時計屋さんへの修理依頼
――カチコチ。カチコチ。
今日も、街の時計屋さんのお店に時計の音が響いています。
時計屋さんのお店は、お店の前の通りとは違う賑やかさを持っています。
その中に、時計屋さんはいつもひとりでいます。
時計屋さんは、新品の時計を部品から組み立ててつくるお仕事をしています。
いつも通りのお仕事なら、滑らかに動く器用な手先でつくった時計を、売る専門のお店のひとに売ることが出来れば、そのお仕事は終わりです。
けれども、今日はいつもとは違います。
いつも通りカチコチと時計の音が響くお店に、いつもとは違う、かちこちしている時計屋さんと――珍しく、お客さんがいます。
ひとりでいることの多い時計屋さんは、時計の音が出そうなほど、ぎこちなくお客さんとお話しています。
悲しげな顔をしたお客さんから、修理をお願いしたいのです、という用件を聴いた時も。
お客さんが沈んだ声で、時計のどこがおかしいのかについて伝えた時も。
ちょうど今、一度診るためにお客さんの懐中時計を受け取ろうとしている時も、ずっと時計屋さんはかちこちと緊張しています。
新品の時計をつくるときには、どんなひとなのか全く分からない時計の持ち主が、今目の前にいるのです。
だから、時計屋さんはかちこちとしてしまっているのです。
大切に想われている時計を受け取ると、時計屋さんが普段つくっている懐中時計よりも、少しだけ重たいような気がしました。
壊れていてもちゃんと存在感のある重みに負けないように、うっかり落としてしまうことが無いように、時計屋さんはしっかりと時計を手のひらで包み、作業台まで持っていきました。
時計屋さんが、作業台の上に置いた時計を念入りに確認してみると、部品がいくつか欠けてしまっているようでした。
それは、修理には慣れていない時計屋さんでも、直せる程度の故障のようでした。
それでも、修理専門の時計屋さんのほうが確実に直せるだろうなと思い、時計屋さんはお客さんに修理専門の時計屋さんのお店を紹介しようと思いました。
けれどもそう思ってからすぐに、お客さんの悲しげな様子が頭に浮かび、結局その場で時計屋さんが修理することに決めました。
時計を一からつくるこのお店には、部品はたくさんあるので、部品の交換だけならすぐに出来ます。
替えの部品があるかをしっかりと確認して、行きと同じように時計をしっかり手のひらで包んでから、またかちこちとしながらお客さんの所へ戻りました。
時計屋さんの表情が相変わらず明るく無かったためでしょうか、診断結果を伝える前から、お客さんの表情は暗いものでした。
時計屋さんはお客さんに、部品がいくつか欠けてしまっていることと、その部品をこの場で替えることが出来ることを伝えました。
直せないほどに壊れてしまったのでは無いと知ったお客さんの表情は、曇りの空から太陽が顔を出したかのように変わりました。
かちこちとしていた時計屋さんは、そのお客さんの笑顔を見て、春になって雪がとけたかのように、かちこちとしなくなりました。
いつも通りの滑らかな動きで、時計屋さんはお客さんの時計を修理しました。
針が動かなくなっていた時計は、時計屋さんのおかげで、お店にあるたくさんの時計と合唱するかのようにカチコチと鳴り始めました。
修理し終わった時計を大事そうに持って、何度もお礼を言いながら帰っていくお客さんを眺めながら、ふと時計屋さんは思いました。
きっと、時計を受け取った時に感じた重みは、時計自身が大切にしている、持ち主との思い出の分なのだ、と。
――カチコチ。カチコチ。
どんな時でも、時計屋さんのお店には時計の音で満ちています。
その音は、まるで時計屋さんを見守っているかのように、今日も響いているのです。
130205* 内容を少し変更しました。