に戻って来たのだ。
「全員借り出されたから何事かと思ったら人手が欲しかっただけとか。それならそうと始めから雑用の人手が欲しいと言えばいいのに」
ココルが不満を言いながらイスに座る。薬室に行ったら大量の薬草があり、葉と茎を分ける作業をやらされたのだ。
「まあ、手伝いのお礼に薬草を分けて貰えましたし」
膨らんだ袋をアルトは壁にかける。中には手伝った薬草の葉が入っていた。
「あれ?」
研究室を出る前にしていた続きをしようと机に戻り、アルトは調合薬を入れた瓶がない事に気が付いた。机の周りを探すが、どこにもない。
「机の上に調合薬の入った瓶を置きっぱなしで出ましたよね」
アルトはココルに確認する。
「そのはずだけど」
一応、薬品棚をココルも探す。
「こっちにもないよって、誰だ?」
薬品棚の陰に丸くなっている子供をココルは見付けた。顔を膝に埋めて隠し、誰だか分からない。
「こんな所でなにしているのかなっと」
ココルが子供の襟を掴み、引っ張り上げる。吊るした子供の顔を見てココルは驚いた。
「レイネス様!」
正体がバレると、とたんに侵入者レイネスは暴れ出した。
「失礼だぞっ。離せ!」
ココルはすぐにレイネスを下ろす。
「この無礼者!」
「申し訳ございませんレイネス様。しかし、こんな所で何をなさっているのですか?」
レイネスはココルに強気でふんぞり返る。
「僕は証拠を探しに来たのだ」
「証拠?」
「ああ。兄様をお前が操っている証拠だ!」
レイネスがアルトをビシッと指す。アルトは思わぬ言葉に驚いた。
「何の事ですか?」
「しらばっくれるな。これがその証拠だ!」
手に持っていた物を、レイネスはアルトの方に突き出した。レイネスの手にあったのは、食欲増進の為の赤い調合薬だった。
「ああ、あなたが持っていたのですか」
なくなっていた調合薬があってアルトは安心する。
「ほら、お前の物なのだろう。これを飲ませて兄様を魔法で操ったのだ!」
やっぱりそうだとレイネスはさらに自信を付ける。
「早くあいつを捕えろ!」
ココルにレイネスは命令した。
「待って下さい。それはそういった類の物ではありませんよ」
さっとレイネスに近付き、アルトは調合薬を取り返す。いきなりの行動に驚いているレイネスをそのままに、アルトは瓶を開け中身を指に取り舐めた。
「ほら、変な事は起こりません。舐めると舌がピリリとして辛いですが、他の大陸では料理の材料としても使われる普通の薬です」
「そんなはずは!」
「その兄様とは誰だか分かりませんが、私は誰も操ってなどいません」
「言い訳など通用するか!」
怒っていて話が通じない。おかしな状況に、ココルが口を挿む。
「材料に関しては他の者が確認しています。安全性については我々が保証しますよ」
「そんな事!」
「何故そのようなお考えになったのかは分かりかねますが、お兄様は操られておりません」
ココルはきっぱりと言う。
「だって、こいつが来てから兄様はおかしくなった。僕と遊んでくれなくなったし、毎日こんな所に入り浸るし、兄様変だもん!」
涙目になりながらレイネスは訴える。だが、本当に誰も操ってなどないので、誰も肯定は出来ない。
「お兄様はご自身の意志で、こちらにいらっしゃっています」
ココルのダメ押しに、レイネスは項垂れた。
「そんな……。毎日、監視してやっと証拠を見付けたと思ったのに……」
「ああ、あれは私を見張っていたのですか」
毎日感じていた視線の犯人だという事を、アルトはレイネスの顔を見た時に気が付いていた。少し距離はあったが、採取の時に付いてきた集団の顔を覚えていたのだ。
理由が分かり、アルトはすっきりする。気にしないようにしてはいたが、原因が不明確なのはアルトにとって気持ち悪かった。
「そういえばお兄様って誰ですか?」
すっきりついでに、アルトはもう一つ分からなかった事をココルに聞く。
「クラウネス様」
「と、いう事は」
アルトはレイネスを見る。
「レイネス様はデトルイド国第四王子でクラウネス様の弟君だよ」
レイネスを改めて見ると、金髪に緑眼でクラウネスと同じで、顔もどことなくクラウネスに似ている。クラウネス様といいレイネス様といい、この相手の迷惑を考えない性格は血筋なのだろうか、とアルトが失礼な事を考えているとレイネスが睨み付けてきた。
「いつか証拠を掴んでやるんだからな!」
考えていた事が読まれたかとひやりとしたが、そんな事はなくアルトはほっとする。
「もう帰る!」
叫んで部屋から出て行こうとしたレイネスを、慌ててアルトは引き止めた。
「お帰りになるのはかまいませんが、もう一つの瓶を置いて行ってもらえますか?」
レイネスが振り返り、眉を寄せる。
「もう一つの瓶?」
「はい。白い粉が入った瓶です」
「そんな物、取っていな……」
と、言いかけて止まる。少し考えて、レイネスは何かを思い出したようだ。
「そういえば、兄様がそんな物を持っていったような。薬がどうとか昼がどうとか……」
「クラウネス様が?」
「使ってみるかとも言ってた」
それを聞いて、アルトの顔色が変わった。
「大変です。あんな物をクラウネス様が飲んだら死んでしまうかもしれない!」