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 魔法使いのアルトは床に落ちた資料を拾おうとして、いつもの視線を感じた。またか、と思いつつ、アルトは止めていた手を資料に伸ばす。

 この手の物は無視に限る。

 資料を拾い、アルトは背中に感じる視線に気付かないふりをして、城の廊下を普段通りに歩いた。

 アルトが住んでいるデトルイド国の人間達は、魔法に対してあまり良い顔をしない。宗教上という事もあるが、何より魔法という不確かな物に、不気味さを感じているからである。魔法使いの集まる魔法都市でさえ、魔法の源がどこから生じているのかはいまだ解明されていない。実際に魔法を使っている魔法使い達でさえ、体力みたいな物と捉えて使っている。

 そんなわけのわからない魔法とは縁を切り、デトルイド国は古くから使われている鉱石等の研究で栄えてきた。その事に誇りを持ち、魔法を見下す人間も少なくない。

 そんな国に魔法使いのアルトが何故いるのかというと、アルトは魔法都市のある国から亡命して来たのだ。アルトの以前住んでいた国は、魔法に依存する国だった。魔法が全てで、上下関係は魔力や魔法の実績で決まっていた。そのような状態の国にアルトは愛想を尽かし、国を出た。デトルイド国に亡命を決めたのも、魔法に左右されない静かな暮らしが出来るのではと考えたからだった。

 しかし、アルトの期待は裏切られた。

 入国一週間後、アルトは亡命の謝辞を述べる為に登城したのだが、何故か城に泊まる事になり、次の日には働き先が用意されていた。

 それが、ここ『魔法技術研究室』である。

 顔を上げ、アルトは扉の上に付けられたプレートを見た。アルトがデトルイド国に来て、まだ半年経っていない。プレートは真新しく、明らかにアルトの亡命に合わせて作られた物だった。

 ため息を吐きつつ、アルトは扉のノブに手をかけた。廊下で感じた視線はまだ続いている。研究室を用意してもらった事への妬みか、魔法使いへの侮蔑か。理由は色々と思い付くが、このいつまでも纏わり付くような視線に、アルトは慣れっこだった。魔法都市でも嫉妬や妬みが多く、いつしか視線を無視して生活する事が当たり前となっていた。

 そんなアルトが何故ため息を吐くのか。アルトにため息を吐かせる原因は、この先にある。

 アルトは研究室の扉を開けた。

「室長、おはよう!」

 元気に挨拶してきた青い髪の青年は、補佐のココルだ。アルトはココルに挨拶を返す。

 この研究室を与えられた時に、アルトには二名の補佐が付けられた。研究室の体裁を整える為だろうが、研究室に補佐、室長という肩書きまで付いて、アルトは至れり尽くせりの状態だった。

 もう一人の補佐のエルゼルは、軽く頭を下げすぐに作業に戻る。真面目な青年で、あまり喋らないが作業は早い。ココルと仲が良いのか、一方的に喋るココルの話に相槌を打つ姿をよく見る。

 二人は優秀で、年下の上司の下に付けられたというのに、この研究室に来てから嫌な態度一つ取った事がなかった。

 キョロキョロとアルトは部屋を見回す。アルトのため息の原因が見当たらない。今日は来ていないのか、とアルトが油断した時だった。

「アルトちゃん。おはよう!」

 いきなり声が聞こえ、アルトは後ろから抱きしめられた。

「今日も可愛いね!」

「ど、どこに……」

「アルトを驚かそうと思って扉の裏に隠れていたのさ!」

 アルトはそのままぐりぐりと頬ずりをされる。

「やめて頂けますか」

 相手の頬に手をついてぐいっと顔を押し戻し、心底嫌そうな顔をアルトはした。

「うーん。嫌がる顔も可愛いね。でも、これ以上嫌われたくないから離すよ」

 腕の中から解放され、アルトは素早く離れた。

「何か御用ですか。クラウネス様」

「クラウと呼んでほしいといつも言っているじゃないか」

「御用ですか、ク・ラ・ウ・ネ・ス・様」

 アルトはわざと強めて言う。

「アルトの可愛い顔を見に来たんだ」

「御用がないのならお帰り下さい」

 研究室の扉を開き、アルトは言外に出ていけと示す。

 この強引な金髪、クラウネスはデトルイド国の第三王子だ。用もなく研究室を訪れては、アルトにベタベタと絡み研究の邪魔をするので、アルトは辟易していた。クラウネスが王子という事もあり、始めのうちは丁寧に対応していたアルトだったが、あまりにもしつこいので最近は雑に扱っていた。

「待って待って。今日は用事を作って来たからさ」

 作ってきたという言葉に若干引っ掛かりを覚えたが、アルトはとりあえず聞く事にする。

「何でしょうか?」

「実は最近、食欲がなくてさ。何かないかな」

「食欲不振ですか」

「そう。忙しいせいかあまり食べる意欲がわかなくて」

「他に何か症状はありますか?」

 ただの食欲減退ならアルトでもどうにか出来るが、何かの病気なら医者の領分だ。

「うーん。特にないかな。胃が痛くなる事もないし」

 他に症状が出ていないのなら大丈夫だろうとアルトは判断した。

「分かりました。では後日、調合した物をお持ちしますので今日はお帰り下さい」

 開けっぱなしにしていた扉をアルトは手で示す。

「ええっ、もう少しお話しようよ」

「いえ、もうお聞きする事はありませんので」

 アルトはそっけなく返す。

「それに、そろそろお迎えが来るんじゃないですか?」

 アルトが言い終わると同時に、扉の外から走る足音と叫ぶ声が聞こえてきた。まだ遠いが、その声はクラウネスを呼んでいる。

 嫌な顔をしつつ、クラウネスが廊下を覗くと、こちらに走ってくる茶色い髪の青年が見えた。

「クラウネス様―――!」

 アルトの予想通り、クラウネス付き側近のナルだった。クラウネスに気が付くと、ナルはさらに走るスピードを上げる。

「クラウネス様―っ。何故執務室にいらっしゃらないのですか。仕事の時間は過ぎていますよ!」

 研究室の入口でナルは捲し立てる。

「ああ、分かった分かった。すぐに向かうよ」

 これ以上ナルがうるさくならないように、クラウネスはすぐに答えた。

「アルト、また来るから」

 沈んだ表情で、クラウネスはナルと去って行った。


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