善か悪か
……俺様は目を開いた。あの光景は無い。
ここには大規模な設備があったはずなのだが。
機械生物が作る仮想世界の『守護者』の『本体』。
その名に反して別にコンピュータがあるとは限らない。
どうも、その守護者と何らかの関係がある施設か何からしいが……俺様は守護者じゃないからわからん。
冷静に考えたら放射能マークがアホほどあった時点で気づくべきだったが、あの設備が放射能のカタマリだなんて気づくはずもなく内部世界に侵入した俺は放射能によってノックアウト。
外部から癒しの力を送る魔王・沙玖夜の力で全身が赤くただれて死ぬ状況から何とか回復はしたが。
「……先生」
いい奴だった。なんであんないい人が。
俺さまの認識では『守護者』って連中は現状に不満大爆発で、周りを放ったらかして余所の世界に逃避行した挙句、『端役』や『悪役』にちやほやされて永遠に生きることを選択した連中だと思っていたが。
「……もしかしたら、俺が殺した連中は皆、善人かも」
まさかな。俺は苦笑いした。
しかし、自殺を選んだ奴は珍しいかも。
あの首吊りをした後に機械生物に食われたんだろうか。
しかしあの笑顔。
まるで希望はまだあるというような笑顔。
あんな笑顔で首をつる人間がいるだろうか。
柄にもなく思い悩む。
過ぎたことは憶測するしかない。
「どうだ。いい情報はあったか」
ゆっくりと俺に歩み寄る魔王・沙玖夜。
「ここは原子力発電施設だったようだな」
「知っていたらお前は侵入しないだろうと思ってな」
この野郎。この悪魔……って悪魔なのか。
切なく揺れる瞳に気付いた俺さま。
黙って首を振った。それだけで意志が伝わる。
「またか……」
寂しそうに呟く沙玖夜。
「なぁ。おれたちは『守護者』共を勘違いしているのかも知れんな」
俺さまの独白に反応したのは意外だった。
「どういうことだ?」
「連中はエゴのカタマリ。
周囲の環境を捨てて逃避行するような連中。
常時世界の中心で無いと気がすまない連中。
周りの皆がくたばっても何の痛痒も感じず、自分だけは死にたくないと思っている屑」
「そうではないのか?」
沙玖夜は不思議そうに言う。
物語世界に逃避行し、人々の記憶を奪った挙句、永遠に自分を褒め称える物語のために他の皆を生かし存在させる。ソレが守護者だ。
だが。
「もしかしたら、守護者たちも被害者なのかもな」
まぁ、機械生物に確実に食われているのだから「被害者」なのは間違いないのだが。
「我々は仮説しか立てようがないからな。守護者システムの核心の『知識』はさらに上位の知識のようだから」
つまり、いや、もし。『守護者』より上位の存在がいたら? おれたちのやっていることは。
「ところで、ここにあった施設は?」
考えてもどうしようもないことは考えない。
そうしないと剣を振れなくなる。
剣が振れないならば戦うことは出来ない。
「ああ。消した。放射能ごと」
こともなげに魔王様はトンデモないことをさらりと告げた。
な ん で す と ? !
「私は毒、異物、病原体の無効化能力があると言っただろう?
それゆえに精子や子供すら胎に宿せないと」
確かに繰り返し聞いた。
しかし。
「あの施設やこの周辺は放射能のカタマリだったらしくてな。周囲30キロ。実に見通しが良くなった」
なんとっ?!
「お前、キングス〇ーンフラッシュ使えるのかよ?!」
「なんだソレは?」
なんだそれはってそれこそなんだそれは。
「解った。ライ〇ーキックで原子力発電所を消し飛ばしたんだなっ?!」
「理解不能だ」
「なんで仮面騎士を知らないんだよっ!?」
「……良く解らぬ」
「ええいっ?!俺様が特撮の魅力って奴をじっくり説明してやるっ!!」
俺様の有難い説教を聴き流しながら小声で「ダイチが元気になって良かった」と沙玖夜が呟いたが、俺様は聴こえないフリをあえてしていた。
喉を焼く目と鼻に入ったゴミは、きっと塵なんかじゃないけど。
先生。ごめんな。
しばしトクサツの素晴らしさを語っていた俺さま。
その相手をずっと続ける魔王様。
話が途切れたのは日が暮れてからである。
語りすぎだ。俺さま。
「もうそろそろ食事にしたほうがいいと思うのだ」
不死身の魔王・沙玖夜様は半眼で俺を睨んでいる。
「……小腹が減ったかも知れんな」
彼女は肩をすくめるとカロリーメイトやかっぱえびせんを空中から取り出した。
一度食ったものなら何でも作れるらしい。
「それみろ。言わぬこっちゃない」
肩をすくめると形の整った丸い大きな胸も綺麗につぶれる。「仮面騎士とは何だ」と不思議そうに問う彼女に特撮の素晴らしさを延々と語っていたがどう考えても魔王にする話ではない。
「しかし、この辺一面クレーターなんだが」
どんだけよ。
言外に魔王の規格外さへの畏怖を込めて呟く。
「……周囲30キロの放射能に汚染された物質ごと消したからな」
ふーん。
しかし次の瞬間にはそういうものだと脳が処理。
沙玖夜に畏怖を感じる必要はない。俺は彼女を。
いや、言うまでもない。
この魔王に質量保存の法則とかエネルギー保存の法則とか語っても無駄なのは判った。
こいつは何でも作るが、攻撃は武器を作って斬りつける程度の大人しいレベルだと思っていたぜ。
「ところで何でかっぱえびせん?」
というか誰が彼女にこれを食べさせた。
「やめられない止まらない♪」
楽しそうな彼女の様子に。
「聞かないほうが賢明のようだな」
楽しそうに袋をあけ(袋ごと出てきた!)パクパクとかっぱえびせんを食う沙玖夜。
どう見ても子供だが、これでも魔王だったりする。
「なぁ、普通は浄化だけで済むんじゃね?」
「……」
「なぁ」
「汚物は消毒?」
おまえ、俺を消そうとしなかったか?
「とりあえず。初心者には空牙からだな」
平成第一作だし、勝てない戦闘種族に悲壮かつ敢然と挑む警察の勇姿。
尊い犠牲を元に武器開発。そこからの逆転ターンに燃える。主演の熱演も光ってる。
特撮のよさがわからん奴に古い特撮を見せてもアクションのキレや危険な生身撮影、無茶な発破がわからんことが多い。まずは平成の名作からだ。
えびせん片手に無関心を装う魔王様。
「……ああっ!おのれっ!」
嫌々閲覧を開始した沙玖夜だが、あっさりはまっている。良いことだ。
「おのれ愚論戯! 許さんっ!」
「……はまりすぎだろ。おまえ」
敵の不気味さも面白さのひとつだと思うので敵の使う独自言語のことは黙っていたのだが。
「??? 日本語ではないのか? 少々アレンジがきついが」
「理解してたのかっ!」
「むしろこの程度の方言がわからないお前の言語能力が理解できない」
そういえば俺とすぐ会話可能になってたな。本当に何でも出来る奴だ。
「お前、本当は賢いだろ」
「……魔王に向かって何を言う」
バイクに乗って次々と人を轢く敵の話を見た後、どうも怖かったらしく沙玖夜は毛布をすっぽりかぶってサイドカーで黙り込んでいた。焚き火に当たりながら毛布をかぶって震える魔王とかどうかと思う。
「俺に抱きついて眠って良いぜ?」
「死ね」
いや、写真取って投稿したら物凄い魔貨になったけど。
数日後。
毛布をかぶって離さないのに。
……端末も離さない沙玖夜。
そんなに怖いのに嵌っているのか。
そういえば俺もサンバルカンやギャバンで夜中うなされたっけ。
「……まぁそれなりに面白かったな」
更に数日後。沙玖夜はつまらなさそうに言った。
俺たちの旅は機械生物どもの反応や行動を見ながら守護者を探す旅だ。正直ブラブラ世界中を旅しているのと大差ない。
「じゃ、俺は寝るぞ?」
「判った」
沙玖夜は睡眠を必要としない。見張りにはうってつけだ。
「……いけっ!ぴーちゃん!」
あれ。
なんか騒がしいぞ?
こっそり目を開けた俺の目に、バイクにまたがって仮面騎士ごっこをしている魔王様がうつったが優しい俺様は寝た振りを続行するのだった。
【閑話その二 酒と煙草と俺と魔王】
『酒が呑みたい』
どちらが言い出したのかはいい加減忘れたが、俺さまたちは現在深刻な事態に遭遇している。
「何故。酒が無いのだっ!」
美貌にして不死身の魔王、沙玖夜は叫んだ。
「あるわけないだろっ!!
人類は滅びたんだぞっ!!!」
俺さまも反論する。
そもそも酒なんて四年間ほとんど呑んでないわっ!!!
ついでだが煙草も無い。
発狂したくなるがいい加減四年もニコチンをろくに摂取できない環境にあると耐えられるようになる。
「電子データの酒など呑んでられるかっ」
一応、電脳世界には脳の分泌物を促す本物より質が良い『麻薬』や『酒』や『煙草』はあるにはある。
味や食感も本物と一緒だ。腹は膨れないが。
「作れっ! 今すぐっ!」
「麹がないんじゃ~~!」
というか、作れるモノなら今すぐにでも作るわっ!
「私はっ! 日本酒を愛しているぞっ?!」
「俺も好きだわっ!! ボケッ!」
なぜランプの魔王が日本酒を呑んだ経験があるのかは謎だが、件のランプは蔵から出てきたし何処かの誰かが彼女に呑ませたのだろう。
「一〇年二〇年くらい待つ! 今すぐ麹を用意しろっ!」
「ふざけんなっ!!」
ちなみに、機械生物は周囲の菌類も『呼吸』と共に摂取。食料としている節がある。奴らから麹菌の遺伝子情報を得て、再現を施す必要があるわけで。
「というか、麹菌くらい作れっ!!」
冷静に考えたらウサギや象作れるのに麹菌がダメな理由がわからん。
その指摘を受けて奴の瞳が大きく開く。まさか。
「……盲点だった」
今気づいたかのような顔立ちの沙玖夜。
おい。今すぐ麹を用意しろって言ったのは貴様だぞ。
と、言うわけで、俺たちは急遽酒を作る羽目になった。機械生物を滅ぼす旅? 知るか。酒が先だ。
一年後。
「失敗だ!!」
二人とも素人だからなぁ。
「ちゃんと酒職人のデータは買ったのにっ!!」
設備などは作ろうと思えば魔王の力をもってすれば不可能ではないのだが、どうも生態系が激変しているのがでかいらしい。空気中も菌類と違って微細なナノマシンが浮遊しているみたいだし。
「このナノマシンが邪魔しているようだなぁ」
「おのれ機械生物どもめっ!! 皆殺しだっ!!」
金剛石の剣を片手にいきり立つ彼女。どんだけ酒好きなんだよ。マジで。
そうつぶやくと聞こえていたらしい。返事が帰ってきた。
「『瑠寧』のほうが好きだぞ。奴は蛇人族だからな」
マジうわばみだしな。アレ。
というか、具現化がほぼ不可能になった現在は電脳世界で世界中の美酒を堪能しまくっているし。アイツ。
「いや、このナノマシン、大気中の毒物を除去とか、他の機械生物と連携して放射性物質をマイクロレーザーで除染したりもしてくれているみたいなのだが」
微生物学を用いての酒つくりにははっきり言って邪魔だ。
「許さん!!!」
いい加減諦めろ。マジで。|俺の携帯端末の個人専用人工知能も呆れている。
ちなみに、煙草は彼女が煙草の種を生み出すことで無事に育った。流石魔王様だ。
冷静に考えたら成長した姿で出せば楽だった。
俺たちはなぜ農家の皆様の真似事をしているのか。
「というか」
ふと思いついたことを言ってみる。
「完成品は作れないのか?」
「手作りに価値がある!!」
意外なこだわりが判明した。
こだわりと書いて思考停止と呼ぶ。伊達に二〇〇〇年を生きていない。俺さまは若者の特権を駆使し、ゆっくりと実利を年長者に説く。
「呑みたくないのか」
「……」
大量の酒瓶がドカドカと発生。中身は大量の日本酒。ワイン、どぶろく。ジンロにウォッカ……。
「できるなら最初から」
「言うな。後悔している」
自己嫌悪に陥ったのかラッパ飲みの魔王と俺さま。
「で。なんでこんなに出した」
「2000年間呑んでいなかった酒でデータの残るもの全て出してみた」
「瑠寧呼べ」
とても呑みきれんわ。阿呆。
「おい。ピー助。召喚するから守護天使や妖精や魔族どもよべや」
魔貨の大損だが、まぁたまには良い。
その夜、気前の良い魔王様を中心に魔族神族妖精族精霊族の合同大宴会が開かれたのは言うまでも無い。
二日酔いを治す能力をもった魔王様がダウンし、全員が急性アルコール中毒でやばかったのは別の話だ。
天使や悪魔や妖精や精霊の癖にアル中で死に掛けるとかお前らありえん。
まぁ俺様は途中で既に死んでいたのだが。スィーツ。
あと、魔王様が俺に抱きついて離れないのだが。
コレ、彼女の意識が戻ったら惨事確定なんだが。
マジ。なんとかならんのか。別にいいけど。