図書館とヒキコモリと汚れたパンツ
人類が滅びようとしている間に俺さまがどうやって生き延びたのかを語る。あらかじめ言っておきたいがこれと言って誇らしいことをしていたわけではない。
むしろ恥ずかしい話だが、とある市民図書館をねぐらにヒキコモリ同然の生活をしていた。
古びた図書館は意外と快適な住環境だったし、どういう理屈か豊富な保存食が保管されていた。俺様だけだったからそれこそ数年分はあったな。
電気も水も無かったが、意外と何とかなるものだ。
PCが全滅していてネットに繋がらないのはアレだったがそれが俺様の生死を分けた。
まさかネットを使うと機械生物どもに感知されて襲われるなんてわかるわけねぇ。
俺様が引きこもって本ばかり読んでいた間、生き残った人類のほとんどが機械生物に食われていた。
火薬を使えばそれこそワラワラ騎士級以上のやつらが沸いてきたらしい。洒落にならん。
ビットはその名のとおり高位機械生物が自分の体から生み出し、さまざまな活動に利用する機械生物だ。
主に狭いところに侵入して主人に有機物を提供する活動に利用される。勿論、ハッキングなどの活動も行うらしい。
とにもかくにも、奇妙な音に気がついた俺様と「ソイツ」は暗がりの図書館で出会った。
暗闇に浮かぶその珍妙な物体。
生物でもなければ機械でもない。
大きさは50センチに満たないと思うが、当時の俺様には1mにも2mにも見えた。これなら強盗の方がマシである。俺様が隠れなかったのはあまりの人恋しさに強盗でも良いという自棄な考えになっていたからだ。
しかし、こやつはどうみても人間ですらない。
しかも俺を見ると「ぴっ!」と言って巨大な口(?)を広げてきた。
「ヒィ?!」
俺は逃げようとするが奴もまた当然追ってくる。
映画の音と違ったぱんぱんという軽い音。
火薬の臭いと背中を走る汗が『死』の感覚を伝えてくる。
「銃?! じゅう?! じゅう?」
他所の国の人には信じがたいことかも知れんが、当時の日本では銃撃される経験など無いまま殆どの国民はその一生を終えるものだった。
コロコロ転がり、たまたま家から持ってきた刀に手が伸びる。
気がついたら抜刀し、奴に斬りつけていた。
「来るなぁああっ!!」
別段なにかしようとしたわけではない。
暇つぶしとして家から持ってきた武術の道具。
俺はヒキコモリの間、ひたすら読書と抜刀、空手の練習をしていただけだ。それがいつの間にか自分自身の生存本能に連動するようになっていたらしい。
『無意識に繰り出す一撃こそ奥義』
その一撃が出せるまで、鍛と錬を繰り返せと誰かに。親父様が言われたような気がする。
「ひぃ!ひぃ!!やめっ!やめっ!!!やめぇ!」
ひとしきりパニックが収まって攻撃を受けていないことに気がつく。
同時に生き物とすら分からぬそれを斬り捨てた己が持つ刀の重さにも。
それは手先も器用だった親父様が出先の工場にて休憩時間に打った刀。こっそりもらった国鉄の古いレールだか最強の鋼だかを使ったその剣は『本物の日本刀より良く斬れる』と彼は自慢していた。
その刃は欠けることなく、生体成分の多いビットの弱点部位を的確に貫き切り裂き、主要部位を完全に破壊していた。
ひやり。生ぬるい感触。
パンツとズボンが濡れている。
面倒だが池でゆすごう。
恥ずかしがるにしても、そんな相手はいない。
というか糞尿の処理なんて親父様の一件で馴れているし。
「なんじゃ、コレ???」
初めて見た機械生物はこんな奴だった。
正体不明の闖入者。生物とも機械ともとれる。
あるいは生物にも機械にも見えない存在。
まさか引きこもっている間に、こいつらが地上を支配していたなんて、当時の俺様は知らない。「なんじゃコイツ」小さな機械だか生物だかの成れの果ては活動を停止したが。
「……」
わからん。
動きが停止していて詳細に観察できる分、逆に理解を超えていた。とにもかくにも、ここに置いておくのはなぜかマズイ気がする。
俺様はそれを図書館の外にほおり出した。バラしてみると意外と簡単に壊れた。気持ち悪いので池に放り込んだが、どういうわけか池の透明度が上がった気がする。
「まぁいいや」
理解できないし。
パンツとズボンを洗って下半身裸の情けない格好だが、晩年の親父様も隠そうともしなくなって看護婦に呆れられていたし。
「そういえば、最近人間見てないな」
最近は食料を求めて侵入してくる奴らがいなくなった。前は食料ともども隠れていたが。
「まさかアレ、人間が操っているわけでもないしな」
襲ってくる理由ないし。
「……独り言多いな」
刀は壊れていなかったがとりあえず手入れは欠かさない。人間は今のところ幸運にも斬らずに済んでいる。しかし今後はわからん。
「人間、どうなったんだろ」
このころはまだ花が図書館周りにあった。花なんて気にする性格ではなかったからだが勿体無い。
ビットが破壊された原因を求めて大型機械生物が迫っているなど当時の俺様には知る由も無かった。
俺様が去った後、大型機械生物が『原因不明の故障』をしたビットを回収。
その大型機械生物も機械生物同士の戦いで滅んでいたなんて更にわかるわけがない。
人間を滅ぼし、地球上の有機物を一通り食い荒らした機械生物同士が共食いをしている間、俺様はとある図書館に隠れていた。
何度でも言う。それが俺様の生死を分けたのだった。
昔話のついでに話したい。
俺には不思議な思い出がある。
親が家にいないとき、読めもしない絵本や童話、昔話の本をひたすら読んでいた時期がある。
親の代わりにとても綺麗で優しい女性が俺に絵本や難しい本を読んでくれていた。
その女性は20センチから30センチくらいの大きさで。俺は母親と同じか、それ以上に彼女を愛していたと思う。
いや、俺の初恋はその女性だったと思う。
俺の名前を彼女は呼ぶ。
「……君は。何年、生きたい?」
いつものように彼女は俺に本を読んでくれる。
楽しい時間だった。
「う~ん」
永遠と言いかけて俺は子供とも思えないことを考えた。永遠なんて言ったら彼女が困るのではないだろうか。
「えっと、100年」
100年は子供にとっては永遠に等しい。
「わかったわ。100年、何があっても貴方を護るから」
「うん。一緒だよ」
その女性のことを俺はエーデルワイスと呼んでいた。
当時の俺は子供だったが、どこかでサウンドオブミュージックでも見たんだろう。
なんでそんなことを思い出したかって?
いや、妖精モノでチンコの代わりにスポイトで精液流し込んで子作りするエロ本でオナニーしてたら気持ちよすぎて気絶して、彼女が去っていく夢を見たからだ。最後で一気に下世話な話になってしまったな。まぁ良い(良いのか?)。
では話の続きに戻りたい。
俺様は図書館を出る決意を固めた。
ボロい自転車に積めるだけ食料と水を積み、他の人間を探そう。あんな変な化け物が襲ってきたら困る。
とはいえ、自転車で行動できる範囲なんて限られている。ましてや山の中の隔絶された図書館だ。人里に下りるだけで大変である。
降りるだけなら簡単と思いきや上り下りもあるし暑さ寒さもたまらない。
久しぶりに人里に降りてみた俺様だったが、綺麗に人がいなくなっていた。
死体すらないのはおかしい。
人間どころかネズミ一匹いない。
「お~~い。誰かいねぇか」
おかしい。暴徒くらいいても良い筈だ。
ひょっとしたら俺様みたいに隠れているだけか。
俺様は捜索を開始したが、新しい保存食をいくつか確保するのみに留まった。
「おかしい。コレ、まだくえるぞ」
俺様は保存食を頬張り、図書館に戻ろうとする。また来よう。そう独白して足元の瓦礫の隅に妙に綺麗なものが見えた。今の世の中に珍しい傷一つ落書き一つない物体。完璧で精巧で小さく美しい人造物。
携帯電話?
誰一人、風一つないビル街にただ携帯電話だけがなっている不気味な状況。
俺様は不思議な気分になって、それを拾った。
操作がわからん。俺様、ワープアで家と職場の往復だけならと携帯を解約してしまったし。
「ここで受信かな」
画面にある『受信』の文字に触る。
女性の美しい声が聴こえてきた。
なぜか懐かしい。
「逃げて 逃げて」
「???」
俺様は走った。
「来る 来る 奴らが来る」
理解した。多分、"アレ"だ。
俺様は自転車に乗ると一目散に逃げる。
「戸惑っている 戸惑っている そのまま逃げて」
下り坂を駆けるのが良いだろう。
俺様はそのまま自転車を走らせる。
後ろで何か巨大なものが走る音、破壊音がしたが逃げて逃げて逃げ切った。
「自転車もってきて良かったぜ」
機械生物の想定はあくまで徒歩の人間か、乗り物の機械を想定しているという事実を知るのは後のこと。
どうも、剣や素手での攻撃や自転車の存在を機械生物の設計者は失念していたが、重視しなかったのだろう。
「あんた、何処にいるんだ」
俺様は携帯に話しかけたが反応なし。
画面には『奴らに気づかれる。この位置まで来て』という文字。俺様は幾度も道に迷いながらも苦労してそのビルまで到達する。
「何処だろう」
綺麗な声の女の子だった。逢いたい。
「……こんにちは。唐突ですが重要なことをお伝えしなければいけません。
人類は貴方を含めて殆どこの地球上に存在しておりません」
ビルに入ったところのテレビが勝手に点いたかと思うと、妖精のような女性がトンでもないことを一方的に話し出した。質問に答えないというところから考えるに撮影済みの動画なのだろう。
「その端末を拾った方。私に代わって生き残りの人類を探し、仲間と共に『守護者』を倒してください。
どうか、どうか。貴方の為に、私の為に」
「守護者??」
嫌な予感がした。
倒す? 『守護者』? 人類は地球上にほとんど存在していない? なぜ俺が?!
「おちついて聞いてください。時間は残されていません」
ビデオの画像は俺様の質問を完全に無視して語り続ける。
「彼らは機械の作動を感知して襲ってきます。もう逃げてください。
にげて にげて にげて にげて にげて! にげて!! にげて!!!」
俺は必死で走る。携帯から勝手に音声メール着信。
「気づかれた。逃げて!! 早く!!」
俺はすばやくビルから飛び出て、自転車を走らせる。
「守護者? 機械生物? 人間は滅んだ??!
意味わからん!! 説明しろっ!!」
絶叫。それを聞く鳥たちすらない山。
ペダルを踏む足は棒のように。
痛みと身体を包む汗がこの悪夢が現実であることを教え続ける。この事実からは逃れられないと俺を苛む。
それに抗うようにペダルを踏み、足を蹴り、ハンドルを乱暴に握りつぶす。
なんとか図書館にたどり着いた俺だが。
違和感に背筋が凍った。
今まで意識の端にすらなかったものが無い。
その『ない』と言う事実を今認識したことで失ったものの存在を今更認識したのだ。
「花が。樹が」
ごっそりなくなっている。
根っこの部分まで溶けたように消えているし、土もごっそりなくなっている。
何があった。
「ここは危ない」
俺はそのまま自転車に乗った。
逃げるように山奥に向かう。どこかで何かを食い荒らす音が聞こえたが俺は無視した。
何度かメールを受信していたらしい。
手持ちのライターをつけ、シケモクに火をつける。適当に小枝を集めて火を点し、暖をとりながらゆっくりとメールを読みつつ持ってきた携帯食を喰う。
味などしなかった。
その話の内容は俺の理解を超えていた。
それでも俺はその話を理解しなければならず。
そうしなければ生き残れないとわかっていた。
俺は知った。
人類は滅亡しかかっていること。
その元凶は機械生物という兵器であること。
彼らから身を護る方法。
その習性。
機械ならぬ刃物や素手の攻撃を無視する。自転車を無視する事。機械の作動、火薬の使用、ネットの使用は極めて危険なこと。
彼らは有機物や機械を無限に食い、自分の身体の一部にすること。その遺伝子情報や記憶を自分たちのネットワークに取り込み、いかなるハッキングも受け付けないこと。
そのネットワークシステムの核は取り込んだ人間の感情情報から出来ていること。
ニンゲンの
タマシイを
喰ッテ
新しく生まれる命のようなモノ
機械生物。
世界は機械生物に占拠されたという事実。
「俺に何をさせる気だ」
端末はこたえない。
ただ、とある場所を示していた。
自転車のチェーンが切れてしまった。
汗を流し、渇きに耐え、膝の痛みと泥にまみれた傷口が俺の命を知らせてくれる。
吐き出す息はまだ白い。
周囲の森は急速に緑を失いつつある。
山の中ぽつんとあった古びた廃屋。その奥に。
闇が俺の手で開かれる。
おんぼろの木でできた扉を開き、埃だらけの中にあったもの。
彼方此方錆が浮きつつも銀の輝きを残す。
古びたオイルと埃の混じる悪臭。
今更なりそうにない大型の原動機。
大きなライトは輝きをその汚れに任せているそれ。
「バイク??」
機械生物に襲われない特殊なバイク。
機械生物そのものでありながら機械生物のネットワークから断絶させることに成功したバイク。
デザインは俺様が子供のころ、親父様が愛用していたものに似ている。
「俺様、現付しか乗ったことねぇぞ?」
それも教習所で一回だけ。
とりあえず、慎重に動かす。
バイクは素直に俺様に従った。
人類の生き残りを求めて、俺様の旅が始まった。
その後、何人かの生き残りに逢った。
端末を使い天使や悪魔を呼び出すシステムの存在。
野外生活の仕方。失われた武術。端末の驚異的なネットワーク世界。
そして魔貨の存在。
ガソリンを通貨代わりに食料をねだりつつ、俺様は機械生物の親玉とやらを滅ぼす旅をはじめた。
そのときの同志は皆連中に食われたが、俺様の心の中で生きている。
奴らの中に取り込まれた仲間など……ニセモノだ。