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扉を閉め、アルトはため息を吐く。
「毎日、熱心だね」
声にアルトが振り返ると、ココルがアルトを見ていた。
「本当に。何が楽しいんでしょう」
部屋の奥に進み、アルトは自分の席のイスにどさりと座る。
「クラウネス様も忙しい方だからね。あまり時間が取れない代わりに、少しでもここに来たいんじゃないかな」
「そんなに珍しいのでしょうか」
アルトはまたため息を吐く。クラウネスは今までの知り合いにいなかったタイプで、クラウネスの予測のつかない行動に、アルトは余計に疲れていた。
「珍しい……じゃなくて嬉しいんだと思うな」
「嬉しいってそんなにクラウネス様は魔法に興味があるのですか?」
「え?」
「え、って何か違いました?」
ココルの反応に、アルトはきょとんとする。クラウネスが魔法研究室に足しげく通うのは、魔法が珍しいからだとアルトは思っていた。
「ここで魔法の研究をしていないのは、頻繁に来るクラウネス様が一番分かっているはずですしおかしいとは思っていたんですが……」
実は魔法研究室とは名ばかりで、研究室で魔法の研究は行われていない。魔法研究室の存在を知らされた時は、アルトも魔法の研究を強いられるのではと思っていた。しかし、実際に研究室に来てみると、全く違っていた。魔法の研究どころか、やらなければならない事じたい何もなかった。部屋と肩書きと人員が用意されているのに、する事が何もなくて戸惑ったのをアルトは覚えている。
現在は何もないのならと元々アルトが学びたかった薬草の研究をしている。薬草の研究は魔法都市でもそれなりに進んでいたが、魔法に頼らないデトルイド国には劣る。デトルイド国に亡命を決めたアルトの一番の楽しみは、はるかに進んだ薬草の研究を学ぶ事だった。簡単な研究資料ぐらいなら図書館あたりに行けば読めるかもしれないとアルトは亡命前に考えていたが、室長という肩書きのおかげか、予想に反してかなり重要な資料も借りる事が出来た。亡命後の計画はかなり狂ったが、今までとは比べものにならない薬草の知識量に、アルトは充実した毎日を送っている。クラウネスの訪問を覗けば、だが。
「では、何故クラウネス様はここに来るのでしょうか。薬草の研究に興味があるなら、ここより城の歴史ある薬室の方に通うでしょうし。というか、私が通いたいくらいです」
本気で分からない様子のアルトに、ココルはどうしたものかと悩む。しばし考え、答えを出した。
「難し過ぎるんじゃないかな。薬室の研究は」
「難し過ぎる?」
「研究者ではないクラウネス様には薬室の研究はかなり高度だから、内容を理解するのは難しいんだと思うよ」
「ああ、なるほど。確かにここでは薬室ほど難しい物は扱っていないですもんね」
「そうそう」
クラウネスの態度を考えれば色々と矛盾はあるが、他人の感情に疎いアルトは納得してしまった。
「今まで邪魔でしょうがなかったのですが、あれも私の研究を見ていたのですね」
「そうそう」
嘘なのでココルは適当に相槌を打つ
「クラウネス様が薬草に興味あるなら、依頼の件は少し変わった物を作りましょうか」
薬草に興味がある同士を邪険に扱った罪悪感から、アルトはお詫び代わりの物でも作ろうかと思った。
「変わった物ってどんなの?」
ココルが興味深そうに聞き返す。
「熱い気候の土地に行った時に教わった調合薬です。熱さで食欲が出ない時に使われる物で、食欲を増進させる効能があります」
立ち上がり、アルトは部屋の本棚に向かった。
「一応、クラウネス様も王族の方なので、食欲増進の薬は薬室の物が適切かと思っていたのですが、薬草に興味があるのなら珍しい調合の物の方が良いかなと思いまして。ああ、あった」
本棚から薬草辞典をアルトは引き出した。辞典をめくり、目的のページを開く。
「これなのですが、この近くに自生していますか?」
開いたページをココルに見せた。
「あるよ。この前連れて行った山の東側に生えてる」
「あと、これと……」
次々と図鑑のページをめくり、ココルに採取場所を聞く。
「ありがとうございます」
全ての場所を教わり、アルトはぺこりと頭を下げた。
「僕も採取を手伝おうか?」
ココルの申し出をアルトは断る。
「大丈夫です。そろそろ一人でも採取出来るようにならないといけないですし」
薬草研究を始めてから、何度かココルと一緒に採取に出かけていた。城の周辺には森や山があり、土地に不慣れなアルトには道案内が必要だった。しかし、ココルにいつまでも案内させるわけにいかないとアルトは思っていた。
採取道具の入ったカバンをアルトは肩にかける。いつでも採取に行けるように、道具は常に揃えてあった。
「じゃあ、行ってきます」
アルトは研究室を出た。部屋に残された二人は黙々と作業を進める。
「いいのか。勘違いさせたままで」
エルゼルがココルに問う。勘違いとはクラウネスの事だろう。
「んー。別に僕はクラウネス様の味方ってわけではないからね。クラウネス様がアルトを好きだなんて教えなくてもいいでしょ」
数カ月アルトと共にいて、ココルは裏のない素直な性格のアルトを気に入っていた。
「アルトもここに慣れて楽しそうだし、わざわざ困らせる事もないんじゃない?」
「そうか」
基本的にココルのする事を否定しないエルゼルは、それ以降は何も言わなかった。