灯シ人の役目
この物語はフィクションです。
シロウが席を離れて、
しばらく経った頃。
アカリは突然、
宴の終りを告げられた。
「お疲れでしょう、トモシビト様」
「お部屋をご用意しました、トモシビト様」
「こちらでございます、トモシビト様」
あれよあれよという間に、
アカリは囲まれ、担がれるようにして、
村で一番大きな家の一室へと案内された。
「では、お休みなさいませ。トモシビト様」
目の前で深くお辞儀をし、
村人は静かにドアを閉めて出ていった。
ポツンと、
部屋に、アカリだけが残された。
なんとはなしに、部屋を見回す。
「……可愛いお家でいっぱいだなぁ、とは思っていたけど……」
内装も、これほどのものだったとは――。
あまり広いとは言えない一室。
木造の、こぢんまりとしたタンスとクローゼット。
ベッドとソファには、
暖かみのある色合いで揃えられたクッションとカバー。
一人掛けの丸テーブルと、椅子。
「……可愛い」
思わず笑みがこぼれた、その時。
コン、コン、コン。
ドアをノックする音が、静かな部屋に響いた。
「あ、はい……」
ドアの向こうから、声が返ってきた。
「僕です。シロウです。
今、少しよろしいですか?」
アカリがドアを開けると、
シロウが、紙の筒を手に立っていた。
「……どうかしましたか?」
「世界地図をお持ちしました。
少し、お時間をいただいても?」
にこやかに告げるシロウに、
アカリは、小さく頷いた。
部屋に通すと、
シロウは手にしていた世界地図を広げた。
「……ヴィラブド」
「はい。
それが、僕らの世界の名前です」
広げられた地図には、
たまご型の大地がひとつだけ描かれ、
その上部に、名が記されていた。
「え?
世界……?
国じゃなくて?」
「はい。
僕らの世界は、とても……小さいんです」
そう言って、
シロウは静かに視線を落とす。
すっと、
地図の中央あたりに、細く長い指を置いた。
「ルミナス草原――
灯シ人様が、最初に降り立った場所です」
そこから指を滑らせる。
森を抜けて――
現在地へ。
「サイショの……村」
「はい。
なんでも遠い昔、
この世界を創った女神様が、
一番最初に創った村だから……
だとか」
ふっと、
シロウが僅かに笑みをこぼした。
「……羽月くん?」
「……失礼。
続けますね?」
村から、
陸地の曲線をなぞるように、
指が、すうっと動く。
「灯シ人様には、
明日の朝、村を出発していただき、
このように陸地を歩いて――」
最後に、
――ぴたり。
ある一点で、
その指が止まった。
地図の一番左端。
さらに、その下。
山々に、ぐるりと囲まれた場所。
「願いの塔」
「はい。
この願いの塔で、
僕らの世界の平和と安寧を願い、
祈っていただき――
それで、オシマイです」
沈黙が、部屋に満ちる。
「え、それだけですか?」
アカリは思わず声を上げた。
思った以上の声量が出たらしい。
驚いてすぐに口をつぐんだ。
「はい。それでオシマイです」
シロウは、
何事もなかったかのように、
さらりと告げた。
どうやら、
気まずく思っていたのはアカリだけだったらしい。
密かにほっと胸をなで下ろした。
アカリは再び地図へと視線を落とす。
しかし――
アカリは深く考えるより先に、思った。
特に難しいことはなさそう。
シロウの説明を思い返す。
この小さな世界を回って、
最後に、祈るだけ。
難しい試練があるわけでも、
ましてや、強敵と戦うこともない――
なんというか。
誰にでも出来る簡単なことだよね。
これくらいのことなら。
私にも、できるかもしれない。
「……羽月くんが、案内してくれるの?」
念のため、確認する。
「はい。
そのための導き手《僕》ですから」
にこやかに、そう返される。
だったら――。
とりあえず、ついていけばいい。
そう思うと、
不安は少しだけ後ろに下がり、
旅立つ覚悟が、自然と胸に湧いてきた。
「……わ……かりました。
やってみます」
たどたどしく、そう返事をする。
その瞬間、
シロウの表情が、ぱっと明るくなった。
「ありがとうございます。
ご安心ください。
精一杯、サポートいたします」
こんなことで、こんなに喜んでもらえるなんて。
アカリは、ふっと緊張の糸を緩めた。
「では、また明日。
おやすみなさいませ」
「あ、はい。
おやすみなさい」
広げた地図を手に、
シロウは一礼し、ドアへと向かう。
――しかし。
「そうそう」
その足が、ぴたりと止まった。
振り返らぬまま、
シロウが告げる。
「もし万が一、
灯シ人様であるアナタ様の心を、
曇らせる者がいらしたら……
すぐ、僕にお伝えくださいね」
「……え?」
それって、どういう――。
「ひっ」
考える間もなく、
ドアの向こうから、短い悲鳴が聞こえた。
続いて、
どたどたと慌ただしく走り去る足音に、
家がギシギシと悲鳴を上げる。
アカリが何か言うよりも先に、
シロウがくるりと振り向いた。
いつもの笑顔だった。
「では。
おやすみなさいませ」
深く一礼し、
シロウは静かにドアを閉めた。
シロウが部屋を去ったあと。
アカリは、ふらふらとベッドに近づき、
そのまま倒れ込んだ。
「……なんだか、疲れたなぁ……」
本当に、今日一日で、
いろんなことが起きすぎた。
本当なら――
いつも通りの放課後。
いつも通り、帰宅して。
いつも通り――。
仰向けになったまま、
ポケットからスマホを取り出す。
「……あ」
電源ボタンを押して気が付いた。
「そうだ、使えないんだったー」
真っ黒な画面に、
顰め面のアカリの顔が映っていた。
「……ログインボーナス……」
たまたま流れてきた広告に興味を惹かれて始めたアプリゲーム。
今ではすっかり、
その世界観とキャラクターにはまってしまっていた。
ほとんど日課になっている、
デイリークエストの報酬。
「石……貯めたかったのに――」
暗い画面を、ぼんやりと見つめる。
「……しばらくは無理そうだなー」
諦めて、ため息と共に手を下ろした。
「……そういえば、
羽月くんみたいなキャラ、いたなー」
ぽつりと呟く。
ゲーム自体にも人気が出てきたようで、
少しずつ購入できるグッズも増えてきていた。
「……今度、コラボカフェ――あるんだっけ」
ふと、思い出す。
でも――
「一人で行けばいいか……」
一緒に行ってくれる友達なんて、
私にはいないし。
ぽつりと落ちた言葉は、
そのまま部屋に溶けていった。
緊張の糸が切れたのか、
アカリは、そのまま眠りに落ちてしまった。
□□■■■
夜。
アカリの部屋の窓を、
じっと見上げる男が、一人。
裾のほつれた、ぼろぼろの紺色のローブを身にまとい、
木の影に紛れるように、立っている。
まるで獲物を狙う猛禽類のように鋭い目つきで、
アカリの部屋の窓を睨みつけていた。
「こんばんは。
いい夜ですね」
背後から、
不意に声をかけられた。
男は、はっとして振り返る。
そこに立っていたのは、
見知らぬ男――の、はずだった。
(……どこかで)
記憶の底をかすめる違和感。
いや、既視感。
「こんなところで、何を?」
問いかけは柔らかい。
だが、その距離は、妙に近い。
男は一瞬だけ目を細め、
すぐに、視線を外した。
「……別に。
酒を飲んでいただけさ」
それだけ言って、踵を返す。
ふらふらと夜の闇に紛れ、
男の姿は、ほどなく消えた。
その背を、
シロウはじっと見つめていた。
「……どこかで、見たような」
男が見ていた先――
煌々と明かりの灯る部屋。
ふっと、
シロウはわずかに笑った。
「……いえ」
そして、
元来た道を静かに歩き出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
灯シ人の役目を聞いたアカリは――
「これくらいなら、私でも出来そう」
そう思い、旅立ちを決意する。
しかし、その裏では――
次回
『出発――その裏で』
次回更新予定:3月29日(日)21:00頃(予定)
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