2 電話のベルを待って
……電話のベルが五回。電話のベルが五回。……ベルが五回……。
それが、合図。
兄さん……?
新しい年は来た……?
ここのお城は丘の上にあるの。街や村から離れているから、人の声や喧騒、教会の鐘の音色も聞こえないの。
とっても静か。
ああ。敷地の中に小さな礼拝堂があったわ。お城を建てたご領主が建てたものですって。
今年最後の夜は、静かに過ごすだけだとホテルのご主人はおっしゃっていたわ……。
新しい年の朝には、家族で食卓を囲んで……。あなたのお兄さんたちもご一緒にね。奥様が誘ってくれたわ。
!
舞はびくりと目を開けた。夢うつつの中で、何かが聞こえた気がしたから。
現実の音。
ベルの?
もどかしく体を起こす。大きな暖炉は静かに炎をゆらめかせ、部屋を暖めているけど。
高い天井の方から、何か大きな生物の呼吸のような、風音がする。
一度、二度。繰り返されたのは、窓ガラスを打つ音。規則正しく。
ベッドを降りて、裸足で駆け寄る。カーテンを引くと、冷気が細い肩を包む。
「……誰……?」
ガラスの向こうに、もう一度叩こうと握った拳。
背伸びをして、掛け金式の鍵を外す。片方の窓だけを力一杯押す、と、ふわりとむこうから引き明けられる。粉雪が舞う。白い風が視界に広がる。更に、夜着一枚の肌を冷気が刺す。
粉雪の向こうから、漆黒の影が長い指の手を差し出してきた。
「舞? 急げ……!」
半分開いた窓辺に、男の黒いブーツの爪先が。長身の影はなぜか不安定で、爪先でなんとか体勢を固定できたようなものだった。
「……え?」
どうして、あなたがここに?
尋ね出す前に。
「こういうことは不慣れだ。さあ……、速く!」
銀髪の男は苦笑ぎみに呟き、また急かす。
黒い革手袋に包まれた手。
その手、男の体の向こうから、凍えるような風が吹き付ける。
操られるように、ベッド脇のブーツに足を入れ、壁際に駆け寄り、厚地のコートに袖を通しながら引き返す。
同時に、もう片方の窓も引き開けられる。再び雪が舞い込む中へと、彼女は闇雲に手を差し出した。
強い力で軽々と窓辺に引き上げられる。
「OK! アップ!!」
男が声を張り上げると同時に、舞は片腕に抱えられていた。
また、今度は彼女に雪片が舞い落ち、冷たさに目を閉じた。凍るような風に全身が包まれる。
いや。彼女自身が風になったような浮遊感。
細く目を開けると、開け放たれたままの窓は足元ずっとずっと遠のいていた。
頭上近くで、あのごおおぉぉっという龍の咆哮が響く。
確かなのは、しっかりと引き寄せる、銀髪の男の腕だけ。
「……ブーツを、落とすな?」
一度彼女を見下ろす男。はい……と、震える唇で応えて、男の胸に頬を押し当てる。
急激な気温の違いのせいか、軽い眩暈。目を閉じても、地上から引き離されていく感覚は消えない。
龍の咆哮がまた。もっと近くなる。飲み込まれそう……。
……どうして?
この人が、ここに居るの
『Z』とマークされた男。本名は誰も知らない。いつも偽名。
最初に名乗った名前は、ゼン。だから『Z』。