プロローグ『勇者ハロルド-魔王討伐なんて無理-』
16歳の誕生日。
とある大陸の小さな王国にある王宮に、一人の少年がやって来た。
彼はお世辞にも綺麗とはいえない格好だったが、精一杯のお洒落をして王の前に膝をつく。
――筈だったのだが……
(やっべぇ! めっちゃ緊張する。何これ、僕は16歳にして処刑されてしまうのか? 衛兵居すぎだよ!)
少年は、物凄く緊張していた。
それもその筈、少年は今の今まで王宮になど呼ばれたこと等無いのだ。
周りは槍を持った兵が連ね、王を見守る。
まさに厳戒体制だ。
そして、王が玉座から立ち上がり声を上げる。
「勇者ハロルドよ!」
「はっ!?」
何か異変に気付いたのか、彼は王の言葉に思わず声を漏らす。
その瞬間、彼は槍に囲まれた。
「何をしている! 彼は勇者じゃ、下がれぃ!」
王は大きく手を振り、衛兵達を下がらせる。
「で、なんじゃ勇者よ。申してみよ」
王の言葉に、冷や汗をだらだらと流す少年は顔を上げる。
正直言って、全身の筋肉が硬直したようで顔一つ上げることすら彼には辛い。
「いえ……あの、国王様。僕――いえ、私はハロルドでは――」
名前が違ったのだ。
少年の名前はハロルドではない筈だった。
王は封書を開き、改めて同封された写真と名を確認する。
写真と、少年を見比べるが顔は同じ。
名はハロルドとある。
王は近くの衛兵を呼び、共に確認した。
『ハロルドだよな?』
『ハロルドです』
王の言葉には、彼が白をピンクと言っても従わねばならない。
結局、変更点は何一つ見つからなかった。
「勇者ハロルドよ!」
「いえ、だから――」
彼が物申そうとすると、再び少年の首元に槍が突き付けられる。
360度、余すことなくだ。
「はい、不肖ハロルド! ただいま馳せ参じました!」
馳せ参じてからどれだけの時間が経ったことか。
結局、彼の名前はハロルドとなってしまった。
そして、王の説明が始まる。
「勇者よ、貴殿に依頼したい! 魔王の討伐じゃ!」
この大陸には魔王と呼ばれる邪悪の根源が降臨していた。
それ以来、数十年にも渡って人間達は魔王の放つ魔族に苦しめられ、また討伐を行おうと各国から勇者を送った。
若く、器量有る勇者をだ。
しかし、そんな勇者達も次々に敗れ去り、魔王は未だに人々を苦しめ続けている。
(魔王討伐!? 無理無理、絶対無理だって)
しかし、少年改めハロルドにはそんな力はない。
勇気を出して木に登ってみたり、友達とチャンバラごっこをしたり。
そんな人並み位のヤンチャくらいしかしたことの無いハロルドには、魔王という敵はあまりに大きく、また背負うものも重い。
「国王様! 私に魔王討伐は――」
不可能に近い。
そんな事を言おうとした瞬間、また衛兵達が槍を突き付ける。
もはや依頼というより、脅迫だ。
「――討伐は完璧です! お任せください。魔王の首は必ず、我が手に!」
「流石勇者じゃ。ならば期待して果報を待つとしよう! 勇者ハロルド、任せたぞ」
――結果、彼の意思とは正反対に魔王討伐へと駆り出された少年ハロルド。
(あぁ、どうなっちゃうんだよ。僕も人生終わりかな)
彼が王国の外を見る。
遥か彼方に、巨大な針のように見える塔があった。
それが、魔王の棲む城だ。
(とにかく、仲間を探すには酒場からって先輩勇者が言ってたし、酒場にでも行ってみよう。それで、出来るだけ強い人に味方について貰って……)
ハロルドの考えは最早勇者というには程遠いものだったが、彼にはそれすら精一杯。
酒場には色んな人物がいるが、ゴロツキが多く、彼のように気弱な性格ではなかなか話し掛けるのは難しいだろう。
そもそも、入るだけでもかなりの体力を消耗しそうなものだ――
しかし、そこで出逢うとある一人の人物が、彼に大きな転機をもたらすことになるとは、この時ハロルドはまだ知らなかった。