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現代呪詛  作者: 空岡立夏
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十、呪詛るんと依り代

第三章呪詛るんと依り代


 呪詛るんというアプリは、今やだれもが知っている。無料アプリであるため、一度は誰でも試したことがあるだろう。

「ねえ、最近亜子、調子悪いんじゃない?」

「え、なんでわかるの? そうなんだ。最近よく眠れないしだるさが抜けなくて」

 少女の口元がいびつにゆがんだ。

「私、いいもの持ってるんだけど」

「え、なになに」

 少女はポケットからなにかを取り出す。アクセサリーだ。手作りの、少しいびつな形をしたネックレスだ。

「これね、特別なネックレスなの。持ち主を守ってくれる、特別な力があるんだって」

「……嘘くさ! なに、若菜ってそういうの好きだったっけ?」

 少女――若菜は、それでも説明をやめようとはしない。

「いいから。一晩ただで貸したげる。それで効果があったら買い取ってくれればいいよ」

「うさんくさ! でも、心配してくれてうれしいよ。気休めに借りてくね!」

 亜子は信じやすい性格だ。今時素直すぎるほど素直で、だまされやすい。だからこそ、若菜は彼女を『最初の』ターゲットに絞ったのだ。


 翌朝、亜子は若菜にネックレスの効果を嬉しそうに報告している。若菜はうんうんと話を聞きながら、腹のなかでは皮算用を始めている。

「すっごいの! こう、体が楽になって。こんなに眠れたのも何か月ぶりかもわかんない」

 亜子の噂はあっという間にクラス中に広まっていく。若菜はアクセサリーを大量に学校に持ち込んで、休み時間に売りさばく。

「今日の分の依り代販売しまーす! 依り代の効果はひとそれぞれだけど、一か月を目安に交換をお勧めするね」

「ありがとう、若菜。これのおかげで本当に調子いいんだ」

「私も! なんかいろんなことがうまくいくし」

 クラスのみならず、学校中から若菜のもとに依り代を求める生徒が集まるようになっていた。


 ことのはじまりは、とある日の帰り道だった。若菜はたいそう胡散臭い青年に出会った。

「やあ、お嬢さん。お金を稼いでみないか?」

 目が合うなり、だしぬけに言われて、さしもの若菜も青年を無視した。しかし、その横を通り過ぎたはずなのに、青年はどういうわけか若菜の『目の前にいる』。気のせいかと、また青年のわきを通り過ぎるも、その先に青年の姿がある。振り返れば、先ほどまでそこにいたはずの青年の姿はない。

 何者なのか、気にならなかったわけではない。だが、その正体を聞いてしまえば、自分はなにか恐ろしい目にあうような気がして、若菜は青年の正体を聞くことはしなかった。代わりに、その提案に乗ることにしたのだ。

「世の中お金だよね。わかってる。お嬢さんのことは誰も責めないよ。むしろ、お嬢さんはこれから、いろんなひとに感謝される。お嬢さんは『いいこと』をするんだから」

 まるでどこかのペテン師のような言葉だ。だが、若菜はその言葉に乗った。なにより、母子家庭で育った若菜は、いつもいつもお金に困っていた。友人たちはお小遣いをもらって放課後に好きなものを食べたり買ったり、それがうらやましくもあり妬ましかった。見返すためにたくさん勉強をしたところで、若菜の家庭状況では大学すらいけないだろう。ならば、この話に乗って、自分でお金を稼げば、すべての人間を見返せる。

 だから若菜は、青年が何者かも知らずに、青年からアクセサリーを仕入れるのだ。


 元来頭のいい人間だった若菜は、この依り代が友人にもクラスメイトにも信じてもらえないことはすぐにわかった。ならば、と考えたのが、これだ。

「呪詛るん起動、っと」

 自作自演。つまりは、若菜は友人を呪詛るんで呪った。そのうえで、呪った友人に不具合が現れたころに依り代の話を持ち掛けて、そして口コミで依り代の効果を広めるのだ。

 ただ、全員を呪詛るんで呪っているわけではない。一か月にひとりかふたり、思い込みがより激しい人間を選んで呪いをかける。若菜の呪詛力はそれほど高くはないが、普通の人間よりははるかに高い。それがなぜかといえば、若菜はひたすら呪ってきた、ただそれだけである。

 若菜が呪詛るんを使い始めたのはもう半年前で、若菜は毎日、毎日誰かを呪い続けた。あと半年もすれば呪詛るんの裏設定を知ることになるが、果たして若菜はその時にどんな行動を取るのだろうか。

 とにもかくにも、半年間毎日呪詛るんを使ったとなれば、呪詛力はそれなりに高まっているのが現状だ。だから若菜は、一回こっきり呪詛るんでターゲットを呪って、その翌日に呪った相手に依り代の話を持ち掛ける。

 完璧だ。

 人間は思い込みの激しい生き物だ。依り代を持っているだけで、いいことがあれば依り代のおかげだとあがめ、悪いことがあれば、依り代を持っているからこの程度で済んだ、と安堵する。

 もとより、この依り代には確かに効果があるのだが、若菜自身はそれほど信じてはいない。

「ひえー、今日だけで売り上げ二十万か」

 依り代はあの青年が定期的に届けてくれる。しかもただでくれるというのだから、青年の真の目的がわからない。わからないが、深くは考えないようにしている。利害関係が一致しているのだから、深く詮索するまい。

 シャラン。

 帰り道のことだ。今日の売り上げを通帳に入れて、財布に残ったお金でクレープを買って食べながら歩く、帰路。

 どこからともなく聞こえた鈴の音に、若菜は「来たか」と身構えた。

 そして、すうっと、若菜の背後に冷たい空気が現れる。

「中井若菜さん。君がしていることは見過ごせないな」

「サカノ。意外と早いお出ましだったね」

「なんだ、僕を知っていてやってるの」

 あの青年から話は聞いている。この依り代を取り扱えば、おのずと邪魔する人間が現れるだろう、と。それが坂野弘彦、今、若菜の背後に現れた人間である。

 その足元に毛むくじゃらのなにかが走り回り、若菜を見てわっふ、と鳴いた。

「君がしていることは危険なことだ」

「危険? 私はただ、みんなを救っているだけよ」

「本当にそう思ってるの?」

 坂野が面倒くさそうにため息をついた。足元にいた毛むくじゃらも、わふわふとせわしなく若菜の周りを走り回り、なにかを伝えようとしているようだ。

「毎日呪詛るんを使ってるでしょ」

「だったらなに」

「うん。そうだな。呪詛返しのアプリがあることは知ってるかい?」

「え」

 若菜は慌てて自分の携帯を取り出して、SNSを起動する。呪詛返し、で検索すると、様々な情報が表示された。それらは呪詛返しによるしっぺ返しを食らった人々つぶやきだった。

 さかのぼる、どこか回避策があるはずだと、若菜はタイムラインをさかのぼる。十分間休まず探し続けるも、やはり呪詛返しの対応策は見つかることはなかった。

「なんで……」

「ひとを呪わばあなふたつ。呪詛るんも、呪詛返しのアプリも僕が作った」

「そんなもの作るくらいなら、初めから呪詛るんなんて作らないでよ!」

 若菜は本気で友人たちを呪った訳じゃない。だが、もしも若菜が友人を呪ったとばれたのなら、きっと呪詛返しをされるに違いない。恐怖より先に、若菜は憤る。すべてはこんなアプリを開発した坂野が悪い。

 怒気を含んだ若菜の声に、坂野は毅然と言い返す。

「依り代なんて、そんなもののために呪詛るんを使っちゃダメだ」

「アンタになにがわかるの! 私はただ、貧乏が嫌で……」

「そう。じゃあ、これも知っていたの?」

 いつの間にか足元を走り回る毛むくじゃらは消えていた。そして坂野が若菜の手を握ると、若菜はもう、そこにはいなかった。

 ぎゅるる、と辺りの景色が回ったかと思えば、若菜の目の前に見えたのは、若菜のよく知る顔だった。

「お母さん……?」

 若菜の母親は、若菜には気づいていない。通帳を眺めながら頭を悩ませ、泣いているようにも見える。

「あの子、なにに手を出したのかしら……」

 若菜はばれていないつもりだったのだろうが、最近の若菜が学校で依り代を売りさばいていることは、若菜の母の耳にも入ってきていた。

「そんなはずない。だって、ちゃんと口止めして……」

 ぐるん、と景色がまた回った。

 先ほどまでいた道端に、若菜はたたずんでいた。しかし、前にも後ろにも道はない。前方も後方も、先が見えないほどの闇に包まれ、そうして、「あはは、うふふ」その笑い声だけがあたりに響く。

「坂野なの? ふざけるのはやめて!」

『あはは。ねえ、ねえ。アナタ、呪われてる』

「ひっ!」

 足元に絡みつくなにか。恐る恐る見れば、口が耳まで避けた少女が、若菜の足を圧迫していた。ぎりぎりぎり、と足がちぎれる音がする。

『ねえ、ねえ。まだ続けるんでしょ? まだ呪うんでしょ?』

「やめて、離して……!」

 少女が若菜の足をどんどん引きちぎる。若菜が返事をするまで、きっとこの少女は若菜を苦しめて離さない。だけど、この少女はいったい何者なのだろうか。

「その子は呪いを運ぶ式神。君が使った呪詛るんのね」

 ぱっとその場が明るくなる。若菜は脂汗をかきながら、その場に座り込んで自分の足をさすった。よかった、くっついている。

「ひどいね。私にわからせるためにこんなことするの」

「いや。僕はまだ、君のお母さんやお友達のところに連れていく予定だったんだけど。彼がね」

 坂野が若菜の後ろを指さす。振り向けば、そこにはあの青年がいた。若菜に依り代を渡していた、あの得体のしれない青年だ。

「ひどいなあ、お嬢さん。さっき、サカノに見せられたアレで、呪詛から足を洗おうって考えたでしょう?」

 否定はできなかった。一瞬ではあるが、母親の思い悩む姿を見て、若菜の良心が痛んだ。それに、もう十分だと思ったのだ。これ以上友人をだますのは気が引ける。本当は、呪詛るんを使うのだって心苦しかった。

 完璧だと思った若菜の行動でも、心はごまかせなかった。どんな人間だって、今回のような誘惑に駆られれば、それに負けてもおかしくはない。ことさら、金銭の問題は根が深い。お金がすべてではないとわかっていても、先立つものがなければなにもできないのも事実だ。だからこそ、若菜は依り代に、呪詛るんに手を出した。だけれどすぐに心は疲弊して、それをごまかすようにより一層依り代に依存した。

 もうこれで終わりにしたかった。

「私、もうこれ以上は……」

「裏切るの? 私がどれだけお嬢さんを助けたと」

 パンパン、と青年が手をたたく。するとまた、あの少女が現れて、若菜のほうに音もなく迫る。

 ころされる、本能で感じ取った若菜は、その場から立ち上がることすらできなかった。阿漕なことをした自覚があった若菜は、これは自分への罰だと死を受け入れたのだ。目を瞑ってその時を待つ。しかし、若菜の周りを温かいなにかが包み込んだ。

「わかったでしょ。呪詛るんなんてろくなもんじゃない」

 坂野の凛とした声に目を開ける。あの少女を遮るように、坂野が目の前に立っている。しかも坂野は少女によって腹に穴をあけられており、死はまぬかれない傷をおっていた。

「坂野! なんで……!」

 どさり、坂野が若菜の目の前に倒れる。青年も少女も、笑いながら坂野を見るだけだ。若菜は坂野ににじり寄る。腰が抜けていまだに立つことができない。

 坂野の傷に手を当てて、息を確認して脈をとる。今はまだ生きているようだが、死ぬのは時間の問題だ。

「救急車、救急車!」

 カバンから携帯を取り出した時だった。

 ひゅるるる、とあたりに飛び散った坂野の血が、逆再生のように坂野のなかに戻っていく。若菜は呆然とそれを見て、開いた口がふさがらない。

「痛ったいなあ。相変わらず容赦ないね、君たちは」

「サカノこそ、私たちの邪魔はしないでくれるかい?」

「邪魔してるのはそっちだろ、エドガー」

 立ち上がり、坂野はパチンと指を鳴らす。

 とたん、あたりの景色がゆがんで、どこからともなく現れた毛むくじゃらの犬が、ぱっくりと口を開いた。そうしてまるでケルベロスのようにその姿を変えたかと思うと、青年――エドガーと少女をバクリと飲み込む。

 対してエドガーはなんの抵抗もしない。代わりに、式神の少女が坂野の術を解き、食われた犬の腹を裂き出る。

『きゃん!』

「たんさくん!」

 しなしなと犬がしぼみ、元の姿に戻る。裂けた腹を庇うように縮こまり、その犬――たんさくんに坂野が霊力を送れば、みるみるたんさくんの傷が癒えていく。

 やがて傷が完全に塞がって、たんさくんがすうっと消えていく。

『坂野。アンタじゃ私に勝てないよ』

「そうだね。今のは君を殺すために放ったんじゃない。エドガー、君はやっぱり」

 坂野がエドガーをにらむ。エドガーはうっそりとした表情で坂野を見ていた。

「そうだ、ご名答。私はこの式神と契約をした」

 なんてことを、と坂野がつぶやく。式神の少女がエドガーを庇う理由、それはすなわち、ふたりの間になんらかの契約が発生したことを意味する。

 本来式神はひとりの人間としか契約できない。しかし、この少女の式神は別格だ。なぜなら少女の式神は、神に近しい力を手に入れた。ほかならぬ坂野が開発した呪詛るんのせいで。あまたの悪意を食らった少女の式神は、今や『例外』の存在となった。だからエドガーとも契約を結べたのだ。

 若菜はまるで話についていけない。ただひとつ、確かなのは、今後若菜は呪いとは無関係に生きると決めたことだ。

 エドガーと式神の少女が、坂野を見て笑っている。坂野は心底いやそうに顔をゆがめた。

「私はこの式神と契約した。この子に人間の悪意を食わせる代わりに、私を不老不死にする約束だ」

「だから、依り代なんて利用していいと思ってるのかい?」

「『彼』もこれで満足しているからね。私はただ、死にたくない。それのなにが悪い?」

 不老不死などいいものではない。それは坂野が一番よくわかっている。しかし、人間は太古の昔から死を、老いを恐れてきた。ゆえに、不老不死に憧れるのが自然なことというのもわからなくはない。

 坂野自身も、自分が『ただの』不老不死であるのなら、それはそれで自業自得だと納得して、不変の時を生きただろう。だが、坂野が生きている限り呪詛るんと契約した『呪いを運ぶ式神』は消えない。坂野が不老不死になったことで、半永久的に式神との契約が続いてしまうのだ。

 だから坂野は、死ななければならない。不老不死から逃れなければならないのだ。

「君が不老不死になるのは勝手だけど」

「つれないな。私はサカノ、アナタに憧れて不老不死になりたいっていうのに」

「それはそっちの都合だろ。僕はその式神を御さなければならない。だから、君のしようとしていることは、なんとしても止める」

 坂野は少女の式神に人間の悪意を与えたくない。対してエドガーは、少女の式神に多大な人間の悪意を与えたい。

 相容れぬ関係だ。若菜にもそれだけは理解できた。

「それじゃあ、私たちはもう行く。そのお嬢さんはもう使えないみたいだからね」

 あっさりと引いてくれたのは不幸中の幸いだ。坂野と若菜を残し、エドガーと少女は消えていく。

「中井若菜さん。もうわかったと思うけれど」

 坂野の冷ややかな声に、若菜は背中を丸めながら返答する。

「はい、私はもう、呪詛るんも依り代も、なにもいりません」

 いまだひとりではうまく立てない若菜をよそに、坂野はそのなりを潜めていく。

 ぱあっとあたりに光が差し込む。下校途中の道端で、若菜はひとり、そこにいた。

 夕日が帰路を照らし出す。

 明日は朝一番に、みんなにお金を返そう。そうして依り代を回収して、全部燃やして処分しよう。母親にもちゃんと謝って、これから先はまっとうに生きよう。

 若菜の決意は固い。綺麗な夕日の帰路で、強く強く誓ったのだ。その後若菜は、どんなに生活が苦しくても、呪いに手を出すことはなかった。



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