髪を切ろう。風呂に入ろう。髭を剃ろう
「今日はこの辺で休むか」
俺様はバイクを止め、サイドカーでコラムスに没頭する魔王・沙玖夜を軽くつついた。
「ああっ!!」
ミスったらしい。ご愁傷様。
悪かったっ!悪かったっ!
振るなっ! 振るなっ!!
「また俺さまが料理当番か」
機械生物の食べ残しの再構成だが、食えないことはない。しっかり調理すればかなり美味しくなる。
しかし。
「髪の毛から醤油ってどうよ。ウンザリするぜ」
適当に携帯式の風呂を用意して、湯を沸かす。
風呂に入る必要など魔王にあるのかと以前聞いたところ、入れてくれなければ死んでやるとのこと。
お前、死ぬつもりで旅しているのではなかったのかと問いたい。
風呂の用意が出来ると沙玖夜は強烈な結界を展開し、周囲の覘きどもを退ける。
女の裸が見たいとかどういう人工知能どもだ。俺様にも見せろ。
一番風呂は男が入るべきか女が入るべきか。
九州男児なら男からと言うだろうが、俺様は後から入る派だ。理由はいうまでもない。
なお、沙玖夜が入った後の水はバイクが濾過してから俺が入ることになっている。
濾過なんてイランのだが。……などと股間を握り締めながら物思いにふけっていると。
侮蔑の光を瞳にたたえた沙玖夜と目があった。
「死ね」
「ああっ??! 出る!」
結界が発動し、俺様は吹き飛ばされる。熱い液が俺様の顔にぶち当たる。
ちょっと洒落になってないことになってしまった。
ここらへん、デジャ・ヴュ・ワールドって奴?
「汚らわしい。近づくな」
「すいません。俺も焚き火が欲しいです」
縛り付けられて寒風に晒されてナニもかも震え上がりそうです。
数日後。
やっとのことで迎えに来た沙玖夜。
「やっぱり俺様が忘れられないんだなマイハニー」
「まだ縛り付け足りないようだな……」
サイドカーに座り、嫌そうにバイクのシートを親指で指す。
「私はバイクの運転が出来ない。それだけだ」
「へいへい」
俺さまがバイクに乗ろうとすると「髪が伸びてきたな」という声が聞こえてきた。意外と彼女は俺さまをよく見ているのである。
貧乏人の小せがれは散髪が嫌いだ。
理由は親が髪を切ろうとするので首筋を剃刀でズパズパやられるし、頭が酷いことになったりするからだ。その親ももういないがな。
「切ってやる」
「いらねぇよ」
「不細工だ」
「俺様よりイケメンはいねぇ」
「比較対象がないとは幸せだな」
阿呆な会話をバイクに乗りながらかわすおれ達。
「少し臭い。川を見つけたら風呂にしろ。髭も剃れ」
決定事項らしい。
古びたドラム缶を風呂桶にし、俺さまの髪を掴んでニヤニヤしている沙玖夜。
かなりの至近距離である。
「ほら、動くな」
「だから俺は散髪が嫌いだと」
「動くと首を切る」
「うちの親でも皮一枚だったぞ」
俺様は人類である。
へたくそな散髪をする親は既にいない。
代わりに髪を切ってくれる魔王はいる。
しかし、あのへたくそな散髪がたまに懐かしく思うことは。否定できない。
こんな魔王様と過ごす日々。ある日のことだ。
時計を見た。核の冬で季節なんてどうでもいい。
それでもその日はかつて面白いイベントをやった日だと告げており。
俺さまは人間の文化に疎い魔王様に悪戯を思いつくと彼女にそのことを告げた。
「今日は嘘をついていい日なんだぜ」
案の上、不死身の魔王・沙玖夜は不思議そうな顔をした。
「なんだそれは?」
小首をかしげる仕草がまた色っぽい!
衝動的に俺さまはシャツを脱ぎ。
……そして女人結界にぶつかった。
「貴様はそのような日でも実に欲望に正直だな」
この世で俺様より正直者の男なんていねぇ!
蔑む目線と空中停止する俺の瞳が合う。
その視線がゾクゾクするぜ!
そのまま気絶した俺様だが、後頭部に激痛を感じて目が覚めた。
おそらく沙玖夜のヒールが俺の後頭部を踏みつけていると思われるが。
「上を見ろ。鱠切りにしない」
「嘘だっ??!」
俺様の頭をそのままけって飛びのく沙玖夜。もちろんパンツは見えない。なんという絶対領域維持だ。
「まぁ人類の滅びた今は意味ない習慣だが。
いつも本当のことばかりだと疲れるので、うそついていい日をつくってガス抜きしたって思えばいい。
あ、悪意のある嘘はダメだぞ。あと社会的に誰かが迷惑受けるのもダメだ」
俺さまの言葉にしばし考えていた沙玖夜だが。
「お前には感謝などしたことがない」
ぼそっとつぶやく。「……どっちとも取れるな」とりあえず聞いてやるか。
「そうだな。お前のことはそこそこ気に入っているぞ」
「続けろ」
「不細工とはいえない程度には容姿もマシだ」
「微妙な評価じゃね」
「ずっと一緒に旅をしてもいいかと思うときもないわけではない」
「その……」
真っ赤だぞ。お前。
「……好きだ」
「俺様も愛しているぜ。沙玖夜」
一瞬、ビクッ! となる沙玖夜。
青い顔が徐々に赤く。怒気を孕み出す。
物凄いビンタを食らって吹っ飛ぶ俺様。
意味わかんない。
え。まさか。
まさか嘘だと思ったのかっ??!!
「怒っていない。まったく怒っていないからな。このまま死んでもらってもかまわないから」
「それは本気だろっ!!
そのダイヤの剣下げろっ?!」
「いや、私は温厚な魔王だ」
どこの世の中に温厚な魔王がいるんだ!
というか温厚な魔王は剣を振り回さない。
「まてまてまてっ?? 午後からは嘘なしタイムになるんだっ??!」
「……ほう。後出しのようなルールだな」
時計を見ると正午になっている。
「その、まだ一緒に旅をしたいなっ?! って俺様思うぜっ?」
「奇遇だな。私はお前をこの場で切り捨てたいと思っているところだ」
ちょ!!やめっ??!おまっ??!
ずぱずぱずぱずぱ。
魔王に変な入れ知恵はすまいと誓った日だった。
【独白】
「……犯人は貴方だ」
私は彼を指す。
「!」「!」「!」
皆、一様に驚く。
「ははははっ?? あの部屋にはどうやっていくのです?私の足跡でもあれば別ですがっ!」
私は気がついたら探偵をやっていた。
真実を求めるために。
殺された人々の無念を晴らすために。
「先生、彼には自室にいたというアリバイが」
助手のリュークが口を挟む。
「そうだな。……自室の扉につかまり、次の扉につかまって移動すれば可能だ!」
「!」
「扉になぜか汚れがあった。調べたら君の靴と一致したよ」
「!」
真実は一つ。私は探偵。
我が名はゴールデンライスフィールド。
「連れて行け」
「はい」
知り合いの警部が部下を動かす。これで解決。
殺された人々にはなにもしてやれなかったが、犯人には正当な裁きを与えることができるであろう。
「……ははははっ!」
隣の男が急に噴きだし、大笑いを始めた。
いつの間にいたのだろうか。まったく気づかなかった。
「警部さん。そりゃ無茶ってもんです。
ドアからドアとかニンジャですか?」
「あと、探偵さん。助手さん。アンタら、行く先々で死人が出ているらしいじゃないっすか」
男は私たちを指差した。
「その数、百を下らない。なのに警察の信頼も厚い探偵とかおかしくないですか?」
背中から汗が流れる。
言い知れぬ不安がよぎる。
首を絞め上げるような苦痛。
視界を覆いつくす光景。
このような記憶は、私には無いはずなのに。
「オマケにあんた等の推理だか憶測だかで犯人扱いされたまま死んでしまったりした人がいたようで。
闇の組織だかなんだかと戦っているそうですが、何十年経っているのでしょう。歳取ってないですね」
なにを言っている。自殺と見せかけて殺す暗殺団と戦いだしたのは……去年の……確か去年だ。
そうだ。去年に……違いない。
「一月一回の割合で殺人事件に遭遇。それも猟奇的殺人や密室殺人。そりゃ一番アンタが怪しいってなんで警察は思わないのでしょうかね?」
違う。私たちは被害者の無念を晴らすために仕方なくやっているのだ。
闇の組織の連中の闇から闇に人々を葬る犯罪を明かし、被害者たちの無念を晴らすために。
「闇の組織に自殺に見せかけて殺されました?
そのトリックを解決しました?
ありえないね!」
一息に吐き出すその青年。
「あんた自身が殺しているのじゃないかな?!
それとも警察が不祥事を隠すため?
そう思うのが自然ではないかね?!!」
「いい加減にしろっ!! 貴様になにがわかるっ!?
幸せを突然壊された被害者の無念がっ!
そのまま自殺ということにされ、捜査もされない家族の嘆きがっ!!」
「そうですっ!!
なにが解るというのですかっ!!」
リュークも反論する。
「……殺したのは俺っす。Hehehe。サーセン!!」
「なっ??!」
「え」
「そんなばかな」
推理が外れた?!
そんなはずは。いやそれよりも。
「つ、つかまえ」
赤い花が散った。
それが自らの血と解ったのはしばらくしてから。
警部たちの血の真ん中に。血の塊。
いや、サムライソードをもった男が。
「てめえらの道楽や酔狂のために何度も犯人にされたり、殺されたりした人がいる」
リュークがあわてて拳銃を取り出すが、その手首ごと彼の拳銃は落ちた。叫ぶリューク。
「氏ねや。リア充」
そのまま剣が私の喉を貫いた。
喉の激痛が思い出す。
剣の切り傷ではない。
喉を締め上げる苦痛と脳を犯す酸素欠乏。
舌がもつれ声すら出ない。涙が溢れて。
「へぇ。結構なご趣味ですねぇ」
私は股間に自慰のための装置をつけられ、クローゼットのベルトで首を絞められている。
「助けっ!! 助けっ!!」
私の声にならぬ悲鳴に肩をすくめる男。
「自慢の推理でテメェの変態癖をなんとかしな。『名探偵』さんや」
彼はそのまま去っていった。私の意識が無くなっていく。私は、被害者の無念を晴らしたかった。真実を伝えたかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
討伐守護者DATA
【強欲(弱者)】守護者……「ゴールデンライスフィールド」&「リューク」
【本体】
絶海の孤島の刑務所。
【核】
ゴールデンライスフィールド
下級官僚だったが、国民のために粉骨砕身の思いで励む日々を喜びとしていた。
しかし、上層部の汚職を発見。告訴しようとするも自殺に見せかけられて殺されかける。
その内容は上述の通り、自慰行為をしつつ首を絞めたという不名誉極まりないものだった。
その後、植物人間となるが、意識はあったため真実に歯噛みする日々だった。享年38歳。
【役割】
「暗殺組織と戦う名探偵」……(DATA LOST)
【予備】
リューク(本名不明)
ゴールデンライスフィールドの妻。
内部世界では性別や記憶を改変されていた。
夫の介護に全てを捧げ、パートを続けて一家を支えていた。
享年32歳。
役割「名探偵の助手」……(DATA LOST)
【悪役】
ゴトー
警察だが色々不審な点があった自殺未遂事件を犯人逮捕不可能と判断して殺人未遂としなかった。
「自慰行為をしながら首を絞め、窒息した後窓から飛び降りた。その後、性器を切断したのは酸欠で自分の性器が怪獣に見えたからというのは否定できない」
このような見解を示し、その後の捜査を行わなかった。
享年52歳。
役割「無能な警部」……(DATA LOST)




