守護者様は逆ハー気質の痛い子でやがりました
「……親父」
俺様。少しブルー。
「こっちは終わったぞ。どうだ?いい知識はあったか?」
「……検索する限り、多分、無い」
「そうか」
そういって肩を落とす魔王。名前は沙玖夜。
崩壊した破壊神の亡骸を分解する微生物などがいない現在、墓標となったその巨体を背に俺たちは歩む。
俺たちは不死身の魔王たる彼女を殺す方法を求め、人類を含めた生物を食い荒らし、その遺伝子情報や脳の持つ情報を共有、独占する機械生物の親玉、『守護者』どもを滅ぼす旅を続けている。
では『守護者』とは何であるか。端的に言えば『人間』。いや、『人間達』だ。かつて人間だった者たちの成れの果て。
かつて生前に現世に強い不満を抱いていたものを『核』とした情報集積体。それは外見上、守護者どもを主人公とした『物語』の体裁を成している。
かつて地球上を覆い尽くした人間たちの精神情報は彼、もしくは彼女を引き立てるために存在する。
前世の記憶を持つことを許されるのは『核』となるもののみだ。
『守護者』ならざる他のものは『敵役』すら『核』の物語を成立させるために『生かされる』。
仮に『核』がその物語で滅んだとしても、何度も何度も物語は『核』を無作為に選ぶ。
そうして擬似世界を成すことによって、『守護者』は人間たちの感情情報を管理する。
同時に『核』に現実世界の知識を披露させて、その反応をもって理想の世界のあり方を再度シュミレーションしているらしい。
内部の『世界』のあり方は現代劇だったり、SFだったり、ファンタジーだったり様々だ。
無作為に選ばれていると推測できる。専門外なのでわからないが。
加えて『核』以外の人間の生前の知識情報は全て剥奪される。『核』ですら死の間際で初めて真実を知る。いやそれすらできないこともある。
外の構造物などを滅ぼしても「守護者」を討つことはできない。機械生物の情報集積システムに召喚システムを利用して侵入。外部の破壊と共に、内部から『核』とその『予備』を討つ必要がある。
守護者たちの強さは固定されていないし、外見も内部世界では区別がつきにくい。『前世の記憶を持っている』などと言い出す紛らわしい奴はアホほどいるし、たいていは倒して初めて判明する。
ラブラブ彼氏と彼女とその愉快な周辺の皆様とか(見つけることができず、実は最も難しかった)、推理の名の下にいろいろこじつけする歩くだけで周りが死ぬ探偵と助手ならまだ良い。笑えないことに、ヒーローとソイツの操るロボという悪魔のような組み合わせも存在する。
今回の化け物勇者とその妹なんて可愛いほうだった。
「どうした?」
沙玖夜が不思議そうな顔をしている。
「俺さまの親父はさぁ。
偉大な格闘家でさ」
手軽な瓦礫があったので少し跳び上がってそれに座る。沙玖夜はそっと俺の隣に座った。
……月謝を取ったらヤクザと付き合う羽目になると無料で街の子に格闘技を教えていた。
優しかった。息子に自分の後を継がせようとしなかった。
生活費は上司に頭を常に下げ、ニコニコしながら稼いできたし、家族に愚痴を言うことはなかった。
だが、ある日脳溢血で倒れて。
俺さまがとりとめなく語るのを沙玖夜は黙って聞いていた。
「私の両親は人間だったよ。
まさか人間から魔王が産まれるなんて誰も思わなかった。それでも私は両親から愛されていると信じていたよ。幼いときは。だが」
後は察しろと呟いて彼女は自分の肩を抱きしめた。
少し寒いみたいだな。
そっとジャンバーを肩にかけてやる。
「俺様がいるだろう?お前が死ぬまで一緒にいてやる。お前に止めを刺すのは。刺せるのは俺だけだ」
「それまでは死ぬな。死なないでくれ」
不安そうな瞳。もうやめていいという顔。本当は彼女が俺を戦わせたくないのを知っている。
お前って本当は優しい魔王だよな。でもな。お前は俺を勘違いしているよ。
何年一緒にいると思っているんだい?
そりゃ、お前の待った2000年に比べりゃ数のうちにも入らないだろうさ。
でも。いい加減気づけよ。
そんな顔されて奮い立たない男は。男じゃねぇ。
「勿論さ。俺は。戦う」
だから、一緒に。その日まで一緒に笑って、泣いて生きよう。
たとえ同族殺しと言われても。悪魔といわれても。
お前に知ってほしいことがある。
いや、これは我がままなんだが。『男って捨てたもんじゃない』って。
そう心の底から思える日。
その結界が解ける日を俺は心から望むさ。
な、俺さまって素敵な男だろ?なぁ親父様。
「ところで」
話は変わるがと奴に声をかける。
急に眼を開き、表情を動かせる魔王は小娘のように表情豊かだ。
「……」
「……」
互いの視線が交錯しかけるが、不意に魔王のそれがすぐに外れようとする。
視線を泳がせる不死身の魔王・沙玖夜の瞳をまっすぐに見る。とっさに視線を外す沙玖夜。
「お前俺に隠していることあるだろう」
「……!!!」
あわふたと両手を振ったり、首をぶんぶん振り出したりと慌てだす沙玖夜。どうみても魔王の威厳は欠片もない。
「1.妙に今月、魔貨が減っているんだが何があった」
「あっ?! ちょ! ちょっとラノベとゲームを大量購入しただけだっ??!」
ほう?
「2.知り合いの人工知能に意外な趣味がありますねぇとかなんとか言われたんだが?」
「な、な、なんのことだっ???!」
あくまでしらけるつもりじゃない魔王に止めを刺すべく、俺さまは爆弾を投入する。
「3.領収書にボーイズラブとかあるんだが」
「ちょっ!! ちょっと!! 知らないっ! 知らないぞっ??! あ、アレは瑠寧がっ?!」
て め ぇ ら 共 犯 か 。
なお、彼女の使い魔である蛇女、瑠寧は彼女の右腕から具現化する文字通りの右腕である。
「4.なんで俺の目が見れない。まさか浮気か?」
「うっ! 浮気っ?!! そ、そんなことはないっ!
というか、貴様といつ恋人関係になった??!!」
「ほう」
俺さまは目を細める。
「ときめきメモリアルガールズサイトの四八週データが残っているぞ?」
「うっ!!??」
わたふたとしたあげく、瓦礫から落ちかける彼女を支える俺。
「お前が俺と目をあわさないのはそれかっ!!」
「ナ、ナンノコトデスカ」
「牧場物語もあるな」
「それはっ??!!」
「ワーネバがんばっているな」
「うわあぁぁぁ!!」
俺様は激怒した。
必ずかの邪知暴虐の徒を除かなければならぬと決意した。俺さまには魔王の奇行の訳は解らぬ。俺さまは元ニートである。アニメを鑑賞し、レトロゲームをやりこんで楽しんで来た。
「お前かっ??! 俺さまががんばってたのにっ!!内部がみょうちきりんな世界になってたのは外で召喚魔法プログラムの逆発動と破壊活動担当してた手前ぇらの所為かっ??!!」
「瑠。瑠寧の所為です」
部下のせいにする上司最低?!
「嘘付けっ?! 奴はワーネバなんてやらんっ!」
「瑠、瑠寧めっ?! 裏切ったなっ??! 2000年来の付き合いなのにっ!!」
瑠寧だってこんな奴が上司だったら具現化もできんだろ。
「やかましいわっ?? 全部没収だからなっ??!」
「ご、後生だ!それだけはっ?! それだけは勘弁してくれっ!!」
半泣きになって哀願する魔王に説教をかましつつ、無事に帰還できたことを内心喜ぶ俺さまだった。腐女子滅ぶべしっ!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
討伐守護者DATA
【暴食(人権)】守護者……「キョウコ」&「イズミ」
【本体】
機械生命・破壊神壱機(既にほぼ活動停止済)
【核】
キョウコ(通名)
日本国生まれ。日本国育ち。
二十代の初め某国観光旅行中、タクシー内にて日本語を話していたため日本人と誤認され拉致される。
その後、所持金を没収された上で婦女暴行を受け、性風俗店にて数ヶ月強制労働。
日本国の救助行動は彼女がその国の国籍だったため、現地政府の「駆け落ち」見解によって不可能になる。
後に私財を投じて彼女を探し続けた家族の手により東南アジアの某国にて発見され、交渉の末多額の借金と引き換えに帰国。
発見場所は現地人との性行為を行う見世物小屋にて。両手両脚を切断され妊娠状態だった。この子供は堕胎済みである。
家族、恋人(と信じていた)の支援によりトラウマを克服後、少しでも人の笑顔の為に生きたいと落語を学ぶも医療ミス(揉み消された)により昏睡状態になる。享年37歳。
【役割「小さな村の優しき勇者」】
……消滅(DATA LOST)
【予備】
イズミ(本名不明)
東南アジアの某国生まれ。幼少の時に身売りに出され、幸運にも子供のいない夫婦に身請けされ、アメリカ大陸に渡る。身請け先の夫婦の愛を受けて育つも、両親の財産を狙う叔父によって両親を殺害され、叔父から性暴力を受けながら水すらろくに与えられず、奴隷同然の生活を送る。
死の直前まで両親(育て、産みのどちらかは不明)の救出を信じていた。享年14歳。
内部世界内では8歳くらいの容姿。
【役割「小さな村の勇者の可愛い妹」】
……消滅(DATA LOST)
【悪役】
キクチ ナオト
日本国生まれ日本国育ち。
キョウコの主治医。
彼女に好意を持っているように装い、彼女の心と身体をもてあそぶ。大病院の跡継ぎであり、政略結婚のためにキョウコの存在を疎ましく思うようになり、わざと投薬指示をミスして彼女の殺害を謀る。
内部世界では魔王などの変わり果てた姿で何度もキョウコに殺されていたが、お互い気づくことはなかった。
【役割「魔王」「貴族」「魔物」「飢餓」「災害」「病気」「飛蝗の群れ」など】
享年不明。
……消滅(DATA LOST)
【閑話その一 魔王様はラノベがお好き】
魔王と勇者が共に歩む。意外と無い物語だ。
大抵、人間どもの書く物語において私は悪役だからな。
どういうわけか人間どもの書く物語において、私は恐ろしいというか奇怪と言うか少々可愛らしいというか、どうにもこうにも人間離れした容貌の姿に描かれるのはいただけない。曲がりなりにも人間の両親から産まれた私としては少々心外な容姿である。私とて2000年以上生きているので人間どもの想像図に対して多少醜くても際限なく大きく描かれていても、あるいは戦闘狂などの性格に描かれていようと寛大にしたいところだが、たまに泣き出したくなる容姿に描かれていることもあって凹む。
私の姿より粘菌のほうが可愛いくらいなのだ。
絶対私のほうが可愛い。
人類が滅びた今、自らしか評価できずに空しい限りだが。
あの男と当初遭ったとき、『魔王が凹むなど想像がつかない』と失礼なことを抜かしたが、私だって未婚の女性なのだ(2000年以上処女だが)。
男のように描かれるだけならさておき、全裸の怪物に描かれるのはどうかと思う。
我が名は沙玖夜。魔王と呼ばれる。
まぁ今の世では悪魔という存在は具現化するための場所(主に人間の心の中だが)を失って久しい。
魔王といっても現在の私には配下がいないわけである。
それは『勇者』と呼ばれるべき青年も同じだった。
本来は人類の希望を背に受けて私と戦う運命だった英雄ではなく、候補となるべきだった他の人間がいないからというそれだけの理由で勇者となっている。
正直、『勇者』としての素質があるのかと言われると極めて疑問だ。
「瑠寧」
私は今となっては具現化もままならぬ配下を呼び、「アレ」を持ってこさせる。
私の目の前に浮遊する大量の本。
正直この「文庫本」なる小型の薄い本には正直慣れない。
「消費する魔貨の割には安い」
人工知能たちはこれらの人間の記した創作小説のほとんどを「ジャンク」データとして二束三文で扱っている。
マッカの価値は情報量、情報の価値の双方で決まる。
私は電脳空間にたち、「文庫本」108冊を同時に読み始める。108冊を60秒で6480冊。といってもこの『らのべ』なる本の多くはそのページの半分はそのままメモ帳として使えるほど空白があいている。たまに恐ろしく分厚い上文字が詰まっているのもあるにはあるが。
特にほらいぞんさんは作者に好感が持てる。あのサービス精神を他の作家は見習うべきだ。
「なかなか面白い」
この『図書館』の利用法をあの男から聞いたとき、私は心の中で快哉を叫んだ。
2000年前は本といえば扱い難い羊皮紙だったり、木巻だったり、石版だった。勿論入手も難しいし数もない。
そしてジャンル。
学問や記録とまったく関係の無い創作物語が多い。とても多い。
「人類は知らぬ間にこれほど多彩な神話を創作していたのか」
2000年前の人類はこのような物語を神話として民族で共有する場合ならばさておき、個人が娯楽のために色々考えたり、それを多数売って生活したりはしていなかったな。
人類の英知を紙に頼らず、紙の本を同時に複数読むことが可能。電脳空間とはなんと便利なものか。『知能補助装置つきでも同時に10冊読む奴までしか見たことねぇ』と奴は言っていたが。
そんなものがおもしろいのかといいたげな瑠寧に黙って一冊差し出してみる。
蛇人族の彼女は『こんなはしたないものをっ!』と怒りつつ目を離さない。
どうやら没頭しだしたらしい。
彼女の邪魔をしないよう、席を少し離れて別の本に取り掛かる。人間の最盛期はひとつの国で一月100冊以上出ていたらしい。なんと言う英知だ。
私とて当初は『魔王を滅ぼすために役立つ研究はないか』と調べていたのだ。
しかし『魔王の実在を信じる人間は極めて少ない』と言う結論を得ると共に、『ツッコミ』なる狂気の処刑法を得たのみだった。なぜ『らのべ』に登場する『ひろいん』連中は石で殴るだけで死ぬ同族をあのようなマニアックな方法で殺そうとするのか。『つっこみ』など独自の文化もそうだが、人類の拷問術や破壊兵器については同じように理解の範疇を超える。
星すら破壊する核兵器や生態系を激変させる機械生物などにいたっては正気を疑うし、拷問術にいたっては我らですら眉をしかめるレベルだ。
そして、なぜかそういう知識を扱った「本」は必要な魔貨が多かった。
「ならば『ジャンクデータ』と呼ばれるラノベを読んでいるほうが楽しい♪」
瑠寧が黙っているので呆れているのかと思ったが。
彼女の右手が「巻の2」に伸びているのが見えた。
「どうよ?『図書館』は」
ダイチが私に話しかけてくる。
「ああ。ハル……最高だな。井原西鶴や二葉亭四迷も面白いな」
「それ、ラノベか?」
失礼な。
ラノベとやらの定義を語るダイチ。意外と長い。彼なりのこだわりなのだろう。少しほほえましい。
「あと、ゲームとやらもいいな。
セフィロスは許さん!」
唐突に思い出して奇声を発してしまった私。
頬の火照りに気付かないふりをする彼。
「そうか?」
魔王がそこらへんのウサギに殺される強さのネットゲーム版は許せんが、ファイナルファンタジーはまだ許せるほうだ。多くは皇帝だの雲だの狂気の魔導士だの邪悪な意思を持つ樹木などが「ラスボス」だからな。
文句を言いたいことは様々あるがドラゴンクエストはあそこまで私を醜悪にしなくてもいいだろう?
パンツだけの変態に描くのはなんだ。いじめか。
だが、デスピサロだけは許す。
あと、あの漫画家はドラゴンボールよりドクタースランプと短編が良い。
そういうと彼は「俺、ドラクエ派なんだが」と言う。どうやら我々は分かち合えないらしい。
「あ。でもドラクエよりロマサガだな」
「同意だっ!特に2と3が最高だっ!」
だが、不満点もある。まさかサラがラスボス戦で離脱するとは。
そうして話題をふると彼はあきれたらしい。
「お前はなぜ地雷ばかり踏む。で、なんでセフィロスはダメなんだ?」
決まっている!
「最高レベルまで育てたエアリスを斬ったのだぞっ!! 許さん!!」
「アホか。途中で死ぬって教えただろう」
な ん だ と ?
「クラエア莫迦にする気かっ??!それなら……死」
「ちょ! やめ! おまっ??! なんの本読んだっ??!!」
『ハルカナル ダイチ』
出遭った当初。私はハルカナルと発音できなかったので「ダイチ」と呼びかけたが。
「ハルカナルでいいぞ?」
「発音できぬ。ダイチ」
はぁとため息をつくダイチ。
「いい事を教えてやる。俺さまの一族において、性ではなく名前を呼びあうことは家族になる……言い換えるとプロポーズに当たる」
「……」
押し黙る私に照れたと判断したのか少し近づく彼。
「ああ、殺す相手には名前を名乗るという礼儀もあるが……ってなんで刀を持っている??!」
別にそういうつもりはないが、その日から私は心の中では将来私を殺してくれる『勇者』をダイチと呼ぶ。
彼は私が死ぬまでは生き続けなければならないし。戦い続けると誓ってくれた。
私も、彼が私を殺してくれる日まで、彼と共に歩むつもりである。
そういう意味で心の中でダイチと呼んでいるのであって、これは私の秘密で。
結婚したわけでは。断じてない。