4 揺れるバスケット
「旦那。次の荷物が届いたようですが?」
「ふん……。間に合わないかと思ったが」
「……要らないんですかい? 少しむこうの高度が低くて、回収には簡単じゃないんで」
「そうしたいのは山々だが」
ちらりと舞を見て。考えを決めたように顎を引く。
「……私が、やろう」
再び、ウィンチを定位置に戻し、男はハーネスを自分と繋ぎ直した。
「舞。そちらに重心を。落とされないように捕まっていろ」
ゴーグルの男の側に舞を追いやり、反対側の籠の縁に立つ。そのまま、体を乗り出し、籠に急激に重量を与えないよう静かに、まるで体操選手のように、両腕で体を支え体重移動させバスケットの外へ。ウィンチに全体重を預けてから降下。
ゴーグルの男は、身を反らせ下を確認しながら気球を操作し、遥か下を通過するもう一つの小さな風船の流れに沿わせる。
「お嬢さん。じっとしててくれ。……これから、やっかいになるから」
覗き込んだ舞は、引き止められた。
「はい……」
何を回収するのだろう? 舞に視線を投げたことから、自分に関係するものだと察せられたけど。
「あの。あなたは、あの人とはどういう関係なんですか?」
真っ直ぐに尋ねる舞に、ゴーグルの男は目だけでこちらを見た。
「雇われただけさ」
「気球で夜間飛行なんて。それもこんな季節に。本当は回避なさるんじゃないんですか?」
へっと腹を揺すって笑った。
「普通はね、お嬢さんの言う通りだ。
だが俺は、面白いことが好きなのさ。あの旦那みたいに、無理なことを言う奴が、結構好きなんだ。
面白い人間に会えるしね。お嬢さんみたいな、無鉄砲でユニークな子供にも」
白い息を盛大に吐いて、ゴーグルは腹から笑う。
「さっきの、お嬢さんを城から連れ出す業なんざ。俺としては、最高の操作技術だったぜ。
だがあの旦那も、俺なんか以上に命知らずで。さすがにひやひやしたぜ」
「ほんとうに……?」
舞の表情が曇って、男は言いすぎたと慌てた。
「いや。だがよ。あの旦那は大丈夫だったじゃねーか。大した男だよ。
ほんとに、桁違いだ」
舞は、安心させるように頷いた。
「ええ……。いつもいつも、あの人は凄いの……」
突然ずっしりとバスケットが下方向に押さえられる。
「……来たな……」
ゴーグルが炎を吹かす。
「お嬢さん、そっから絶対に離れるんじゃないぜ?!」
「はいっ」
籠が大きく傾く。Zと何かの重量が掛かったせい。舞は、必死に縁にしがみ付いた。
ウィンチの電動モーターが悲鳴を上げる。低い気温のせいで、潤滑油が役に立たないのだろう。
「…………まずいな……」
同時に、ウィンチは嫌な音を上げて、停止した。
静寂。ゴーグルが両腕で必死に気球の姿勢を保つ。
「あ……!」
凍った足元に、ブーツの踵が滑る。ゴーグルの男が、足を開き、舞の踵の押さえてくれるけど。突然、バスケットが大きく傾く。
「……!」
衝撃で、ぶかぶかの手袋の中で、指先が外れる。バスケットの傾いた側に、一気に投げ出される。
「きゃ……!」
「……貴様……! こっちはお前と違って、並の体力しかないんだからなっ……!」
ぜーはーと息を切らせながら、壊れたウィンチのワイヤーを片手で掴み、バスケットの縁に身を引き上げた男の影。が、浮き上がった舞の目の前に。
「! うわ……?」