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お姫様ですが、勇者になりたいんです― ヒロイン役を降りて、剣を取りました ―  作者: 亜久美 圭


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透明な兆し

昼食後の昼下がり。

カーテン越しに差し込む柔らかな日差しが、眠気を誘う。


城の一角にある広い会議室。

今日はそこに、リリアーナの家族全員が集まっていた。


本日の目的は――リリアーナが身につける宝石選び。


この国でも名の知れた宝石商たちが、わざわざ城へ招かれているのだ。


正直に言えば、宝石には興味がない。

それよりも、この貴重な時間を自主練の時間に使いたい。

 

リリアーナにとっては、意味のない、退屈極まりない時間だった。


(姫という立場からしたら、しかたないけど……)


小さくため息をつく。


(……私の宝石選びなのに、どうして家族全員集合なのかかしら)



パン、パン――!


父・アルベルトが手を叩く。


「最初の者、入りたまえ」


扉が開き、一人目の宝石商が入室した。

シルクハットに口ひげ。いかにも“宝石商”という出で立ちだ。


「はじめまして。本日は世界一愛らしいお嬢様のために、特別なジュエリーをご用意いたしました」


パカッ、と音を立ててトランクケースが開く。


中には、目が眩むほどの輝き。

色とりどりの宝石が整然と並べられていた。


思わず目を見開くリリアーナ。

 

「お嬢様、お好きなものはございますか?」


輝きに目を奪われながらも、答えに詰まる。


前世の莉子は、お洒落や宝石とは無縁の人生だった。

今さら「どれが似合うか」と問われても分からない。


「う~ん……」


困っていると、母・リュシアが一つ手に取った。


エメラルドのブローチだ。


「これなんてどうかしら?あなたの瞳の色と同じ。とてもよく似合うわ」


兄・ヴァルターも負けじとペンダントを首元に当てる。


「うん。いいな。これもよく似合っている。セットでこの耳飾りもどうだ?」

 

満足げに頷く家族。


――当の本人は差し置いて、全員が楽しそうだ。

 

リリアーナの為に、本気で選んでいる。


いくつかがその場で購入され、次の宝石商が入る。


二人目。三人目。四人目……。


気づけば数時間。

最初は目新しさに驚いていたが、さすがに飽きてくる。


(……これって、いつになったら終わるのかしら)


「……もう充分に素敵なジュエリーもいただきましたし、この辺りでよろしいのでは?」


引きつった笑顔でやんわり断る。


だが兄が即座に否定した。


「何を言う!まだ全然足りないぞ。美しいお前には、美しい宝石が必要なんだ!」


真剣な顔。


(何言ってるの、この兄……)

 

リリアーナは苦笑いを浮かべるしかなかった。


母も続く。


「あなたは世界一可愛くて美しいんだから。世界一のものを身につけてもらたいの」


さらに父・アルベルトまで。


「愛しき我が子よ。俺たちはリリアのためなら何でもしてやりたいんだ。遠慮するな」


普段は厳格な父の、ゆるみきった顔。


(……うちの家族、溺愛が過ぎるわ)


嬉しい。

けれど、少しだけ重たい。


やがて最後の宝石商が入室した。

 

(これでやっと解放される……)


最後のトランクが開く。


――その時だった。

 

(あれ?)


ひとつだけ、目に留まるものがあった。


他の宝石はどれも豪奢で華やか。

だが、その中にぽつりとある、あまりにも簡素なネックレス。


透明な水晶。

装飾も少なく、驚くほど素朴だ。

逆に浮いている。

 

(とてもシンプルなネックレスだけど、なんか気になる……)


宝石商が説明を始めるが、リリアーナの耳には入らない。

水晶から目が離せなかった。

 

母・リュシアが、その水晶のネックレスに気付く。

そして宝石商に尋ねた。


「……これは?とてもシンプルですね」


「ええ、少々いわく付きでして」


「いわく付き?!」


母が思わず口元を押さえる。


「ご安心ください。恐ろしいものではございません。ある公爵家に代々伝わっていた秘宝だとか。ただ、特別な力は確認されず、数年前に手放されたものです。おそらくただの水晶でしょう」


母、父、兄と順に手に取る。


「……普通だな」

「何も感じないわね」


三人は興味を失い、再び煌びやかな宝石へと視線を戻した。


だが――


リリアーナだけは違った。

 

「……あの……私も、手に取ってみてもいいですか?」


「もちろんです。ゆっくりご覧下さい」


そっとネックレスを受け取り、手のひらに乗せる。


ひやり、とした感触。


(どうしてこんなに気になるの?)

 

じっと見つめる。


キラッ――


奥で、かすかに光った。


「……え?」


見間違い?


視線を外し、もう一度見る。


何も変わらない、ただの水晶。


(気のせい……?)


けれど、胸の奥がざわつく。


「……これ、買ってもいいですか?」


一度も意見を言わず、ただ見ていたリリアーナ。

初めて自分から選んだ。

家族三人が驚いた顔をする。


「これでいいのか?一番地味だぞ?」


「いいんです。御守り代わりに、身につけたいんです」


父は少し考え、頷いた。


「なるほど。御守りか」


母も優しく微笑む。


「ではそれもいただきましょう。他にも欲しいものは?」

 

正直、ない。

元々宝石には興味が無いのだから。


けれど家族を落胆させたくない。


「……これなんか素敵です」


それらしく指をさす。


「あなたらしいわね」


嬉しそうな母。

リリアーナは少し罪悪感を感じた。


(……ごめんなさい。今の私は、宝石に興味がないの)

 


こうしてリリアーナにとって、長い時間が終わった。


自室に戻るなり、ベッドに大の字で倒れ込む。


「疲れた……訓練より別の意味で疲れるわ……」


そして、例の水晶を手に取る。


「どうして、こんなに気になるの?」


この時はまだ分からなかった。

その水晶がただの装飾品ではなく、あの小さな光に意味があったことを。

 

そして――

それが彼女の視界を変えるようになるということを。

 


 

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