四、呪詛同好会
第四章 呪詛同好会
あちこちの『うわさ』を実証して回る二人組がいる。呪詛同好会の青年だった。
大学二年生のふたりは、いつも一緒に、奇怪な噂を探してきては、それを実証する日々を送っていた。
最初は彼がこの同好会を立ち上げた。立ち上げにあたり与えられた条件はひとつ、同好会のメンバーをふたり以上集めること。
「聡って本当にこの手の話好きだよな」
大学の講義も終わり、家庭科室に集まったのは聡とその友人――渡である。渡はどうしてもと懇願される形で呪詛同好会に入部した。今はまだ同好会であるが、いずれ部活への格上げを聡はもくろんでいる。そのためには面白いネタが欲しい。
聡が本日持ち寄ったネタは、そんな聡の思いをかなえるには十分なものである。
「なになに。『呪詛るん』? ってこれ、昔からあるアプリよな?」
渡が興味深そうに聡の携帯を覗き込む。すでに聡の携帯にはそのアプリがインストールされており、あらかたの説明も読み終えた状態であった。
呪詛るんの使い方。
呪いたい人間の個人情報を、なるべく詳しく入手する。本人のプライベートに近ければ近いほど呪いの力は強力になる。
個人の呪詛力の強さによって呪詛が発動するまでの期間は様々。最低一カ月は続けなければ効力は発揮されない。
呪詛るんを使えば使うほど呪詛力がアップして、自然と呪詛発動までの期間が短くなっていく。
聡が見つけ出した情報は今のところこの三つだ。
渡は「ふうん」と興味深げにうなった。
「これ、誰で実証するん?」
「俺もそれはまだ決めかねてて」
肝心のところを渡が訊くと、聡は腕を組んでうんうんと考え出す。
確かに『それっぽい』雰囲気がこのアプリにはある。しかし、実証できなければ意味がない。
「でも、言ってこのアプリ、ひとを殺すほどの呪いはできないっぽいし。適当に科学の教授辺り、書いてみる?」
「ああ、あの。くそまじめすぎるよな、あの教授。みんな言ってる、アイツなんかいなくなればって」
「はは、だよな~。アイツほんとうぜえ」
ケタケタと軽い調子で話が進む。自分たちに呪いをかけてみるという選択肢はない。なぜなら彼らは少なからず呪詛を信じているからだ。だから、万が一にも自分たちになにかがあったらと考えて、他人に呪詛をかけることにした。
ほんの軽い気持ちで、彼らは科学の教授に呪いをかけたのだ。
その日の丑三つ時、さっそくふたりは夜中に通話アプリを開いて、画面を共有しながら丑の刻参りをした。本来丑の刻参りはひとりでするもので、誰かに見られたら効力をなくしてしまう。
だからこそ、聡と渡はふたりで呪詛るんを使ったのだ。本当に科学の教授を呪うつもりなんて毛頭ない。単純にスリルが欲しいだけだ、この退屈な日常に。
だから、なんの気なしに、渡と聡のふたりで、同時に呪詛るんに五寸釘を打ち抜いた。画面に表示される藁人形、その前段階の個人情報の入力欄には、彼らが知りうる限りの教授の個人情報を書き込んで。
翌日、科学の講義が自習になった。
「えー、静かに。教授は怪我をしたため、今日は自習とします。課題の提出が終わったら各自帰って良し」
ざわつく教室。『ラッキー』、『どうしたんだろう』
不安げな声と、喜ぶ声が混同する。
聡と渡もまた、顔を見合わせるしかできなかった。昨日の今日でこうなれば、誰でも怖気づくに違いない。もしかすると、呪詛るんのせいかもしれない。そんな後味の悪さが、聡と渡を襲った。
「な、なんかさ……」
放課後の家庭科室、聡と渡は顔を突き合わせて、だけれど切り出したのは聡のほうだった。
「呪詛るんのせいじゃない、よな……?」
「ま、さか……一日で呪いなんて届くはずない」
「だよな……」
「うん……」
「……」
「……」
しかし、そのあとの会話がまるで続かない。少なくとも、ふたりは呪詛の類を信じている。だからこの同好会に入部している。
教授の欠席と自分たちの行動が無関係には思えなかった。
だが、だからといってそれを誰かに話したところで、信じてもらえるとも思えない。被害者であるあの教授にさえ、信じてもらえないだろう。
「今夜、どうする?」
渡が不安げに確認する。
「……やらないでしょ、さすがに」
「だよな」
昨日のことはもう忘れよう。そんな雰囲気すら漂っている。
その時。
シャラン!
鈴の音が聞こえる。神社のお参りでよく鳴らす、あの鈴と同じ音だ。
「え、ちょっとやめろよ聡」
「俺じゃない。渡じゃないのかよ」
「え、ちょいちょいちょい、そういう演出いらねえし」
シャララ。
もう一度聞こえる。
ふたりはその場に立ち上がって、家庭科室を見渡す。ふたりで同時に右回りに一回、そのあと左回りに一回。だが、家庭科室には聡と渡のふたりしか――
「ああ、君たち。悪ガキは君たちのことかな」
「わっ!?」
「ひぇ!?」
いないはずだった、呪詛同好会のふたり以外は。
しかし、聞こえてきた声に、聡も渡もびくっと肩を震わせて、その場に跳ね上がった。
現れたのだ、見知らぬ男が、先ほどまでいなかったはずの人間が、ふっと、目の前に。
『わふ! わん!』
その足もとには『犬のような』毛玉が走り回っており、聡と渡に向かってわふふわふと吠えている。
「な、なん、誰?」
「ああ僕。僕は坂野。坂野弘彦。ただの陰陽師なんだけれど」
律義に名前を名乗り、お辞儀する男――坂野に、拍子抜けする。聡も渡も一気に肩の力を抜いて、そうして坂野に向き直る。
「ここは大学ですよ。部外者は立ち入り禁止……」
「僕は関係者だよ。君たちに『呼ばれた』」
「呼ばれた? 渡、呼んだのか?」
「いや。聡じゃないのか?」
ふたりともお互いに確認するも、坂野の言っていることはどうにも的を射ない。
坂野はふうっとため息をついて、本題を切り出すことにする。
「君たちみたいに呪詛力の高い人間が、ふたり同時に同じ人間を呪うとね、それなりに相手にも効力があるんだよ」
ふたりだけの秘密を、こうも簡単に暴かれて、聡も渡も顔を見合わせるしかなかった。
だが、ここで『はいそうですか』と認めることもできない。そもそも、坂野の正体がいまだ測り兼ねた聡は、
「なんのことですか?」
そう、切り返していた。渡に目配せして、話題を合わせさせる。
「お、俺たちはしがない呪詛同好会の人間だけど……ひとを呪うとか、なあ?」
「そうだ。坂野……さん? これ以上おかしなことを言うなら、大人たちを呼びますが」
「『大人たち』? 面白いことを言うねえ。君たちも十分『大人』なのに?」
坂野がやれやれと肩をすくめる。
先ほどまで坂野の足元にいたはずの『犬のようなもの』が消えていることに、ふたりとも気づいた。嫌な汗が流れる。
なにかのトリックだろうか、犬が消えた。なんなら、一瞬ふたりが坂野から目を離したすきに、坂野の姿が消えて、そうして、
「君たちはもう分別のある大人だ。それなのに、『呪詛るん』を使うなんて」
天井に逆さまに立つ坂野の姿。
これにはさすがの聡も渡も腰を抜かした。どういう仕掛けなのだろうか、天井に真っ逆さまにぶら下がるようにたつなんてこと。
聡と渡は天井を呆然と眺める。
坂野はまた、ふっと消えて、今度はふたりの目の前に立ちはだかった。
「君たちのように呪詛に多く触れてきた人間は、おのずと呪詛力も上がってしまうんだ。君たち、いろんな呪詛スポットを訪れているだろう? だからね、君たちは自分が思っている以上に呪詛力が高い状態にあるんだ」
坂野は聡と渡をびっと指さす。
「そんな状態で呪詛るんを使ったら、そりゃあ『彼』も、けがのひとつやふたつ、してしまうだろうね」
坂野の言わんとしていることはすぐにわかった。あの教授のことである。自分たちが昨日、呪詛るんに名前を書き込んだ、教授だ。
しかし、だからといって、聡たちに悪気などなかった。ほんの遊びだ、本気で呪う気持ちなんてみじんもなかった。
「だ、だって! 呪詛るんなんてものが存在するから悪いんだろ!」
ほえたのは聡である。言い出しっぺは聡のほうであるが、言い逃れで精いっぱいである。
立ち上がって坂野をまっすぐににらみ上げ、威嚇するように続ける。
「呪詛るんなんて、誰が信じる? レビューにだって、『効かない』って書いてあった。そんなもの、十人いたら十人、信じないだろ」
渡も負けじと立ち上がって、聡に加勢する。
「そ、そうだ。呪詛るんなんて、気のせいなんだよ。教授の怪我は偶然重なっただけで」
「ああ、そうかい。そうかい。君たちは大分『子供』なんだねえ」
坂野のまとう空気がひりつく。怒っているのだろうか、憂えているようにも見える。
坂野は聡と渡の手を握る。
「ちょっと、行こうか」
「え、行くってどこ――」
聡が訊くが早いか、今まで家庭科室にいたはずのふたりは、そこにいた。
科学の教授の自宅である。しかも、教授からふたりの姿は見えておらず、教授はしゅんとうなだれて自身の足を見つめていた。
「アナタ、足の具合はどうですか」
「ああ、なんともないよ。でも、今日の講義に穴をあけてしまって」
申し訳なさそうにする教授の顔には、『慈愛』の色が見て取れた。
自分がけがをしているというのに、いまだ講義のことを気にする様子は、くそまじめなあの教授らしいと聡も渡も思った。
だが、だからどうした。
このけがはふたりのせいではないし、そもそも……。
『あはは。ふふふ』
教授の足にまとわりつく、少女の姿が見えてくる。
しかし、教授にもその奥さんにもその少女は見えていないようだ。おかっぱ頭の、着物を着た少女である。これほど目立つ存在に、ふたりとも気づかないなんてこと、あるのだろうか。
そうして少女は、教授の足をミシリとつかんで、すると教授の足がそれに反応するように、ジクリと痛んだ。
その痛みが、聡と渡にも波及する。
「痛っ」
「なんだ、これ……」
感じたことのない痛みだ。外側から感じる痛みではない。内側からえぐられるような、痛みである。ジクジクズキズキと、中から腐るような、そんな痛みだ。
「彼女は呪詛るんの『呪いを運ぶ式神』だよ。君たちが呪ったのが昨日の丑三つ時だから、あと半日は彼にまとわりつくだろうね」
あっけらかんとした口調である。
そして、いつの間にか聡と渡は元の場所に、いた。
あたりを見渡して、今まで見ていたものは幻覚かなにかだろうかと聡と渡は顔を見合わせる。しかし、ふたりがふたり、そろって同じ幻覚を見るにしてはおかしい。
これこそが、坂野の力なのだろうか。だとしたら、あの教授の傷も、あの少女の存在も、信じないわけにはいかなくなってしまう。
「君たちのせいで、彼は怪我をした。これは紛れもない事実だっていうのに。君たちは呪詛が『見えない力』だからって理由で、それをなかったことにするのかい?」
坂野の言葉が妙に胸に突き刺さる。もとより、ここまでの『体験』をさせられてしまっては、ふたりとも自分の罪を認めるほかになかった。
「俺たち、どうすれば……」
聡が後悔の念をあらわにする。渡も同じように、坂野を見た。
「さあ。君たちはもう『子供じゃない』んだから、責任の取り方くらい、わかっているんじゃないのかい?」
坂野が右手を胸の高さにあげて、人差し指と中指を立てる。すると、坂野の姿がすうっと半透明になっていく。
聡も渡もすがるように坂野にかけよる。
「待って。アナタなら、呪詛を解く方法、知ってるんじゃ……」
「そうだ、このままあおるだけあおって、呪詛を放っておくなんて、俺たちとなんら変わらないじゃないか!」
聡と渡の言葉に、坂野はかすかに笑うだけだ。
「君たちはもう、呪詛るんの使い方を知っているんだろう? 僕に責任転嫁しないでくれるかい? 自分の尻は自分で拭う。それが、『大人』ってものだろう?」
坂野の言葉はもっともである。しかし、坂野は自分たちを『大人』扱いしたり『子供』扱いしたり、どちらが本当なのかわからない。
わからないのだが、これだけは言える。
呪詛るんなんてものを使った自分たちには、責任がある。あの教授を面白半分で呪ってしまった自分たちには。
翌日、例の教授はなんら変わりなく大学に通勤してきた。
そうして、聡と渡は、朝一番で教授のもとを訪ねた。
「どうした。ふたりそろって私に会いに来るなんて」
「あの」
聡がバツが悪そうに口を開く。隣の渡もまた、教授の怪我した右足を見てうなだれていた。
「ははん、私の怪我が心配で、ここに来たのかい? かわいいところもあるじゃあないか」
教授の顔はいたって明るいものである。だがそれが、ますますふたりを追い詰める。
涙目になりながら、切り出したのは聡である。
「ごめんなさい!」
次いで渡も、
「すみませんでした!」
深々と頭を下げる。教授はおろおろするも、ふうっと息を吐き出した。
「このけがは私の不注意で起きたものなんだから、なんでオマエたちが謝るんだい?」
優しい、慈愛に満ちた声だ。
普段は気づかなかった、くそまじめでなんの面白みもない教授だと思っていたが、実際話してみると、とてもやさしい性格であるということはすぐにわかった。だからこそ、きちんと謝らなければと思わされる。より強く。
「その……実は俺たち、『呪詛るん』っていう丑の刻参りのアプリに、教授の名前を書いてしまって」
渡が説明する。聡もその傍らで、教授からの罵倒の言葉を待つ。
しかし、返ってきたのは気の抜けるような笑い声である。
「ふっ、あはは。なんだ、オマエたち。そんな歳して呪詛なんて本当に信じてるのか? これは私の不慮の事故だ。呪詛るんなんて関係ないよ」
「で、でも……」
「さあさあ、この話はこれで終わりだ。だけれど、聡、渡」
嬉しそうな顔だ。教え子が巣立った時のような、自分の手から子供が離れたような。
「呪詛なんてものは信じていない。けれどね、オマエたちが『悪いこと』をきちんと理解して、私に謝ってくれたこと、それが私はうれしいよ」
ズキリ、胸が痛む。雀の涙ほどの良心かもしれない。
聡も渡も、なにも言葉が出てこなかった。
もしも、もしも昨日、坂野がふたりの前に現れなかったら、ふたりは教授のもとなど訪ねていなかった。自分たちには関係のないことだと知らんぷりを決め込んでいた。
うれしい、教授はそう言ったが、呪ったことは紛れもない事実だ。
だけれど、これ以上弁明しても、教授はきっと、なにも信じてくれないだろう。それならば、ここはおとなしく引き下がるしか、ふたりに残された選択肢はそれしかなかった。
なんとも後味の悪い話だ。聡と渡には、共通の『罪』ができた。決して許されない罪である。教授を呪い、けがをさせた。
ふたりは生涯、その罪を背負って生きていくのだ。それが『大人』の責任の取りかたなのだと、改めてふたりは坂野の言葉の重みを理解した。
聡と渡が去った教授室に、鈴の音が舞いおりる。
「よかったんですか。アナタを呪ったのは事実なんですよ」
教授のわきにいるのは、坂野である。
教授はすべてを知っている。呪詛るんのことも、坂野のことも。
この世界に呪詛が本当に存在するということも。
奇しくもそれは、教授が呪われたその日のことである。坂野は聡や渡たちを訪ねる前に、教授のもとを訪れていた。ことの顛末をすべて話すためでもあるし、聡と渡になんらかの報いを受けさせるか、教授の意見を聞くために。
教授はすべてを知ったうえで、『許した』。
これは子供のしたことである。そういう考えがゼロだったわけではない。しかし、彼らをいい大人として扱うことにしても、呪詛るんなんてもの、人間なら誰しもその誘惑に一度は屈するものなのではなかろうか。
教授はそう考えるに至った。悪いのは彼らではない、呪詛るんというアプリがこの世に存在していることだ。
「アナタもたいがい、お人好しですね」
「ああ。坂野さんには負けるけれど」
ふっと笑った教授の表情に、後悔も怒りも含まれていない。
こんな人間もいるのだから、世界は捨てたもんじゃない。そう思いながら、坂野はすうっとなりをひそめる。
急に現れ、急に消える。神出鬼没の坂野の存在さえ、教授にとっては『些細なこと』なのだ。
大切なのは、どう生きるか。自分の信じる道をどう後進に伝えていくか。
聡と渡に対する教授の態度が、それを如実に物語っていた。
数日後、なんとも後味の悪いふたりは、同好会の部室に足を運んだ。
「解散する……としても、なんかなあ」
聡が切り出す。渡もうなずき、同意を示した。このまま解散するのは違うとふたりとも思い至った。
自分たちができる罪滅ぼし、それは、
「呪詛同好会で、呪詛撲滅、やってみる?」
「俺も同じこと思ってた」
聡の提案に渡も大賛成である。
まず手はじめに見つけたのが――
「呪詛代行。これ、明らかにやばいヤツだよな?」
「ああ。多分呪詛るんと呪詛返すんですと、あと呪詛探索アプリも使ってる。それに、相当呪詛力も高まってるだろうし……」
二人で真剣に携帯の画面をのぞき込む。ふっと、ふたりの後ろに気配が下りてくる。
「やあやあ」
「うわ、坂野さん!?」
その気配は坂野のものである。ふたりともびくりと肩を震わせて振り返る。にこっと笑う坂野が立っていた。
その足元にはあの『犬のようなもの』がわふわふと走り回っていた。
「いい心がけだね。君たち」
「あ……はい。でも、この呪詛代行って、誰なのか、坂野さん知っていたりします?」
「うーん。僕からはなんとも」
相も変わらず坂野の顔は笑っている。しかし、内心ではどうだったのか、聡にも渡にも知るところではない。坂野は感情を殺すのがうまい。だから、坂野の本心など、わかる人間などいないのだ。
「そうそう。呪詛力が強くなっている君たちに、ひとつお願いがあってきたんだ」
坂野はふふっと、まるでいたずらっ子がいたずらをしているときのような、無邪気な笑みを浮かべた。
聡と渡は顔を見合わせるも、坂野の願いならばと、ふたりで首を縦に振った。
「俺らでできることなら、なんでも」
「うん、俺も。できる限り聞きますけど」
聡と渡の表情が、昨日とは比べ物にならないくらい『大人』になっていたことに、坂野は気づいた。それは喜ばしきことでもあり、憂えるべきことでもある。
これからもっと、もっとたくさんの理不尽にぶち当たることがあるだろう。その時このふたりは、果たして呪詛るんに頼らずに生きていけるのだろうか。
「君たちふたりには、『呪詛るん』に僕の名前を書いてほしいんだ」
坂野の声は間延びしていて、緊張感のかけらもない。
この言葉に、聡も渡も目をまん丸にして、「それはできない!」と反論した。
「やだなあ、できる限り聞いてくれるんじゃなかったの?」
「でも、ひとを呪うことは、もうしたくないです。そもそも、俺たちが書き込んだら、坂野さんが本当に死んじゃうかも……」
なあ? と、聡は渡に同意を求める。渡もうなずいて、坂野のほうを見やる。
「俺たち、もうひとを呪うことはしたくないです。この先呪詛同好会は、呪詛を『止める』活動をしていこうって、さっき話してて」
渡の言葉に、坂野が面白くなさそうに口を尖らせた。存外坂野は子供っぽい性格だとふたりは思う。
それにしても、なぜ坂野は、自身の名前を呪詛るんに書いてほしいだなんて言い出したのだろうか。
「坂野さん。坂野さんは……その……死にたいん、ですか?」
そうでなければ、自分の名前を書き込んでくれ、なんて願い事は、出てくるはずがない。
坂野はうーん、とうなった後、
「そうだね。ご名答。僕は不老不死なんだけれどね。僕が死ねば、呪詛るん他三つのアプリで僕が契約している式神との契約が無効になるんだ」
「え……ちょっと待って。呪詛るんを開発したのって……」
「そう。僕だよ」
聡と渡の顔色が変わる。明らかに怒りを含んだそれに、しかし坂野は動じない。それでいい。
「悪いけど、坂野さん。そういうことなら話は別です。俺たちはなおさら、呪詛るんに名前は書きません」
きっぱりと言い放つ聡。
「俺たち、呪詛るんに名前を書いた時点でひとのこと言えないかもだけど。あんなアプリを開発した人間と、かかわる気はありません。不老不死っていうのも信用できない」
断言する渡。
坂野はくっくと笑いを押し殺す。それが普通の反応だ。許せなくて当たり前だ。
あんなに偉そうに言っておきながら、坂野自身、呪詛るんなんて諸悪の根源を作り出した。そんなもの、受け入れられる人間がいてたまるか。呪詛の力を目の当たりにしたのならなおさら。
「そうかい。それは悪かったね。それじゃあ僕は、もう君たちの前には現れないから」
右手を胸の前に掲げて、坂野は人差し指と中指を立てた。そんな坂野に、聡と渡は白い眼を向けている。
大人の部分と子供の部分が、いまだないまぜになっているふたりを見て、坂野は少しだけうらやましくなった。
坂野を受け入れられないのは、まさしく彼らの『子供な』部分である。大人の理不尽をまだまだ理解できない、昇華できない。
「君たちの呪詛力は、呪詛との関わりをなくしていけば、いずれ弱まる。それまでは『見えてしまう』かもしれないけれど。少しずつ消えていくから、安心しなさい」
坂野の言葉がふたりに届いていたのか、それは果たして謎であるが、彼らがその後、呪詛るんを使うことはなかった。




