欲情(愛)の守護者
「おかしい」
「なんだ」
いや、別に俺の股間がビンビン祭りってわけではないっ??!
バイクのサイドカーにはいつも端末を弄る魔王の代わりに俺達の荷物。後部座席には。
「何がおかしいのだ」
美貌の魔王・沙玖夜様。
やばいやばい。やばいやばい。二ケツの破壊力マジやばい。時速600キロだしマジヤバイ。
普通の『バイク』なら当然のごとく搭乗者は振り落とされて死ぬのだろうが、俺達が乗るのは機械生物でもあるバイク。理屈はわからんが大した逆風は受けない。
だ。抱きつく力がました。
きょ、巨乳の破壊力。お、俺様ははじめて知った。
こ、これが皇帝の一撃かっ!人類が滅亡する威力。身体で知った!
やばっ! やばやばやばいっ!
そ、素数でも数えて落ち着け俺さま?!
歴史だ! 歴史でも思い出して落ち着けっ!
古の昔、古代ローマの栄光を伝える都市、コンスタンティノープルは!
若き英雄マホメッド二世の前に千年の夢を終えようとしていた!
ムスリム軍船を無双してやったぞっ!
殿ッ! ムスリムは陸から船を運んできましたッ!
ムスリムめっ! この最新式の防壁を破れると思うなッ!
殿ッ! 敵は特大大砲を出してきましたッ!
ムスリムめッ! 穴を掘って地雷作戦とはいい度胸だッ! 返り討ちにしてくれるッ!
殿ッ! 殿ッ! 敵は特大攻城塔を持ち出してきましたッ!!
おのれもはやここまでついて来いッ! 私が東ローマ帝国最後の皇帝であるっ!
陛下!! 陛下!! お待ちくださいっ!!!
おっぱい! おっぱい!
おっぱい! おっぱい!
おっぱい! おっぱい!
思わずハイテンションで手を振ってしまいそうになり、時速600キロで疾走するバイクの上であることを思い出して正気に返る。
「お前っ! 身長とスリーサイズはっ?!」
「??」
「何がやばいのだと私は言ったのだが」
彼女は沈黙する。少々考えていた模様。
「すりーさいず……。ラノベで女性の戦闘力を決める特殊ステータスだったか」
「お前解釈の仕方おかしい」
「必ずしも大きければ良いというわけではないという複雑怪奇なものと記憶している」
「お前、何冊ラノベ読んだ」
「戦闘力を示す前後に、身体描写に移る演出は合理的だ」
「いや、お前みたいな読者は珍しい」
暴風の中彼女は告げる。
「身長ならばメートル換算で171センチだな」
なにっ??!
手足が長すぎ、手首足首周り細いし。太ももムチムチで見誤ったかっ?!
「スリーサイズというのはだなっ?!」
「ああ」
解説する俺さまに苦言する沙玖夜。
曰く、そのような大雑把な情報では何の役にも立たぬな。らしい。
「女人の体形というのは個人差が激しい。花嫁衣裳を作りたいという気持ちは理解したが」
好意的解釈をしてくれたらしい。
「そもそも、貴様に裁縫や刺繍が出来るとは思っていない」
「実は得意だぞ。おふくろが和裁洋裁万能であまりにも優秀すぎて一流企業の一般職パートに応募したらCADで雇われたことがある。そのおふくろ直伝だ。まぁコスプレ衣装を作るためともいうが」
「まぁ、気持ちだけありがたく受け取っておこう」
ぎゅ。された。
繰り返す。
ぎゅ。された!
胸がっ! 胸がっ! 胸がっ!
据え膳食わねばっ! 死ぬっ!
死ぬっ! 俺様は死ぬっ!
「おかしいな」
沙玖夜が呟く。
「なにがっ?!」
おっぱいがぁ!おっぱいがぁ!
「今、草が見えた」
「嘘だろっ! 時速600キロなんだぞっ! キノコならありえるがっ?!」
股間のキノコとか。股間のキノコとか。もう開花寸前。胞子大爆発寸前。
「菌類もいるな。大気中に細菌やウィルスがいる。風邪を引くなよ」
ありえない。
「機械生物が呼吸ついでに全部食っているっ!」
「そのはずなのだが事実だ」
そうだ。俺さまも疑問に思っていた。たまに草花が見えるようになってきたのだ。バイクを止める。
「降りるぞ」
おっぱいは惜しいが、これ以上続けると俺様は彼女から逃げるように隅っこに走って抜きに行かねばいろいろな意味で限界突破してヤバイ。
「機械生物がいない」
「ここのところネットに接続したままにも関わらず襲ってこないな」
少し考えた。機械を好き放題使えるならば当然奴らを呼び寄せることは出来ないわけで。
「『本体』の破壊を行うことは出来ないってことか」
「そうなるな」
普段なら攻撃具合から判断していた。実際『守護者』の『本体』は「キョウコ」以外は生前と関わりの強い施設だった。
どうも、生前に強い執着や憎悪を向けていた施設を破壊する必要があるらしい。
もっとも、ただ破壊しただけでは新たな『本体』が生まれるだけだが。
「まさかとは思うが」
「ああ」
「『色欲(愛)』は特別な奴らしいが」
「そうだな」
「奴の執着するモノ。『本体』って」
「この星だ」
破壊できるわけねぇじゃん。俺様は絶叫した。
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名も無く姿も無く。心も無い。
彼が支配する世界に『物語はない』。
それは壊れた世界。始まらなかった世界。
そして。未完のまま終わった物語。
(孤独)
(孤独 孤独 孤独!)
「なっ」
「こっ? これは??!」
一組の男女が彼の世界に現れた。いや。彼が呼び出したのだ。
「逆召喚プログラムだとっ」
「沙玖夜。おまえかっ?」
ふたりは彼を意に介さず話をしている。
どく。どく。不思議と安らぐ音が何処からかする世界に戸惑う二人。
(嘆き)
(嘆き 嘆き 嘆き 嘆き)
「うわあああっ??! 雨??!」
男の疑問を女が否定。
「違うっ……塩の味がする」
「この世界は」
「"奴"の世界だろうな」
男女は落ち着きを取り戻したらしい。
荒野。キリキリと音を立て、水が流れたと思うとどこかに消滅する。
風は吹いたかと思うとどこかに消える。
「この世界、誰もいないぞ」
男がぼやく。
「瑠寧! 逆召喚プログラムを破れ!」
女がどこかに叫ぶ。
「エーデルワイス?! どうなっている?!」
「塩味ってことは小便か」
「お前は気楽だな」
男がボケる。呆れる女性。
長身。悩ましい身体つき。濡れて張り付いた服。艶やかな唇が動き。えも知れぬ香りを持つ。
(情欲)
「?! ダイチッ?!」
「沙玖夜?!」
女性は吹き飛ばされ、空中で静止。
音もなく彼女の身体をまとう服がはじけ飛んだ。
しかし、剥いても剥いても彼女の薄い服の下からは新しい服が。
「私を裸にすることは不可能だ」
「ざ、残念っ!!」
自慢げに微笑む女性の顔が青ざめた。
「なっ??!」
虚空から現れた巨大な男性器が彼女を下から襲う。その太さ2m。長さは10mを超える。
「テメェッ??! 沙玖夜に何をしやがるっ!!」
勿論入るわけがない。女性の両脚の砕ける音。執拗に巨大な男性器が彼女を追い詰める。
「たっ。助けてくれっ」
「『守護天使』ッ! 奴を殺せ!」
白い翼を生やした乙女や青年。
黒い皮膜の翼を持つ男達が彼の干渉力を無視して飛ぶ。彼の世界である。彼の世界である。思い通りにならぬ不可思議な存在。
雷。暴風。地震に津波。
「うわああっ」
「くうっっ」
(怒り)
(怒り 怒り 怒り)
「我が眷属よっ! 出でよっ!!」
女性の砕けた足から、その血から、飛び出た骨から禍々しい魔物が次々と生み出され、『彼』の想いと関係なく動く。
男の剣が彼の生み出した巨大な男性器を切り裂く。
黒い皮膜の翼を持つ男女。白い翼を生やした乙女や青年が群がり、燃やし凍らせて女を助ける。
(怒り)
(怒り)(嘆き)(哀しみ)
(排泄欲)
純粋な敵意を持って『彼の世界』は彼らを討つ。雷が。暴風が。
膨大な排泄物が波の形で彼らを押し流す。
「ウンコだけに半端ないな。これがホントのフーン?」「大丈夫かっ??!」
糞まみれになって死んだはずの男女は無傷で、糞どころか服に汚れひとつない。
「反撃。いっちゃいますか」
「ああ」
男が剣を構える。携帯端末が輝き、人間の形の巨大な炎と氷と水と風と土、光と闇を呼び出す。
女が己が腕を斬りおとし、巨大な蛇の下半身を持った艶やかな女と禍々しい魔物どもを呼び出す。
「行くぜっ!!」
彼は彼らの攻撃に対応する。
彼は。これらを「戦い」とは認識していない。
認識以前に戦いというものを殆ど理解していない。
「神魔の力を以ってこの『世界』の因果律そのものを破壊する」
「了解!」
理解はしていない。だが彼らは『彼』の意思に従う存在ではないことだけは理解した。
思い通りにならぬ。怒りと嘆きをもって『彼』は彼らを攻撃する。
彼等の『出逢い』はこのようなものだった。
守護者DATA 情欲(愛)。
『核』
「始まらなかった物語」
内部世界そのもの。誰も存在しない。生き物すらいない。
『予備』
「無限の愛」この世界を覆う暖かい鼓動音。