どうして私が?
この物語はフィクションです。
アカリの問いかけに、シロウは頷く。
「灯シ人様とは――
僕らの世界をお救いくださる、僕らにとって貴いお方。
所謂、救世主様と呼ばれる存在なのです」
胸に手を当て、
噛みしめるように、言葉を紡ぐ。
「僕らの世界に、希望と光。
平和と安寧をお与えになられる、その貴きお方を――
我々は敬意をもって、灯シ人様と。
そう、呼ぶのです」
段々と熱を帯びていくその語り口は、
まるで敬虔な信者のようだと、アカリには映った。
「……そ、そうなんですね」
「何を、呆けた返事をしているのですかっ」
「ひっ」
つい間の抜けた返事をしたアカリに、
シロウの鋭い視線が、突き刺さる。
「……失礼」
そう言って、そっとモノクルに手を当てた。
「アナタこそが――
アナタの存在、そのものが。
灯シ人様なのですよ」
「…………え?」
思わず、アカリの足が止まった。
「……だからこそ、
僕がお迎えに伺ったのですから」
アカリから数歩先へ進んだところで、
シロウは振り向く。
「では、
次の質問をどうぞ」
にこやかに笑って、促される。
――質問どころではない。
先程とは、比べものにならないほど大きな疑問の波が、
頭の中へ、どっと押し寄せてくる。
――なんで。
――どうして。
私が――。
咄嗟に、右手が胸元へと伸びる。
指先が、求めた硬い感触に、触れようとした―
―その時。
「それですよ」
思考の渦に飲み込まれ、溺れそうになるアカリを、
シロウの声が、現実へと引き上げる。
ハッとして彼を見ると、
あの懐中時計を取り出していた。
細工の施された表面――ではなく。
見せられたのは、その裏面。
そこにあるのは、ただの銀の板。
――その、はずだった。
「アナタも、持っているでしょう?」
つるりと磨かれた銀の板。
その中央に、小さな赤い石が埋め込まれている。
形も、大きさも違う。
しかし――見覚えがあるのは、その色。
ゆるゆると、止まっていた手が動き出す。
コツリ、と。
指先に、僅かに触れる硬い感触。
―――お守り。
「どうして……」
困惑するアカリをよそに、
シロウは、ことさら明るい口調で話しだした。
「どうして? どうして、ですって?」
フッと、口元を緩める。
「なぜなら――
僕とアナタが持つこの石は、
元々、コチラの世界のモノだから。
ですよ」
まるで手品の種明かしをするかのように、
ひどく楽しげに、シロウは語る。
「僕は、これを使って、
アナタの元に辿りつきました」
薄暗い闇の中、
シロウの背後に、
オレンジ色の明かりが、ポツリ、ポツリと灯っていく。
「この石は、
僕らの世界が、再び黒く染まり、
虹が消えて、生み出される―その時―」
熱の籠った青い瞳が、
アカリを、捉える。
「僕は、使命を賜るのです――
新たな、灯シ人様を導く者として――ね」
恭しく、
深く、お辞儀をした。
「……っ、で、でも。
これ、ほんとうに、拾っただけ……で……」
なけなしの勇気を振り絞り、
アカリは、食い下がる。
目の前で朗々と語るシロウは、異質だ。
―――怖い。
するとシロウは、頭を上げ、
スッと姿勢を正し、
モノクルの縁に、手を添えた。
「偶然か、必然か。
そんなものは、些末なことです」
「過程はどうあれ、
アナタは、灯シ人様に選ばれた」
ただ、それだけのことです。
いつの間にか、
シロウの背後は、強いオレンジ色の光で埋め尽くされていた。
その中で蠢く、いくつかの影。
それは、徐々に数を増やし――
アカリは、思わず後ずさる。
が、
「さぁ、灯シ人様。
僕らの願いに、応えてください」
逃さない。
シロウの声と視線が、
アカリの身体に、絡みつく。
大仰に手を振り上げ、
シロウは、声を張り上げた。
「ようこそ、僕らの世界へ!
希望と光。
平穏と安寧を願い、
祈りを捧げてくれるのならば――
僕らは、アナタを歓迎いたしましょう」
まるで、
喜劇の幕開けを宣言するかのように、
シロウは声を張り上げて叫んだ―――。
その声は、嬉々と弾み、
狂気を帯びた瞳が、
暗闇の中で、ぎらぎらと輝いている。
どこか、契約めいたその言葉。
アカリは、言いしれぬ恐怖を感じ、
一歩も動けなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
村へと辿り着いたアカリ達。
そこで待っていたものは――。
次回『歓迎――サイショの村』
次回更新予定:3月15日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




