明日を信じて
「これは」
女の人があたりを見回しています。
「あんたはっ。ミトラッ?」
男の人が驚いています。
彼は狼狽しながらも近くにあったシーツを渡してくれました。
「と、とりあえず服を着ろ」
頬を染める彼の様子に実は親切な人だなって。
あ、ちょっと嫌な汁ついてる。別に良いけど。
「ミトラ? なんだそれは」
「CD聞いただろ」
「ああ。『古い』ほうか」
あたりをみわたして悲しいような辛いような。
スタジオです。懐かしいです。
領主さんの姿になる直前まで『撮影』していたスタジオです。泣いてそれでも笑って演技して。
いろんな『道具』があります。
使った直後のたくさんのコンドームがあります。
体中が痛いです。たくさんコンドームなしでしました。たくさん泣きました。
まだ脚の付け根。痛いです。あごが痛くて外れそう。まだ目の周りが濡れています。
「あのっ」
二人は私を見ています。
あれは、幻だったのかな?
あの村は。こっちが正しいの?
あれは夢だったの?
「私っ!どんな『お仕事』でもがんばっちゃいます!
どんな撮影だって、どんな内容だって笑ってやれます! もっと使ってください!
だから! だから! あの子達はっ!!
あの子たちは助けてっ!!!」
CDを作る料金とか、劇場確保代とか、興行代とか。そういうのは全部私たちの借金です。
あの子達はそんなことは知りません。知らせたくありません。
「もう。心配しなくて良い」
「ホントですかっ??!!嬉しいっ!!」
裸同然で抱き着いてしまいました。恥ずかしい。
若くてかっこいい男の人は何人も見ました。
この人は見た目と違って若くもカッコよくもない。
なのに暖かくて。優しい人と分かって。
女の人は(´;ω;`)ウゥゥ な私を慰めてくれて。
「もう稼ぐ必要はない」
「ホントッ!!?? 撮影一杯がんばったもんねっ 私えらいっ!」
「もう。終わったのさ」
「ああ。そうだ。お前はよくやった」
「わぁい!」
私の腕、いっぱい傷ついています。
自分でつけちゃったけど、死ななくてよかったなぁ!
「すまん」
二人は剣を持っています。
「ううん。いいよ。でもみんなは助けてね」
私は二人に飛びっきりの笑顔を向けました。
ごと。
頭が痛いっ!
血を噴出している私の身体。あ~もうちょっと綺麗に鍛えておけばよかったか。
うん。最近の生活、ちょっと不摂生だったもん。
意識が薄れていきます。
男の人も女の人も泣いています。
別にいいよ。気にしないから……。
笑って! 笑って! 私が歌ってあげるから!
みんな。大好きだよ。
大好きだよ。だいすきだよ。
ダイスキダ……よ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
討伐守護者DATA
怠惰(友情)守護者……「エンオウ」&「アルフレッド」
【本体】
倒壊したTV局
【核】
「エンオウ」
本名ミトラ。芸名と同名。北欧出身。
少女時代に各地の田舎からアイドルになる夢を抱いて首都に出てきた娘。
さまざまな努力の末、欧米最高のアイドルグループを率いるまでになる。
しかしその成功の裏では多額の借金が動いていたこと、トップアイドルを使った超高額売春に向けての投資に過ぎなかった事実を聞かされて、仲間を護るためリーダーの座を譲りポルノ女優に転身する。
ファンや仲間から裏切り物と蔑まれながらも、ハードな撮影をこなしこちらの方面でも成功を収めるが手元に残るお金はアイドル時代から固定給であり、殆どなかったという。享年26歳。
【役割】
「奴隷を酷使する悪徳領主」……(DATA LOST)
【予備】
「アルフレッド」
本名チナツ。南米出身。
奴隷同然に養子にだされ、歌が上手い事に目をつけられてミトラのグループに加わる。
ミトラを姉と呼んで慕い、それゆえ彼女の脱退を許すことが出来なかった。
後にリーダーを務めるまでに成長するが、自らも同じ運命をたどり、全てを理解する。享年22歳。
【役割】
「悪徳領主に仕える冷酷な執事」
いやだ。……おねえちゃんとせっかく一緒にまた……いやだよ消えたく……
……きえたく
(Please wait……)
……(DATA LOST)
【悪役】
「ガンム」
本名不明。北米出身。作曲家、作詞家。
商才はあるが本職の才能枯れ果て、不祥事を元に芸能界を一度追われた男。
余談だが妻は自分が手をつけた元アイドルである。
田舎から出てきたアイドル志望の少女たちに目をつけ、多額の借金をしながら「田舎の少女が小さな路上から伸し上がるサクセスストーリー」を演出。
売れないCDにイベント参加権をつけてCDの売り上げを演出。
膨れ上がった借金をミトラに押し付け、ポルノ女優に転身させてこちらでも大もうけをする。
飽き足らず「養子」のチナツも「親の言うことを聞かずポルノ女優になった」と話題稼ぎに利用しようとし、なおかつグループ全体を用いた大規模な枕営業を仕掛けて大もうけをする。享年57歳。
【役割】
「奴隷商人組合の長」……(DATA LOST)
討伐守護者一覧。
暴食(人権)傲慢(平等)自由(嫉妬)強欲(弱者)憤怒(正義)怠惰(友情)
残り……壱体。
【ミトラの記憶データより】
お金の換わりに石が投げられる。
幼い友達に当たりそうになる。とっさにかばった。
背中は痛かったけど。彼女の身体が温かかった。
小さな劇場。数人しかいない観客。心を込めて踊り、歌う。まばらな拍手。
田舎から集まった私たちは国一番のアイドルになることを目標にがんばってきた。
TVはおろか劇場すら借りられない。プロデューサーさんが必死で営業してくださっている。
私たちもがんばるのです!
暇なんかなかった。必死で歌と踊り、演劇のお勉強。寝るときすら夢の中で泣きながらレッスンしていた。
歌を聴いてくれた人、CDを買ってくれた人は残らず握手した。
胸を触られた。
脚を触られた。
汚物をぶつけられた。
涙を流す幼い友達を元気付けるために故郷の歌を歌ったが失敗した。
「故郷に帰りたい」
泣く彼女を誰が止められよう。
私は彼女たちを抱いて泣いた。
やがて、小さな劇場を借りられるようになった。
私たちのご飯は少し改善した。
「ミトラお姉ちゃん。お姉ちゃんも食べなきゃダメ」
彼女はプロデューサーさんの養女だ。でも寝起きは私たちと一緒。いつも寂しい寂しいと泣いていた。
「チナツ。みんな。私はプロデューサーさんにご飯奢ってもらっちゃった! あげるよ!」
「ずる~い!」
「そう思うなら私のように練習しなさい」
そういうと彼女たちはニッコリ笑った。
『うん!!』
大嘘だ。ああ。粗末なご飯だけど食べたかった。
やがて、大きな劇場を借りることが出来るようになってきた。
だけど。
「お客さん、七人しかいなかったね」
「うん」
前途多難だ。
でもね。
「こんな私たちでも見に来てくれたお客さんが七人もいたのよ? ベースボールでいえばラッキーセブンじゃない!」
『そうだね! ミトラ!』
がんばろう。もっと楽しい踊りと歌を見せよう。
CDが売れるようになってきた。評判はというと。
「内容がない」「下手だ」「イベント参加権目当ての商売上手」
プロデューサーさんは「売れているってことは聞いている人が多いことだ。つまり一番の歌だ」っていってくれますが。
「あのお客さん、50枚も買って行ったね」
「うん……」
「1000枚買ったって人もいたって」
「うそ……」
「恋人が出来たの」
はにかむ幼い友達。拍手するみんな。
彼女は引退した。週刊誌で批判され、イベントでファンの皆さんに罵声を浴びせられて。
その後は会っていない。連絡も取れない。
そろそろおかしいなって思い出していた。でも口には出せなかった。怖くなってきた。
TVに出れるようになった。引退した彼女が見ていると思って、世界のどこかにいると心を込めて歌った。
その後メールが来た。
「いつも見ている。これ以上一緒にはいれないけど」
彼女からのメールはこれが最後だった。
TVに出ることができるようになったのは彼女のお陰だと思ってがんばることにした。
がんばって。がんばって。
映画に出た。演技を酷評された。
「またあいつらか」
そういわれた。
やがて、私たちを扱ったドキュメンタリー映画が公開された。芸能人じゃない友達は見たことがないと言っていたけど、チケットはかなり売れたらしい。
自分で見てみるとよく出来ていた。いつの間に撮っていたのかな。プロデューサーさんありがとう。
やがて国一番のアイドルになった。お客さんも満員になってきた。
でも陰謀だとか商売上手だとか言われてしまう。難しいね。
「なんですって」
私たちは欧州一、いや欧米一のアイドルになったと思っていた。でも。
「今までの費用は私たちの借金。なのですか」
「そういう契約だったろう」
お小遣い程度の固定給。故郷を離れての生活費すら借金だった。
「嘘でしょ」
「お前らみたいなガキの歌や踊りを大もうけできるコンテンツに育てあげたのは私だ」
その総額は……。
「どうすれば」
「勿論、身体で払えばいい」
身体で。政治家や大金持ちの人の娼婦になれと。
「そのために貴様らに学校まで通わせたからな」
「ソロバン、楽しく教えてくれたじゃないですか」
東洋の手動計算機は「何か特技があったほうがいい。人気が出るから」と彼が教えてくれたものだった。
「だから?」
今まで暖かい目をしていた彼。
その目は愛情の目ではなく。
これから食べるモノを見る目だった。
私には。見る目がなかった。
「私が、私が払います。だから、あの子達は」
「そういってくれるとおもったよ」
プロデューサーさんはニッコリ笑いました。
アイツのお陰でTVに出ることが出来るようになった。お前のお陰で更に上を目指せそうだ。
そういうと彼は微笑みました。
「あいつって」
「あいつだ。あいつ。名前なんか覚えていない。テレビ局の連中に売ってからは知らん。クスリ漬けにしてしまったからな。ヤクザにでも股を開いているかもしれんが、もう不要だ」
叫びたかった。
大声を上げて泣いて。
この細い腕で彼を殴りたかった。
でもわたしたちがアイドルになれたのは。
わたしたちがみんなに笑顔を届けるためなら。
がんばります。
がんばって。がんばって。
あの子たちの為に。
私たちは田舎をでてきてから、明日を信じて生きてきました。
今日も。明日も。これまでも。これからも。
---
花が散るように雪が降る。『守護者』エンオウは滅びた。
「何かわかったか」
美貌の魔王。沙玖夜は呟く。その瞳には涙。エンオウは哀れな奴だった。エンオウをかばって内部世界の奴隷達は皆、身を盾にしてでも彼女を護ろうとした。
「ああ。今まで討った『守護者』や『予備』『悪役』どもの名前と生前の経緯がわかったぜ」
ははは。俺様は笑った。
雪を掴んで空に投げる。
雪が舞った。
「『守護者』はよ。
みーんな! 未来を信じて一所懸命生きた人々だったっぜ!」
腕を、脚を切り取られ、犯され続けても。
悪党のプロデューサーに食いものにされても。
殺されかけたのに自殺未遂にされてしまっても。
放射能汚染に犯されて妻を失い、全てを失っても。
不良品の血液製剤によって自らの子供を作れない身体にされても。
「メイっ! ウォルフッ! わかったよっ! 全部なっ! 全部! 俺がクソだって。最初からわかっていたよ!」
そうだ。だれが好き好んでレジスタンスなんて率いる。あのまま何事もなく、機械生物など現れず、結婚していたらあのふたリは幸せだった。
「エンオウは『ミトラ』か。確か高名なあいどる? のリーダーだったという話だが」
「あっははっ。あの引退にはああいう理由があったんだなっ!! 知らなかったぜッ。知らなかったぜッ!
……死ねっ死ねっ!
みんな死んでしまえっ! 俺様なんて死ねっ!
はははっ! 死んでよし! 逝って良いぞっ!
ってか、俺以外み~んな!
み~んな……ニンゲンなんて……。
……人類なんて……死んじまってるけどな」
雪の中大笑いする俺様。無言で佇む沙玖夜。
「人間なんて死ねっ! 滅んでしまえっ! 俺は死ぬっ! もう死んでいいっ! あははっ!」
……クソだ。この世も。俺様もクソだ。わかっていたけどクソだっ!!
「何故泣く」
沙玖夜は冷たい目を向けている。
「あはははっ。お笑い種だなっ。
逃げていたっ!? 仮想世界に逃げていたっ?!
俺だってかわんねぇ!!!
みんな死んでいる世界なら、『世界一の勇者』だよなっ! お笑い種だっ!」
「私は。笑わない」
沙九夜は雪を手に取り、暖かい息吹で遠くに飛ばした。
「醜いからこそ人の心は輝く。つまらないからこそこの世は楽しい。誰かがいるからこそ、この世は寂しい。
だが、一人で生きたいとは私はもう思わない」
雪のようにそのほほえみは儚く。
野辺に咲く花より涙に濡れたその瞳は強い。
俺は彼女の瞳を知っている。
「ダイチ。私はお前の醜いところはいくらでも見ている。全て知っているぞ?
だが、それでも。私はお前が好きなようだ」
はははっ。本当か。こんなクズがっ。こんなクソな奴がっ! 自分のためだけにデータとはいえ世界中の人間を殺して回って!
……無辜の人々を何十億単位で殺してっ!
「笑っていいぞ」
膝を落とす俺。首を振る沙玖夜。
「笑えよ」
「無理だ」
お前は被害者だ。彼女はそう言った。だが。
「いや、俺の意思だ。俺の意地だ。俺の我侭だ。お前のためなんかじゃあなかった。前言撤回する」
「そうか」
「だから、ここでおしまいだ」
「……」
そっと手が伸ばされる。
「一緒に死ぬか」
それは。
躊躇いがちに答える。
「その情報は。魔王を滅ぼす情報だけは。
……なかった。すまない。役に立てなくて」
「そうか。やはりな」
「最後の守護者も持っていないかも知れんな」
「だろうな」
「死ぬなら。一人で死んでいい。よくやった」
ああ。そう思う。悪いなっ!
沙玖夜! 全部お前のお陰だっ!
悪い意味じゃない。むしろ感謝しているって意味だからな! ああ。楽しかったよ! 凄く、凄く感謝している!
剣を抜いて腹に当てる。
寒いのか? 怖いのか? 今更なんなのだっ?!
ガタガタと震える身体は核の冬の寒さによるわけではない。情けない。情けなさすぎる。
「悪い。死に損ねたら」
「介錯してやろう」
よくわかっている。
「早く。死ね」
「ああ」
「さっさと死ね」
「うん」
「……いい加減飽きた。死んでいいぞ」
「あははっ」
俺は剣を放り投げた。
埃舞う大地に寝転がり、苦笑いする。
「無理だな。やっぱ」
「そうか」
「人のせいにしていいかい」
ニヤリと沙九夜に微笑む。
「人? お前以外にいたか。私は人間ではない」
すっとぼけやがった。沙九夜は微笑んでいる。
「お前を残して、何年も何千年もお前一人には出来ん」
「男の癖に女の所為にするとは酷い奴だ」
そうさ。『俺さま』は最低な男なんだからな。
「いくか」
「当たり前だ」
お互いの手を握る。その手のひらが温かい。
「やっぱ、ここはアメリカンな映画のようにお互いの身体を激しく温めあう必要が」
「いい加減懲りろ」
おもいっきり足を踏まれた。
バイクがエンジン音を鳴らし、俺達を待っている。旅はあと少し。あと少しで終わる。
「結婚しよう。って言ったら」
「豚と結婚する人間はいないといわなかったか」
微笑む沙玖夜。
「じゃ、豚でも魔王でもいいぜ」
「ははは。考えておこう」
ふざける俺さま。
「いい返事、期待しているからな」
「婚前交渉は禁止する」
沙九夜は澄まして答えた。
バイクにまたがる。雪が止んでいる。
「お前はケチだ。魔王の癖に小さい奴め」
「常識だろう。あと、私のほうが上背は少し」
またいつものやり取りを。
「おい?! 沙玖夜!! アレを!!?」
「??!」
それは小さくも暴風に抗い、埃の臭いに抗いながら香りを放ち、優しく咲き誇って。
「花だ」
「莫迦な。存在しているはずがない」
白くて、小さくて優しげな花。
「お前が生み出したのか」
「心当たりがない」
ガイガーカウンターを見る。
前々から不思議に思っていたことをつぶやく。
今日は一段と。
「放射能反応が激減している」
「そうだな。大気の毒素も減っている」
「昔、壊れたビットを池に捨てたことがあったんだが、池が綺麗になった覚えがある」
「……」
「不思議だな」
「必然かも知れぬ。ダイチ。お前、以前、『全ての存在は不老不死』と言っていたな」
「ああ。よく覚えているな」
「では、私は何のために生まれたのだろう」
「お前ほど非科学的な奴は珍しいものな」
少し考えて答えをだす。俺さまらしい答えを。
「ヒドラって言う原生生物は不老長寿に相当するが知能がないそうな」
「興味深いな」
「つまり、もう少し阿呆になれば幸せってこった」
「お前に深い考察を求めた私が愚かだった」
でも、俺さまらしいだろ。お前は笑った。それが答えさ。
「行こう」
バイクを発進させる。
「ああ」
沙九夜は振り返って花を見る。
「摘みたいか」
女はみんな花が好きだというが。
「まさか」
彼女は微笑んだ。
「行こう」
「ああ」
俺達は進む。一輪の小さな花を残して。
散っていった人々の記憶を胸に。