突然だが人類は滅亡した
突然だが人類は滅亡した。
理由? 知るか。俺の日常を返せ。
我が祖国である日本が意外と早く滅びたのはまぁわからんでもない。いろいろアレでソレな国だったし。
今となっては俺にはどれが原因だったのかもわからないし、俺の知らない原因かもしれない。
『一発だけなら誤射』
核ミサイルくらい迎撃しろ。
ほかの国だが右から左にマネーゲームで金が流せないからと戦争ごっこで通貨危機。
ついでに貧民に食いものじゃなくて武器を売りつけて戦いを呷って金を搾り取ってりゃいつか破綻するし憎み憎まれてテロの連鎖も起きるかもしれない。
最終的に自称人工衛星だか核ミサイルだか判らんものが国々をガンガン飛び交い、あっという間に核の冬が到来。その上、『アレ』の所為で人類はことごとく滅ぶハメになった。
だからといって俺が死んだわけではない。
まったくもって不幸な話だ。なんで俺だけ生き延びたのだか。何処にでもいる貧相なサラリーマン一家の小せがれの俺が人類最後の生き残り。生き残りだの世界の未来だのというお話は、後ろの安全なところで呷りまくって、呷られた愚かな貧民の争う姿をみて儲ける金持ち富裕層の皆様が行う高貴な仕事であるべきである(スイーツw)。
あ、コレ嫌味な。
さて、おれのヘイトを一身に浴びるべき金持ち連中は自動的に飯を作るシステムかなんかに不調があったのか、一〇年もたたないうちに全滅したっぽい。
そういうわけで確認できる限り人間はこの世に俺しかいないってことになる。
俺?
俺の名前は『遥 大地』。
知っている限りこの地球上で唯一の人間である。
唐突だが俺さまは世界征服に成功した。
なんということだ。
かのヒトラーもスターリンもアレクサンダーも、ローマ帝国でさえ成し遂げられなかった偉業である。
福祉、思想、軍事力、政治力で派を競った彼らすら世界征服まではできなかった。
長期の国体としては俺さまの母国である日本でさえ千年や弐千年ちょっともったくらいでしかない。そんなもんエチオピア様には負ける実績であろう。
しかし俺さまは人類を統一したのである。讃えろ。
現在、俺さまは人類で一番強い。
一言で言えばチャンピオンだ。
拳を振れば空を切り、蹴りを放てば腰の上まで上がる。
何故か拾った刀を振れば高校の体育で習得した剣道一級の腕前が冴える。
漫画と映画と知り合いの同情(道場ではない)で覚えた抜刀術も冴え渡るのだ。
強さだけではない。学力だって凄い。
普通高校をたった三年で卒業した。
小中高と一回も留年してないし、欠点なんざ英語くらいだが、あいつら英語圏の連中は全滅済みなので必要ない。それでも一応実践で身につけたのである程度の意思疎通程度ならこなせるくらいには習熟している。
人格面で言ったとしても、俺さま以上に温厚かつ理知的で優しさと強さをもかねそろえた素晴らしい男は他にいないと断言できる。
まさに心技体がそろった完璧なチート主人公。それが俺さまなのだ。
まぁ目下の問題点はその力を発揮する相手。つまり他の人間がまったくいないって事実。そして武器があっても狩る獲物すら既に絶滅し、更に難点を挙げるならば残りわずかな食料も尽きたってことだな。
あ。手が滑った。
小便を濾過したペットボトルがこぼれた。水もなくした。どうしよう。
人類が滅ぶ寸前まで『なくなるなくなる詐欺』をやっていた石油の缶がまだあるのが皮肉といえる。
とにもかくにも。
俺さまは最強無敵な帝王にして勇者にして人格者なのである。
さて。目下の問題を改めて。
飯がない。
もう一度確認。
飯が無い。
くうと腹がなるどころではない。
鼻は核の冬の寒さと乾燥にて干からび、喉は涸れ力尽きつつある現状。天下無敵の俺さまもこれは困る。なんせ獣すらここ二年確認できていない。
今まで放射能まみれの保存食を適当に調達していたが放射能障害で死ぬより早く天命を迎えることができそうだ。餓死ともいう。
腹が減ってはなんとやら。ゲームだって移植足りてハードを選ぶ。
山道を駆け、村を探す。
今までは石油と引き換えに生き残りたちから食料をねだればよかった。
「……また全滅か」
頼みの綱だった最後の集落が全滅していることを改めて確認した。もはや草木すらこの地上に生存していないようだ。菌類はわからないが。核の冬が地球上を覆い尽くし、白い息を吐くのはここ数年俺さましかいない。都市部は壊滅していても山間部の限界集落には老人が生き残っていたのは少し前までだ。
端末のGPSを見る限り、地球上には既に生き残りらしい影はない。
携帯端末のツイッターのようなものを見る限り、助けを求める連絡は絶えて久しい。
バイクから飛び降り、田舎の蔵のようなものを荒らしてみたが、干からびた死体しかない。
おそらくこの家の住人か、食料を奪いに来てそのまま飢え死にした奴の死体だろう。もうなれた。
適当にひっつかんだ水差しに水が入ってないか調べるがすえた油の臭いだけ。
ああ。もう。自棄を起こして水差しもどきを投げ捨てそうになる。八つ当たりにもほどがある。
自嘲しつつその水差しを眺めていると妙なデザインをしていることに気付いた。どこか見覚えがある。
あ。そうだ。童話だ。いつぞや見た童話の挿絵ににている。
童話に出てきた魔法のランプそっくりなそれ。
意味もなくそれを磨き始めた俺さま。
途中で馬鹿らしくなり放り投げた。
ランプから謎の煙がもわもわと漂いだしたがホコリか何かだろう。
よし。やることがないからゲームでもやっておこう。
腰から適当に携帯端末を取り出すとメガネ(視力1.5だが)の横のボタンを押す。人類は滅びやがったが、滅んだ祖国が残した電力供給衛星兼スパイ衛星はまだ生きているらしい。
VRシステムが機動。メガネの内部に和風の部屋が現れ、古臭いゲームハードが次々虚空に現れては消える。
尻や干からびた手のひらにカサカサと伝わる畳の部屋。木造住宅特有の香り。食べても太らないし美味しいが腹が膨れるわけではないせんべいを齧りつつ。
「パックマンでもやるか」
まぁ空腹は辛いが俺さまが死んでも誰も困らん。
ならばゲームでもやって快楽を追求し現実逃避しても問題はない。そういう意味では。
「あ~あ。女の一人でも生きてねぇかなぁ」
この際ババアでかまわん。
今ならおふくろだって抱ける。
そうぼやいている間に俺さまのパックマンはモンスターに食われて死んだ。スィーツ(笑)。
その時だった。
俺さまは久しく聞いていなかった音を耳にしたのだ。
「女がなんだと?」
音じゃない。これは声。そんなばかな。
今一瞬、女の声が聴こえましたが?
俺さまはメガネを外す。メガネの内側の映像なら消えるはずだが。目の前にいるそれは。
不思議そうな顔をした女だった。
上背は167くらいでわずかに俺さまより高いが脚が恐ろしく長いので小柄に見える。
久々に嗅ぐ女の芳香に思わず喉を鳴らす。
俺さまは自分が空腹だったことを今更思い出した。
「……俺、ヴァーチャルRPGなんてやっていたっけ?」
「なんだそれは?」
そしてなんというか。爆乳。前を向いて俺さまのほうを見ているのにはっきり判るほど腰が張っている。つまり尻がでかい。その両方の所為で極端にくびれて見える腹だが、筋肉と脂肪が程よくついていて触り心地よさそうだ。
その顔と身体には一面刺青だかペイントだか判らない紋様があり、ビキニっぽい服の上に透けたぶかぶかの薄絹のシャツとズボンという服装はベリーダンサーを思わせる。
「おしっ!メスみつけたっ!!!」
早速押し倒しにかかった俺さま。しかし。
『がん』
激しい衝撃に激痛と目眩。
今更自覚する極度の空腹と渇き。
女の眼前で俺さまの動きは止まった。
「なにをする気だ」
「ナニをする気に決まっているだろっ?!!」
女に触れようとする俺さまだがまったく触れることができない。何じゃこりゃ??!!
女は一瞬戸惑っていたようだが必死でバリヤーのような不可視の壁にとりつく俺さまを見る目が少しずつ冷たいものへと変わっていく。勿論俺さまはそれどころではないのだが。
「バ、バリヤーかっ!!?? バリヤーだなっ??」
「……女人結界だが」
なんじゃそりゃ。
「つまり、バリヤーか」
「そう思っておけ」
呆れる女は面倒くさそうにしている。
俺さまは地べたに座り込み、食うものもないので適当に土を口に放り込んで噛んでみる。当然不味い。ぺっ。
「何をしているのだ」
「この二年、まともな食料を食べていない」
そうか。女はそうつぶやくとどこからともなくビーフジャーキーのようなものをとりだし、無言でそれをくれた。
「ありがたい。感謝する」
「ふん」
くちゃくちゃ。
ひさしぶりのまともな肉だ。
唾液を何度も口の中で回して旨みを確認する。
弱った歯にこびりつく硬い感触も残りわずかとその柔らかさが告げている。
必死でその旨みを堪能し、喉の奥の渇きを涸れた唾で飲み干そうとしていると女が水もくれた。ありがたい。
「二年ぶりに人間を見たぜ」
「人間……?」
女は不思議そうにしている。
それより、人類が二人いる。これは結論ひとつ。
「よし、早速子作りだな。バリヤーを解除しろ」
はやくはやく!
そんな俺さまに彼女はつれなかった。
「何故貴様と子を成さねばならんのか説明しろ」
説明? その必要はない!
もう、ガマンデキナイ!
どこぞのドックフードのCMじゃないが激しくジャンプで女に迫る。
「ふ~じこちゃわあぁぁんっっ??!」
上着だけ脱いで飛び掛る俺さま。
「ひっ?!」
女はびびった顔をしたが。
『ガン』
空中で静止し、ずるずるとずり落ちる俺さま。
激痛と衰弱で意識が薄れていく中。「学習しろ」女の声だけははっきり聞こえた。
目が覚める。今までは幻か夢か。
そう思ったら女の姿が見えた。
女は一定の距離をとろうとするが俺さまは無視。
目覚めた俺さまは今までの孤独を埋めるべく話しかけ続けた。
「まさか他に生き残りがいるとはなぁ」
「……」
「あんた。なんて名前だ? 俺、遥 大地っていうんだが」
「……」
「さっきから俺だけしゃべってね?」
「……」
妙に黙っている女。どうやら俺さまの魅力に悩殺されたようだな。ふぅ。イケメンは辛いね。
「ああ。判ったぞ。俺さまがあまりにもイケメンすぎて」
「……」
無視なのか。にしても俺の前を去らないのだから。
「まぁはじめは痛いかも知れんが、すぐに良くなる」
「……いい加減にしろ」
「すいません」
謝ってみた。女は満足したようだ。
意外とひねくれた性格ではないらしい。
しかし変な女だ。こんな廃村にただひとり。前にはいなかったぞ。爺どもめ。
「しかし、もう人間は俺さま以外皆死んだとおもったぜ」
廃屋のほうからシケモクを見つけて吸ってみるも香りも味もあったもんじゃない。げほげほ。不味すぎ。
そんな俺さまの様子に不思議そうにしている女。
シケモクを薦めてみると嫌そうに顔を背けて呟く。
「そのとおりだが?」
まぁ、奇妙な女だが、生き残りがいただけでもありがたい。差はこれから埋めればいいし。
「だが、俺さまたちはまだ生きている」
「そうだな」
「とりあえず。男二人、娘一人からはじめるか」
「どうしてそうなる」
「いや、それだとあぶれるな。
女は多いに越したことがない。後で禁断の世界を楽しめるし!」
人類を増やすために必要な措置なのだ。許せ未来の娘よっ!
一人盛り上がる俺さまに女は軽くため息。
「私には生殖能力はない。願い事を言うなら他にしてくれ」
は、はあ。
未だ宵ながら 松立てる門は一様に鎖籠めて、真直ぐに長く東より西に横はれる大道は掃きたるやうに物の影を留めず、いと寂しく往来の絶えたる廃村にて俺と沙玖夜は出会った。
「……生殖能力がない?」
意味不明。
俺は呆けたような顔をする。
「そうだ」
女は返答する。
「よって、無意味な願いの使用は推奨しかねる」
軽く腰に片手を当て、唇に反対の腕の指を伸ばす。指を舐めるしぐさが恐ろしく色っぽい。
「意味はあるっ??!! 中だしし放題じゃないですかっ?!」
「ひぃ?!」
ガン。
「……いい加減学習しろ」
「はい……」
女人結界というバリヤーは女性以外の生物の侵入を防ぐという恐ろしいものらしい。忌々しすぎる。
「つまり、その身体で」
長身のお陰で爆乳。
それでいてそそりたつ美乳でもある。
手足の長さ綺麗さむちむち具合もよいがなにより腹がよい。脂肪むっちむちなのに超絶クビレ、適度に透けて見える腹筋! 触り心地とエロさ見た目、健康美。
全てを! 全てを! 男が望む全てをっ!!! 完璧に! 完璧にっ! 備えている!
がん。
「だから学習しろと言った」
「すいません」
「あんた。処女?」
「ッぅぅ!!!!」
図星か。耳がほのかに赤い。
「実に嘆かわしいっ!!! これほどの美女が男を知らぬとはっ!! 男として、人類として許しがたい罪悪だっ!!!」
俺ならあんなことやらこんなことやらそんなことやらそれこそ枯れるまで朝から晩までついでに一日七回はがんばってしまうだろう!
そういって天を仰ぎ、神の悪事を呪う俺に冷静な声が聴こえてくる。
「少なくとも、私の知る『男』はロクな連中ではなかったな」
目の前にいる奴のように。
と聴こえた気もするが無視する。
「ではハニー。早速俺さまが素晴らしい夜を保障してやろうではないか」
「死ね」
ここに薔薇でものこっていたら歯に挟んでポーズを決めるところだが、生憎薔薇どころか植物もこの世には残っていない。
「2000年も待って、最後の生き残りの人間がこんな奴だったとは」
女のため息はとまらない。そして謎のことを聞いてくる。
「どんな願いでも三つ叶えてやると言われたらどうする?」
「ヤラセロ」
「断る。生殖の観点から無意味だ」
なんだそれは。どんな願いでもいけるといっただろう。
「結婚してくれ」
「犬や同性と結婚する人間もいるそうだが、生殖の観点からは基本的にありえない選択肢だろう?」
今お前は各種団体を敵に回したぞ。もう絶滅したが。
ひとつわかったことは、女の返答のすべてが俺さまの期待からことごとく外れているという事実だ。
苛立ち紛れに女に告げる。
「じゃ、いらねぇよ。どっか行け。死ね。消えろ」
女は驚いた顔をした。怒ったわけではない。繰り返すが驚いたような顔だ。
青くなったり、赤くなったり、驚いたり、喜んだようになったり。
「……今。なんと言った?」
なんか不味いことでも言ったのか? 真剣な瞳で俺を見てくる。
だが、俺さまはかなり機嫌が悪くなっていた。
その身体を見せられて手も触れられないなんて俺はお預け食った犬じゃねぇ。
「いらねぇ。どっか行け。死ね」
「……」
女は少し震えている。やべっ? 泣かせてしまったか?
「そ、それは……。『願いなど叶えてもらわなくてよい』とか、『自由になっていい』とか『死んでほしい』と解釈して……よいのか?」
「お、おう」
戸惑う俺さまに赤い瞳で詰め寄る女。まてっ! それ以上近づくなッ! 胸があたる!!!
ガン。
「デスヨネ~」
ニョニンケッカイって奴の破壊力は絶大。
気絶した俺を誰かが優しく抱きしめた気がした。
目を覚ました俺の額に冷たい濡れタオルが乗っている。
というか、額どころか顔全体っ! 死ぬっ??!! 死ぬっ!! 殺す気だろうっ!!??
慌てて飛び起きた俺にクスクスと笑う女。こうしてみると可愛い。
「私の名前は『沙玖夜』。魔王だ」
頭おかしいのか? この女。魔王? 魔王って?
「お、お前の願い……確かに叶えてやるからな」
なにもじもじしているんだ。トイレか?
「その前にトイレいけよ。もじもじしているじゃねぇか。見苦しい」
「違うっ!!?」
一瞬むきになった女は速やかに表情を改めた。
「遂に。やっと」
女改め、沙玖夜は涙を浮かべている。
「私は死ねる。私は自由になれる。そして…遂に出会えた。私を殺してくれる人間に」
はいィ?!! なにこの変態女っ? 頭おかしいだろっ!!
「私は正気だ」
「狂気な奴ほどそういう。一度精神科をお勧めする」
「既に人類は滅びている」
「そういえばそうだった」
こまった俺さま。
ほほ笑む彼女。ちくしょう。かわいいじゃないか。
あまった燃料をバイクに放り込んで荷物を満載していたサイドカーから連れを乗せるには不要になった諸々を捨てる。
「なんだこれは」
「……聞くな。男の浪漫だ」
しげしげと円筒形のモノの臭いを嗅いでいた彼女は忌々しそうにそれを投げ捨てた。
さらば。人類が遺した物理的なコレクションたちよ。
「乗るか」
「嫌だと言いたいが、拒否できる状況とも言えないな」
女はすっとそのしなやかな身体をサイドカーに預ける。
「へえ」
「……?」
俺さまは『バイク』の反応を愉しむ。
バイクは『機嫌よさそうなエンジンの音』を鳴らして彼女を歓迎。
愛しそうにサイドカーの端を撫でまわす彼女。
「仲良くやってくれ。初めてだよ」
「よろしく」
案外、楽しい旅になりそうだ。
こうして、俺さまは死にたがりの魔王を滅ぼすもの。
いわゆる『勇者』として旅立つことになったのだった。
神でも悪魔でも殺せぬ魔王は『勇者』によってのみ死ねるという伝説を信じて。
それから二年。
俺はいまだ彼女を殺せる手段を持たない。
俺たちは旅する。
魔王を滅ぼす方法を求めて。
彼女が死ねるその場所を求めて。
人類は滅亡しやがりました。
人類は滅亡しやがりました。
今、一人の男と、一人の魔王の旅がはじまった。