表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

1 新しい年を前に

「そう……。大変ね。

 いいの。私のことは気にしないで」

 少しだけ。心が沈んだ。

 フランネルのパジャマも、羽織ったたっぷりとした真紅のガウンも、暖かいけれど。

「お部屋は素敵だし、昼間は、このお城の中を、沢山案内してもらったの。

 だから、一人でここで待っていられるわ。

 大人しくしているから。心配しないで」

 携帯電話に話しかけながら、両開きのドアの側に立つ、私服の二人のボディガードを悪戯っぽく振り返った。

 彼女の笑みに、二人は曇らせていた表情を和らげた。彼等のVIPが落胆するだろうと、気遣ってくれる視線は彼女も理解していたから。

「道中気をつけて。本当に無理をしないでね。途中できちんと休んでね。

 狩野さんにも……。ええ」

 最後に、兄、紫月はもう一度繰り返した。

『ほんとうにすまない。大晦日の夜なのに……』

 と、侘びた。

 もう一度、唇を引いて微笑んで、舞は、ガードの一人に携帯電話を返した。

「……わかりました。では、ボス」

 彼等のボスと言葉を交わし、携帯をスーツに納めるのを待って舞は言った。

「お兄さんが到着したら、起こして下さいね。どんな時間でも」

 彼女の提案に、ガードは顔を見合わせた。

「わかりました。ですが、ボスに伺ってから」

「それはダメ。兄さんは起こすなって言うわ。

 お二人が起こしてくれると約束してもらえないなら……」

 大きな暖炉の前にある、肘宛のついた木製椅子にきちんとかけた。厚い織物のひざ掛けをかけて。

「私、一晩中、ここで起きて待っています」

「……レディ。それは……」

「じゃあ。約束ねっ」

 困り顔の二人だが、もう安心して立ち上がり天蓋付きのベッドに歩き出す。

「……わかりました。電話のベルを五回鳴らします。よろしいですか?」

 振り返り、はい、とうなずく。

「この辺りも今夜は冷え込むようですから、暖かくなさって下さいと、ボスから伝言が」

「はい。わかりました」

 ベッドに包まり、明るく言って二人を見た。

 最後に、部屋全体に警戒の視線を投げてから、ガードたちは灯りを消して部屋を出て行った。

 舞は、静かにベッドを抜け出し、窓のカーテンを開けた。

「……雪は、まだ振っているのね……」

 部屋の明かりを消したせいで、屋外の白さが浮かびあがる。

 雪灯り。

 窓のガラスや石造りの城の壁を打つ風も止んでいた。

 ただ静かに雪が舞い降りている。

 冬の結晶に音すらも吸い込まれ、無音。

 同じ冷気、同じ雪に、彼女の兄、紫月も包まれている。

 ヨーロッパ北部を襲った、強烈な寒気。積雪や凍結が交通網を破綻させ、ここに向かっていた紫月の車を渋滞に巻き込んだ。

 あと数時間で、新しい年を迎えようという夜に。雪村舞は、古城の一室に一人だった。

 ホテルに一人で兄の帰りを待つのは、よくあることだった。

 兄は企業のトップで、多忙だったから。舞は十四歳だけれど、兄と共に世界中を点々とする生活のため、学校に通うこともない。

 逆に、兄の気遣いが気掛かりだった。彼女がたった一人の肉親だから、いつもいつも妹を気に掛けてくれる。電話でお願いはしたけれど。こんな夜に、舞を一人にしておけないと、兄なら道中無理をしかねない。

 彼女を守るガードたちもそう。

 私は大丈夫。平気よ。そう見せることが、彼等を安心させるから。

「…………」

 今は一人きりだから。寂しい目をしても大丈夫。ガラスに映った自分の頼り無い顔。

「平気よ……、ほんとうに。もう二度と、兄さんに会えないわけじゃないんだもの」

 新しい朝が、兄を連れてくる。きっと。

 それでも。天からの白い贈り物が、少しだけキライ。小さく唇を尖らせて、重いカーテンを閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ