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始まり

 

 私はどこにでもいる普通の高校生だった。

 普通に学校に行って授業を受けて、放課後は友達と喋ったり、部活がある日は部活に行ったりして、土日は家でごろごろして過ごしたり、ショッピングに行ったり、そんな日がずっと続くものだと思ってた。あの日までは……




 


 私は突然異世界に勇者として召喚された。何か特殊な力があるわけでもなく、頭がいいわけでも運動神経がいいわけでもないのに召喚された。普通に17年生きてきた私は、異世界に来たこと、勇者だということが信じられなかった。


 召喚の影響か最初はぼーと辺りを眺めていた私の周りには十数人の人がいて、その人達は私を値踏みするように見いて、何かぼそぼそと話していた。そして、その中で一番豪華な衣装で悪趣味な程宝石をじゃらじゃら着けた人を見下した眼をしている太った不細工な男が、近くにいる根性がひん曲がってそうな顔をした男に部屋全体に響く音量で、私がホントに勇者なのか確認した。そして、そうだと男が肯定するとそいつは私に魔王を倒すように命令してきた。まるで、私が自分の命令を聞くのが当然のように……


 怒りが湧いた。勝手に召喚して、謝罪も説明もなしに行き成り命令して、何様だ!ってね。私は考えるより先に思いっ切りそいつらを罵った。ふざけんなっ!!って、家に元の世界に帰してって…… そしたら脇に控えてたらしい兵士に、腕を捻られて背中と頭を床に抑え付けられた。罵ったそいつらはその国の王と宰相だったみたいで不敬で抑えられた。

 で、床に這わされた私をみて馬鹿にするように笑って、魔王を倒したら帰してやると、上から目線で云った。

 納得できるはずもなく抵抗すると牢屋に入れられた。私は、泣くこともできなかった。その日から、拷問じみたものが始まった。何日か、もう時間の感覚がなくなるころとうとう私は魔王を倒すこと承諾した。


 もう何もかもどうでもよくなっていた。自分が今何を感じているのか、考えているのか、自分のことなのに自分のこととして認めることができなくなっていた。この時、私は一回死んだと思う。


 私の世話係の侍女達はそんな私を人形のように、心がない魔王を倒すための道具のように扱った。話しかけてくることもなかったし、どうどうと悪態を吐く者やさぼる者もいた。護衛に付いた兵士達は守るというより、四六時中私が逃げ出さないか、逆らわないかどうかを監視していた。


 そんな私のことを城の中で心から気遣ってくれるのは、精霊達だけだった。彼らは何も応えない私に根気よく話し掛けてくれた。この世界の歌を歌ってくれたり、小さな可愛い花や木の実を届けたりしてくれた。


 魔王を倒すための武器や旅に必要な物の準備などで半年が経ち、とうとう私は出発した。勇者の私と私の世話係の奴隷の少女一人と、私が途中で逃げないように見張る騎士と兵士が数人だけで、何とも心もとない魔王討伐隊だった。王達は私が失敗してもまた新たな勇者を呼び出せばいいと考えていたんだと思う。


 私達は魔王がいる北の荒野に旅だった。この道中で初めて私は命を奪うことの罪の重さ、命の尊さを知った。今まで生きていた、暖かかったのが急速に冷たくなっていくのは何も感じなくなっていても堪えるもので、精霊達が傍にいてくれなかったら耐えられなったと思う。


 そんな道中で私は大切な人と出会った。

 彼は隣国の軍事大国の皇太子だった。彼の国は異世界から勇者を召喚するのを反対していたらしく、召喚を阻止できなくてすまない、この世界のことに巻き込んでしまってすまないと、彼と彼の部下達は頭を下げて謝った。

 

 彼らの眼には偽りはなく、心の底から謝っていること悔やんでいることがわかった。


 そう、私はわかった… 感じることができた……


 最初、私は自分が涙が流れてることに気が付かなくて、彼に抱きしめられて彼の服が濡れていくのを見て自分の眼から涙が流れていることに気が付いた。止めることができなかった。そして、私はこの世界に召喚されてから初めて人に縋りついて抱きしめられて、心を閉じ込めることで今まで封じ込めていた不安や悔しさ、悲しみをすべて吐き出すように泣いた。


 彼は私が泣いてる間ずっと抱きしめてくれて頭を撫でてくれて、彼の服を握ったまま泣き疲れて寝てしまった私を無理やり剥がすことはしないで一緒に寝てくれた。次の日の朝の起きた時に彼の顔が近くにあった驚きと、その後の羞恥心は凄かった。


 私は感情を取り戻すことができた。

 私はやっと精霊達の好意を感じることができて、笑顔で答えることができるようになった。


 それからずっと彼らと行動を共にした。移動も休憩も食事も私を召喚した国の人達の方に行かずに。

 彼らは自分の国のこと、今までした面白い失敗や体験、恥ずかしい出来事など色々話してくれた。


 私はたくさん笑った。この世界で初めて感じた幸せな時間だった。でも、幸せな時間はいとも簡単に壊されることも知っていた…… 


 だけど、彼らと過ごす時間はそのこと忘れてしまう程幸せな時間で、ずっと続いて欲しいと望んでしまうものだった…… 忘れてはいけなかったのに、油断してはいけなかったのにっ…






 旅立ってから一年が過ぎた頃、私達は魔王を倒すことはできなかったが封じることに成功した。

 


 

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