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5 ライジング・フライ


「……っっとに……! 次から次へと、一体、何が……?」

 咄嗟に目を閉じていた。誰かの影に激突しそうになり。いや。ぶつかる衝撃で、折角辿り着いたその影も、舞自身と一緒に、バスケットから突き落としそうに思えて。

 けれど。声。聞き覚えのある声。

「! 兄さん?!」

 目を開くと、彼女はちゃんとバスケットの床に居て、誰かの腕が抱えていてくれていた。

「! ……舞……? 君だったのか……。何の獣が飛びかかってきたのかと思ったが……」

 可笑しい。毛皮の塊が飛んできて、動物と勘違いしていながらも、咄嗟に全身で抱えて、落下させないように助けてくれるなんて。紫月兄さんらしい……。

「助けてくれて、ありがとう、兄さん」

「あ……。……。たまたまだ」

 考える間も無かったから、体が勝手に動いた……もごもごと苦笑しながら続けた。

「いい偶然でしたぜ、日本人の旦那」

 ゴーグルが、本心からほっととした声をかけた。

「もう少し、そこでじっとしてて下さいよ。銀髪の旦那が乗り込むまでは、まだ不安定なので」

 紫月は、嫌な顔をした。

「……あいつめ……」

 薄赤い光で、舞の頬を確かめる。

「寒いだろう? このくらいじゃ」

「大丈夫。すごく気持ちいいわ。兄さんに会えたから、もっとね」

 冷気から庇うように、毛皮ごと舞を抱き締めてくれる。

「兄さんは? 寒くはないの?」

「意外と大丈夫だ。丁度、試作品の対極寒冷地防寒装備を車に積んでいたからね」

「?」

 少し厚手で、生地がもこもことした防寒具の上下に見えるが。

「……こんなことなら、耐寒ヘリを呼んで、城に向かうべきだったな。歩いていこうなんて、甘かった」

「え?」

「お前の兄貴は渋滞の車を捨てて、一人で徒歩で、古城に向かったらしい」

 背後に、息を一つも乱さずに、Zが降り立っていた。

「……どういう、こと?」

「うるさい。余計な話しはするな。……なんでそんなこと、お前が知っているんだ……」

 意地になって、舞を抱きすくめる。

「そんな装備を着て、なんとかなると思ったのか? ……おかげでピックアップポイントがズレて、お前を回収するにも無駄な手間をかけた」

「! よくも言ってくれるな。あんなバルーン一個に吊るしてくれて。あいつらもお前の仲間か?

 大体。これを着ていなかったら……! あの寒さで、俺を氷付けにするつもりだったのか?」

「お兄さん! 一人で、歩いて? 雪の中を、来ようとしたの? 無理はしないでって、あれほど言ったのに?!」

 舞の怒り声に、紫月は口を噤ぐんだ。

「……むちゃくちゃですな。あんたたち全員」

 ゴーグルの男が、ぼそりと言う。

 三人全員が、視線を逸らして答えない。

「まぁ。年の初めの、こんなヤバいフライトには、相応しい顔ぶれかもしれませんな」

 男は腹を揺すって満面の笑みだった。

「もう、新しい年?」

「ええ……。たぶん、そうでしょうね」

「そうね。空が明るくなっているわ。夜明けが近いのね……」

 ゴーグルの男の背後、大きな気球の向こうの空は、星影を追いやって、藍色。

「……大した装備だな。普通の気球じゃないだろう?」

 上を見上げる紫月が言った。明るさが差して気球の側面が銀色に輝き始めていた。

「これくらいじゃなきゃ、こんな真似は出来ませんさ」

 ちらりと、ゴーグルが銀髪の男をうかがう。彼は背を向けたまま。明るさの強くなる彼方を見つめていた。

「……兄さん? 私、大丈夫よ? この毛皮、とっても暖かいんですもの」

 うなずいて紫月は腕を解いてくれた。静かに立ち上がり、……。

 頭の奥がずんと重い……。手を借りて、立ち上がったつもりだったけど。

「……舞……?」

 ? なんだろう? 体が、とっても重い……。

「舞……?」

 兄さんの声、歪んで聞こえる……。

「……大…丈夫……よ……」

 意識ははっきりしているのに、感覚が鈍くなっていく……。

 心臓の音が、逆に大きく耳の中に広がるの。

「舞。大丈夫。空気が薄くなったせいだ。……落ち着いて、深く呼吸をして……」

 ああ、そう……。少し、呼吸がしにくいだけ。

 目を開けると、また頭上の気球と、更に薄まった藍色。

「……降下を。すぐにだ……!」

 紫月の腕が、再び舞の肩を強く抱き締める。

「…………」

 ゴーグルの男は、黙ってZの背中を見ただけ。

「上昇だ」

 一言告げて、彼方を見つめていた男が振り返った。

「!」

「……急げ」

 息を飲んで、ゴーグルの男は両腕に力を込めた。咆哮を響かせる。

「……。何を考えて……!」

「……兄…さん……? 起こして……?」

 彼女の細い吐息から漏れる声を聞き漏らすまいと、兄は耳を近づけてくれる。

「……私も、見たい……」

 兄は頭を振った。

 ふわりと、兄の反対側から、誰かに抱え上げられる。

「……落ち着いて深呼吸が必要なのは、紫月、お前もだ」

「……仕方ないだろう? 何度も言わせるな。私はお前と違って、普通の鍛え方なんだ……」

 大きく肩で息を付くまでが限界な紫月。ゴーグルが腕を掴んで引き起こしてやった。

「この借りを返すのは、地上に降りてからにしたらどうですかい? 日本人の旦那」

「……。……それしかないな。分が悪すぎる……」

 渋い顔の紫月に、舞は手を差し伸べた。

 緩く笑い、紫月は、その場で、舞の背後を指差す。

 見上げると、風に乱される銀の髪。引き締まった頬が、舞を見下ろし、向きを変えた。

 煌きだす銀髪。眩しさに目を細める。彼女の背を起こすように、抱え直す腕。

 ……頬が、温かい……。

 目を開けると、空は白さを増していた。

 彼方の峰々が、静かに、恐ろしくゆっくりと爆発の閃光を放つように濃さを増す。

 バスケットは急激に上昇していた。

 時間のスピードを上げるかのように。

 最初の、太陽の一条が世界を照らす。

 わらわらと、燃え上がるようにゆらめきながら白い峰々に広がる灼熱のオレンジ色。

 舞は、手を広げ受け止めた。

「……暖かいわ……。とっても……」

 しばらく暖めてから。その手を伸ばし、Zの頬に押し当てた。

 低く、彼女にだけ聞こえる呟きを漏らす唇。指先に触れたそこは、太陽よりも強い熱をもっていた。




 Zが、ゴーグルの男を振り返る。頭上の咆哮が静まってゆく。

「お兄さん。新しい年、おめでとう……」

「ああ……。君と一緒に祝えて、良かったよ……」

 紳士的に、Zは紫月を目線で呼んで、舞を彼女の保護者に預け直した。

「……太陽って凄いのね。とっても暖かい……」

「うん。生き返るね……」

 彼方でゆらゆらと輝くオレンジ色を、頬を寄せて二人で見つめた。

「……ねえ、兄さん? 気付いてる?」

「?」

「私たち、ずっと日の出を見ているのよ……」

 紫月は、ゴーグルの男を見た。にやりと笑う。

「素敵。こんな体験、滅多に出来ないわ。最高の運転技術ね……」

 舞の言葉に、満面の笑み。

「HAPPY NEW YEAR レディ?」

と、下手なウィンクを投げる。

 傍らに立つZは、襟元から頭部をぴったりと保護する帽子を引き出し被っている。

「二人を頼む。いいフライトだった」

「礼を言うのはこっちの方でさ。久し振りにぞくぞくしましたぜ、旦那」

 二人は拳を合わせ、視線を交わす。

「? おいっ……」

「好きな所へ降りろ。ここの位置は、お前のお守りたちは把握している。どこでも問題はない」

「え?」

「お前を追尾できる、GPSサイトをダウンロードした端末を置いてきてある」

「…………。……一体、何の余裕だ……?」 

「お前の部下に大掛かりに追跡されて、無粋な真似をされるのも迷惑だからな」

 ……何が迷惑だっ……。こっちの台詞だっっ。

 うなる紫月に、舞は可笑しくて笑い出した。

 Zは涼しい顔でゴーグルを取り出しかける。

「では」

 バスケットの外側に、重りのように下げられていたブルーのパックに手をかける。繋いだ金具を一振りで外し、同時に、外へ身を乗り出す。一度体重を片腕で支えて、バスケットに衝撃を与えないよう空中へダイブ。

「! あいつっ……!」

 二人で見下ろした時には、銀色のパラシュートが開いて、悠然と風を選び、それは遠のいていた。

「追いかけますかい? 日本人の旦那?」

 憮然とした顔で、紫月は固まっていた。

「……兄さん……?」

「……。新年早々。……二年越しで、あいつの顔なんざ、拝みたいわけがない……!」

 舞は、噴出しそうになる笑いを手で隠した。

「貸しはもういい。忘れたっ」

 ……今年一年中、根に持ちそうなのに……。

「正月早々。縁起が悪いからなっ」

「そうね、お兄さん」

 明るく肯定してあげた。

「ショウ…ガ……ツ……?」

「ええ。日本では、年が明けると、お正月、と言うの」

 初めて聴く単語に神妙な顔で、ゴーグルの男はもう一度繰り返しながら。

「それじゃあ、おぉしょーがつっうに向かって。GO!」

「GOー」

 再び、頭上に咆哮が起きて、舞は笑いながら首をすくめた。

「…………。年明け早々……」

 溜め息をつく兄に。

「私は、兄さんと一緒に居られて、最高に嬉しいわ」



『NEW YEAR FLY 完』





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