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パンドラの箱

【始まりの物語】


「願いをかなえましょう」


 古い蔵から出てきた古びた水差しみたいな形のランプを面白半分にこすってみたら本当に魔神っぽいやつが出てきやがった。


 魔神曰く。

「どのような願いでもかまいませんが三つまでです。良く考えてから選んでください。

 数を増やす場合はその回数分、先に私の願いをかなえてもらいます」


 良心的な設計に見えるが、何でも願いを叶えるっていう魔神ができないことってあるのか?


「なぁ。本当に何でもできるのかよ? この場で美女になって見やがれ。そうすれば信じてやるよ」


 化け物みたいな容貌の魔神(いや、化け物なんだろうが)は『容易い事』と柔らかい声を出して華やかな美女になった。

 美女というには一五歳から一八歳くらいで、ちょっと若めだがまぁこれはこれで悪くはない。


「これで信じたであろう」


 続きを促す娘に俺は告げた。


「俺と結婚してくれ」


 こんなかわいい子、どんなアイドルだって霞む。


「ふざけるのはやめてください」


 娘は少しうろたえたような表情を浮かべたが気を取り直したようだ。


「改めて問います。あなたの願いは」


「そうだなぁ。俺が死んだら、君が自由になること」


 戸惑い、鼻から耳まで真っ赤な娘は今度こそ冷静さを吹っ飛ばしてしまったようだ。


「いや、前に聞いたんだけど、こういう精霊とか魔神って自分を解放してくれって願ってもらうまで永遠に閉じ込められるっていうからさ。あと、それまでは俺より先に死なないでほしいね」


 彼女の表情が戸惑いから驚きに、そして慌てふためいて振り回されていた腕がだらんと垂れ下がっていくのがわかる。

「あと悪いんだが、嫌なら俺を殺して今すぐ自由になってくれ」

 そういって相手の目を見る。

 娘は目を丸くしている。



 え~とな。


「フラれても生きていたいなんていうと思うか」


 膨れてみせてやる。


「ばかだな。お前は」


 魔神は呆れたように呟く。


「では、先に私の願いを二つ叶えてもらうぞ」

「はいはい」


 彼女の頬が再び赤らみ小さな小鼻が少し震える。

 端正な顔は悪戯めいた子供のような表情に変わる。


「お前がもう少しマシな願いを考え付くまで、一緒にいてやってもかまわん。それまで死ぬなよ」


 それ、願いって言うのか?

 俺が呆れると彼女はむきになって叫んだ。


「うるさいっ!」


 こうして、別に結婚したわけではないが、この娘は今でも俺のとなりにいる。



 ---



 物語がない。

 物語がない。

 読まれるべき物語が読みつくされた。

 語られるべき物語は語りつくされた。


 物語がない。

 物語がない。

 望まれない物語は生まれない。

 物語が枯れ果て『世界』は荒廃した。


 荒廃した「物語」の力を取り戻さなければならない。

 旅立て。アナタの為に。ワタシの為に。


 愚か者達がいた。いや、愚かと呼ぶには賢いのかもしれない。

 とにかく、彼らは人類を一度滅ぼし、その知性、感情をデータ化して管理し、地球を浄化して然る後に生物達と共に復活させる計画を立てた。


 七つの罪と美徳を象徴する者たちを頂点として。

 七つの世界を構築し、その世界たちを何度も作り直した。

 だが、『物語』は同じ物語を繰り返しはじめ、『世界』は再び荒廃し始める。

 果てしなく続く停滞マンネリズムは『世界』の滅亡と同義だった。『人類』を滅ぼさぬためには『物語』の力を取り戻すべきだ。

 しかし、『彼ら』は知らない。


 この『世界』に『先住民』がいたことを。 『彼ら』は知らなかった。この『世界』そのものが、『先に住むもの』たちが作った『物語』そのものだということを。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「そっか。そりゃそうだわ」


 俺様は大笑いした。そうだな。沙玖夜さくや

 俺は。お前が好きだ。愛している。

 世界が滅んだって、身体が砕けたって俺はお前を愛している。


 だが、共に歩む約束だけは叶わない。

 叶えられない。


「だって、俺様って既に死んでいたわ。

 わりぃな。沙玖夜」


 大笑いする俺様。


「すまんな。サクッとやってくれや」


 俺の目の前。

 剣を構える勇者「キョウコ」。

 敵意に燃える動物たちを従え、自らもメスを握る医者「ドゥーリトル」。

 無敵のヒーロー「キャプテンイチゴー」。

 探偵「ゴールデンライスフィールド」。


 永遠の恋人「メイ」&「ウォルフ」。

 悪徳領主「エンオウ」。そして。



「あはは。なんだその姿は」「流石に幻滅する」「みっともない姿だ」「死すにも勿体無い」「死ね。死ね。死ね」「ごめん。キモイかも」


「シネ」


 彼らはゆっくりと時間をかけて俺の小指から切り刻んでいく。

 すまんな。沙玖夜。俺は既に死んでいたわ。あの身体はよくできた機械生物とナノマシンで出来た幻みたいなものだったんだ。


 いや、あの世界そのものが。


 俺のことは忘れてくれって言ったらなんて怒るかな。すまんな。


 つまんない人生だった。すまん。お袋。親父。

 アイツと一緒に旅した『ネタ切れの世界』。実は一番楽しい体験だったのかも知れない。


 なぁ。沙玖夜。


 お前が実在いるか、いないか。そんなのはしらねぇ。興味がねぇ。


 世界が滅びてもいい。

 それくらいネタ切れで滅んだ『世界』をお前と旅するのは面白かった。

 阿呆の作ったシステムにはやっぱり欠陥があった。


 最後は『世界』同士の戦いと再生で終わるところ、「先約」がいたなんて開発者達も知らなかったろう。


 沙玖夜。沙玖夜。

 沙玖夜。沙玖夜。


 愛しているぜ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 討伐『守護者サーバー』DATA

 絶望(希望)守護者サーバーハルカナル大地ダイチ

本体ハード

 送電衛星兼スパイ衛星。兼『守護者』システムサーバー。『きぼう』


守護者サーバー

ハルカナル大地ダイチ


 自室にて自慰行為中に天災が置き、避難を促す母を無視。共に津波に流されて死亡。

 人を呪って世を呪ってなにもせず、矮小な自分に納得できず。


 物語やゲームに没頭しつつもその主人公達に嫉妬を向けて生き、MMOの自分のアバターのステータスをあげることのみが全てだった。

 享年40歳。


 ……消滅(DATA LOST)



 ―― 七つの守護者が滅び。主人公も滅び。

 荒廃した『物語の世界』を一人歩く者がいた ――


「ダイチ」


 目が覚めたら隣で私の身体を触ろうとして女人結界に阻まれているダイチがいない。


「トイレか」


 普段、人前で平気で大便をするダイチがいない。


「料理はまだか」


 悪態をつきながら料理をするダイチがいない。

「旅は」


 私達のぴーちゃんバイクはどこ。

 シートの上で気取るダイチはどこ。


 ダイチ。何処。


 私たちの旅は終わった。『守護者』を滅ぼし『魔皇剣』はもうこの世にはないらしい。破魔の魔王、『剣の魔王(シトラス)』はこの世界を去った。


 何処に隠れている。私のダイチ。

 世界より私を選ぶと言ってくれたではないか。

 口付けだってまだだ。抱いてくれると言ったではないか。


 どこ。どこ。ダイチ。あなたはどこに。


 歩いて歩いて。走って走って。

 海を越え、陸を超え、大地を。空を探して。


 百年でも千年でも探してみせる。私の好きな人。

 富も名誉も何もいらない。願い事もない。

 欲しいのは私だけと言ってくれた人。


 大地。遥かなる大地。

 暗い雲が裂け、太陽が姿を見せる。

 海は輝き。大地が赤く染まる。



『全ての命は最初から不老不死だ』


 誰かがそう言った気がする。

 涙が止まらない。

 誰だ。誰がそう教えてくれたのだ。

 大切な人だった。本当に大切な人だったはずなのに。


 誰だ。誰だったのだろう。


『身体は砕け、土になり、海になり、星になり、宇宙に帰り。星屑は銀河に飲まれ、銀河は宇宙に消え。宇宙は新たな世界へとなる』


 この気持ち。何処で。懐かしい。愛しい。


「愛している。……ハルカナル大地ダイチ!」


 見つけた。見つけた。思い出した。

 大切な。本当に大切なことを。


 全てを生み出せる私が、絶対に生み出せなかったものを。



 『神々』は私に生き残るように言った。

 小さなランプにて私は時を待った。


 たくさんの『物語』が生まれ、消えていく。

 欲望のままに。私欲のままに。

 人が持つのは七つの罪と七つの美徳。


 私は待った。待った。終わりの日を。

 やがて勇者が現れ、私を滅ぼす力を得た。

 が、彼と私は惹かれあった。



「ダイチ。みつけた」


 私は大地に伏し、小石が身体のあちこちに刺さる痛みを感じつつ、この星に頬すりした。


 頬から血が出る。

 血が小さな菌に。

 植物の種子となっていく。


 伸び放題の髪から大樹が伸びていく。

 身体のあちこちが裂け、小さな動物達が、大きな動物達が生まれていく。


 痛みは感じない。

 私は今。彼に抱かれている。


「ダイチ。愛している」



「おい。沙玖夜さくや。待たせたな」

「待たせすぎだ。私はお前の名前すら忘れていたのだぞ」


「ひっでぇ」

「何を言うか。2000年以上待たせておいて」


「いででででっ。いや、言い訳するようで悪いが、ずっとお前のそばにいたのだが」

「言い訳もいいところだっ!!気づくわけがないっ」



「前に言った」

「もう離すな」


「もちろ……んぐっ??!」

 意外と、男の唇というのは柔らかいらしい。そしてその唾液は甘い。……らしい。

 お互いの指が絡み合う。暖かい。


「ふふっ。幸せなのだ。私は」


「そうだな。奇遇だな。俺もだ」


 ちょっと膨れてみせる。2000年ぶりなのだ。少しの戯れなどは許されるはずだろう。

 ふふ。戸惑っている。そうだな。こんな表情は見せていない。


「私の喜びは貴様の喜びだろう」


「なにその暴論っ?! っんっ……」


 少し癖になりそうだ。

 キスというのは良いものだな。


 彼の指が私の指と絡み合う。

 彼の指が緊張した私の指を優しくほぐしてゆく。


「今更だが、私は素直な気持ちを思い出したぞ」



「?」

「お前が好きだ」


 肌を重ね。身体を重ねる。

 何度も何度も。飽きることなく。


「これは。すこし……癖になりそうだな」


「癖どころじゃないだろ……別に良いけど」

「私は癒しの魔王だからな。休憩は許さぬ」


「もう太陽が何度沈んだか覚えていないぜ」

「不服か」


「いや。最高だ」

「私も……だ」


 枯れ果てた惑星があった。 誰かの瞳から塩が漏れた。 嘆き。悲しみ。苦しみ。笑い。そして歓喜。 涙は幾億の夜を経て遂に惑星を満たしそれは新たな海となった。 気流が巡り、雨が降り、大地が揺れ、海の形が変わっていく。

 不死身の魔王が存在した痕跡すら、海は洗い流していった。

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