十二、式神
第五章 式神
式神は、もともとは人間である。数年に一度、月食や日食の短い時間、式神は元の姿に戻ることがある。古来より星の運びと霊力は、深い関係があった。月は霊力のバランスを崩す。それを、坂野は知らない。
式神は前世で罪を犯した人間の末路である。犯した罪に応じて、式神としての使役年数が決められる。
たんさくんもその人間のひとりだ。人間のころはそれはきれいな女性で、振り向かない男性はいないほどであった。
たんさくんはとてもやさしい女性でユーモアもあった。当然、男性からも引く手あまたで、充実した人生を送っていた。
そんなたんさくんが犯した罪、それが殺人である。
「君って本当にチャーミングだね」
「やめてって言ってるでしょ。付きまとわないで」
「やだなあ、喜んでるくせに」
見た目が派手だからか、たまに勘違いした男が寄ってくることもある。たんさくんはいつもならばそれをさらりとかわせるのだが、ただひとり、そうもいかない男がいた。
男はたんさくんの元恋人で、付き合っているときにまとまったお金を借りた恩があった。もちろん、今はすべて返済したのだが、なにかにつけて男はたんさくんに恩着せがましく迫ってきた。
「金貸してやった恩を忘れたのか」
「それはもう返したでしょ」
「利子がまだだ」
「そんな。個人の貸し借りで利子ですって?」
これにはたんさくんも憤慨した。しかし男への恩がある手前、邪険にも扱えない。
「あの時俺が金を貸したから、オマエの父親は手術して今生きてるんだろ。その恩をもう忘れたのか?」
「だったら、利子を払うわ。払うから」
たんさくんが仕方なく折れると、男は決まって下卑た笑いを漏らすのだ。
「ああ、そうだな。明日までに十万ドル。頼んだぜ?」
本当に嫌だ。この男は自分がそんな金を用意できないと知っていて、毎度こうやって金をねだりに来る。金を用意できなければ、男に弄ばれる。それが嫌で嫌で仕方ないのに、たんさくんは逃げられなかった。両親にも相談できなかったし、友人にも言えなかった。
お金はひとの人生を狂わせる。あの時、父親を見殺しにするべきだったのだろうか。お金がないからと、手術をあきらめるべきだったのだろうか。
なにが正解かなんてわからない。少なくともその日までは、たんさくんは耐えに耐え抜いた。
その日、たんさくんは男を拒んだ。もうやめてくれ、お金は返した。これ以上付きまとうなら、警察に行く。
それで男は納得したように見えた。見えたのだ。
甘かった。
逆上した男は、たんさくんの家族を殺した。オマエが幸せになるくらいなら、オマエを不幸にして俺も不幸になる。
狂ってる。
彼女はもう、生きる理由を見失った。だから殺した。たんさくんはその男を、殺したのだ。
人間は善と悪で他人を判断しがちだが、たんさくんは思う。自分は善人ではない。世間の目は、思ったよりも彼女の味方だった。男は殺されて当然のことをした、弁護士が調停で彼女の身の上を代弁する。みんな彼女を擁護した。だが、彼女だけはそうではなかった。なにがあろうと、人殺しは人殺し。悪は悪。
たとえ彼女がなにをされたって、ひとを殺していい理由にはならない。
彼女は死刑を望んだ。しかし、裁判官は彼女に温情を施した。
すべてに絶望した彼女は、判決が下されたその日、舌を噛み切って死んだ。
彼女の罪は、男を殺したことだろうか、自分で自分の命を絶ったことだろうか。
式神にはそれぞれ前世がある。その前世を覚えているものはいないが、たんさくんはほかの式神と違って人間の悪意を食事としない。もしかしたらそれは、本来の性格が優しかったからかもしれない。今日もたんさくんは、人間の優しさを食べて生きる。




