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城から出て数時間後。アルトは城から一番近い山の中にいた。
「白い花弁の……紫の葉……」
茂みの中に顔を突っ込み、アルトは草をかき分けながらくまなく探す。アルトが探している植物は、背の高い草に紛れて育つ小さい花。他の草の根本で隠れるように咲いている為、地面に這いつくばって探すしかない。
「あ、あった!」
アルトは勢いよく立ち上がる。その手にはお目当ての白い花があった。
「これでラスト、と」
カバンから出した小瓶に入れ、ぎゅっと蓋を閉める。ガラス越しに花を見て、アルトの頬が緩む。薬草を探すのは大変だが、薬草の研究がしたかったアルトには楽しくてしかたがなかった。
花を眺めていると、その花の向こうに人が見えた。木の陰からこちらをうかがう男の子。その後ろに、十人以上続く大人達と馬。
まだいるのか、とアルトはため息を吐いた。
城を出る時から、あの集団は付いて来ていた。馬車と馬を引き連れぞろぞろと列を成し、アルトが振り向くと男の子はさっと隠れる。隠れるが、身体の半分以上は物陰からはみ出し、ちっとも隠れられてはいない。そして、すでにアルトにバレているのが分かっているからか、大人達は隠れる素振りも見せなかった。
アルトはうんざりしていた。
大勢に付いて歩かれるせいで、やたらと目立つし、すれ違う人々の好奇な視線はぐさぐさと突き刺さりいたたまれない。店で買い物をすれば、店主から入口付近にいる邪魔な集団をどうにかしろと怒られた。
アルトは目立つのが嫌いだ。出来ればひっそりと暮らしたいと思っている。それを、あの集団は台無しにしていた。
それに、あの視線の感じにアルトは覚えがあった。城で常に感じていた視線だ。
城の中での纏わりつく視線には我慢するが、さすがに帰り道まで目立ちたくはないとアルトはしばし考える。
あれしかないか。
近くの木の枝に、アルトは手を伸ばした。太めの枝を引っ張り、強度を確かめる。
「これがいいかな」
カバンから鉈を取り出し、決めた枝を刈り取る。枝の先の方から生える細い枝を切り落とし、アルトは一本の棒を作った。鉈はカバンにしまい、今度は筆と赤色のインクを取り出す。筆にインクを付け、ブツブツと何かを唱えながら棒に文字を書いた。
「よし。成功!」
満足そうな顔でアルトは棒を掲げる。が、この姿を見られている事を思い出し、顔を赤くしながら手を下げた。
「さっさと帰ろう」
棒にカバンをしっかりと括り付け、アルトは棒の真ん中に腰掛ける。すると、アルトの身体が棒を中心にして空中に浮かんだ。そのまま上空へと舞い上がる。遥か下では、隠れて見ていた集団が、呆然として空を仰いでいた。
「あー、すっきりした」
やっと恥ずかしい集団から解放され、アルトは晴れやかな気分になった。
「さ、帰ろ」
空からだと障害物が何もないので、城がよく見える。城の方角に飛びながら、アルトは風を楽しんだ。ポカポカ陽気の中、風にあたりながら飛ぶのは気持ちが良い。デトルイド国に亡命して以来、空を飛んでいなかったからか余計にそう思えた。
つかの間の空の散歩を楽しみ、アルトは城門の少し手前、門番からは木で死角になる位置に下り立った。このまま城の中に下りたいが、帰城には決まりがある。面倒臭いが、門から帰るしかない。
門に近寄ると、恐い顔の門番がアルトをじろりと睨んだ。
「魔法研究室、室長アルトです」
アルトが門番に告げると、名前を記入する用紙を渡された。そこに自分の名前を書き、門番に返す。門番はその用紙と名簿を見比べ、アルトの名前を確認した。
「通っていいぞ」
門番の許可が出たので、アルトは門の隣にある通用門から中に入った。門から城内まではかなり遠いのだが、急ぐ用がないアルトは研究室まで歩く事にした。
「最近は運動不足だったからちょうどいいや」
あまり人に関わりたくないアルトは、ほとんどの時間を研究室に籠っている。進んで外に出るのは採取の時ぐらいで、明らかに運動不足だった。
人のいない道を選び、アルトは城の裏手に回る。研究室は城の端、それも宮殿からかなり離れた位置にある。もともと研究塔じたいが離れた位置にあったが、あとから出来た魔法研究室はさらに遠い場所に作られた。知らない人に会いたくないアルトにとっては、逆に都合が良かったわけだが、城門から魔法研究室の近くまで来た頃には日は傾き、夕暮れとなっていた。そうとうな距離を歩いたはずだが、収穫にうきうきとしていたアルトの足取りは軽い。
研究塔に入ろうとしたところで、アルトは声をかけられた。
「アルトちゃーん」
覚えのある声と呼び方に、アルトは反射的に顔が渋くなる。
「どこに行っていたのー?」
小走りにクラウネスが近寄ってきた。
「ちょっと薬草を取りに……」
とまで言い、そういえばクラウネス様も薬草に興味があるのだったと思い出し、アルトは顔を元に戻す。
「もしかして俺の為の薬草?」
「はい、食欲増進に効く珍しい薬草をいくつか」
アルトの言葉を聞いて、クラウネスは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう」
クラウネスはアルトをぎゅっと抱きしめた。またか、とアルトはクラウネスの肩に手をつき、全力で突っ張る。
「離れて下さい」
「分かった、分かった」
いつもならもっと貼り付いてくるクラウネスが、今はあっさりとしていた。離れて見たクラウネスの顔はいつも以上にゆるゆるだった。
「へへへ。楽しみだな」
クラウネスのテンションに付いていけないアルトは若干引き気味だ。
「クラウネス様―――っ」
遠くから、クラウネスを呼ぶ声が聞こえる。クラウネス側近のナルだ。
「時間切れだ」
残念そうにナルの方に向かうクラウネスを見て、アルトは思わず声をかけた。
「クラウネス様。食欲増進の調合薬ですが、食事に混ぜるタイプの珍しい物です。三日後に出来上がるので楽しみにしていて下さい」
それを聞いたクラウネスはにっこりと笑う。
「ああ、楽しみにしているよ」
クラウネスは走って来るナルと合流し、アルトに手を振りながら宮殿に帰って行った。
二人が見えなくなり、アルトは研究塔に入る。
「クラウネス様ってあんな笑顔になるぐらい薬草に興味あったのか」
人の心に疎いアルトがクラウネスの本当の気持ちに気が付くはずもなく、アルトのクラウネス像は間違った方向に修正されていった。