レベル2、それでも前進
あれから三ヶ月。
リリアーナは、毎日欠かさず訓練を続けていた。
(そろそろ、レベルも少しは上がったかな)
この三ヶ月、あえて自分のレベルや経験値は確認しないようにしていた。
気にならなかったわけじゃない。
それでも――結果を見る楽しみを、今日まで取っておきたかったのだ。
少しの緊張と期待に、リリアーナはステータス画面のボタンを押した。
――レベル 2
「……レベル、2?」
目を疑う。
三ヶ月、毎日あれだけ訓練してきた。
それなのに、上がったのはたった一つ。
「一つしか……上がってないやん!」
素質がないのは分かっていた。
それでも、もう少しは上がっていると思っていたのだ。
「世の中、そんなに甘くないってことね……」
乾いた笑いを浮かべながら、リリアーナは現実を受け止める。
「……でも、いいじゃない」
ぽつりと呟く。
「壁があるほど、燃えるってものよ」
(明日から、さらにメニューを増やそう)
そう決めて、気持ちを切り替えた。
実際、この三ヶ月の訓練は、確実に身体を変えていた。
最初、立ち上がるのも辛かった筋肉痛は、今ではほとんど感じない。
十回で息が上がっていた腹筋も、計画通り百回こなせるようになった。
華奢だった身体も、細いながら筋肉がついてきている。
(それなのに、レベルが一つしか上がらないのも不思議な話だけどね)
リリアーナは再びノートを開き、訓練計画を書き足していく。
(陸上の時の練習内容、取り入れてみようかしら)
・ウォーキング → ランニングに変更
・腿上げ、スキップ、ドリル
・体幹トレーニング
基礎体力がついたら、剣と魔法の訓練もしたい。
――そして問題が一つ。
サクマから借りた訓練服。
実は一度も洗濯できていなかった。
洗濯を頼めば、訓練していることがバレる。
かといって、自分で洗うのも、この立場じゃ難しい。
(……さすがに、もう限界よね)
一つの考えが浮かぶ。
(サクマに、お願いできないかしら)
一騎士に洗濯を頼むのは気が引ける。
けれど、他に頼れる人はいなかった。
(明日、行ってみよう)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
早朝――
リリアーナは騎士団の訓練場に来ていた。
人は気配はない。
辺りを見回しながら、サクマを探す。
――いた!
「サクマー!」
少し離れた場所にいた彼に向かって、手を振りながら声を張り上げる。
「うおっ!ビックリした!」
駆け寄ってきたサクマが目を丸くする。
「久しぶり!元気にしてた?この前はありがとうね」
「あぁ、お前か。……で、あれからちゃんと身体は動かしてるのか?」
「もちろん!毎日訓練してるわよ。ほら、見て!」
リリアーナは袖をめくり、腕に力を入れてみせた。
「……あまり変わらないように見えるけどな」
「よく見てよ!ちゃんと筋肉ついてるんだから」
「うーん……。うっすら、な」
口を尖らせるリリアーナ。
確かに、見た目では分かりにくいのも事実だ。
「それよりさ。何で毎回呼び捨てなんだよ。俺の方が年上だそ。『さん』付けろよ」
前世の莉子とあまり変わらない年齢。
ついフレンドリーに話してしまった。
「あ……ご、ごめんなさい」
「まぁいいけどさ。……で、俺に何か用か?」
リリアーナは、胸に抱えていた袋を見つめたまま、言葉に詰まる。
「その袋、なんだ?」
心臓が跳ねる。
勇気を出して口を開いた。
「あ、あのね……怒らずに聞いて欲しいんだけど。借りている練習着、洗濯してもらうことって……できる?」
非常識なお願いだと分かっている。
それでも、他に方法がなかった。
「はぁ?」
サクマの表情が一気に曇る。
「……さすがにそれは行き過ぎだろ。面白そうだから服貸しただけだ。俺は騎士だぞ。お前のメイドでも親でもない」
突き放すような視線。
(……当然よね。私が甘えすぎた)
「ごめんなさい、無茶な事を言って。忘れて」
(せっかく優しく親身になってもらったのに。私のせいで嫌な気持ちにさせてしまった……)
リリアーナはもう一つの袋を差し出した。
「これ……服を借りたお礼。本当にごめんなさい」
そう言って、その場を離れようとした。
「……甘い匂いがする」
振り返ると、サクマが袋をじっと見つめていた。
「カップケーキよ。好みが分からなかったから、私の好きなものにしたの」
「今、食べていいか?」
「うん」
サクマは袋から一つ取り出し、かぶりつく。
「……うまい」
一瞬で表情が緩んだ。
「よかった。ウチのシェフが作るデザートは、絶品なの」
「あっという間になくなった……」
照れたように視線を逸らし、サクマが言う。
「……洗って持ってきたらさ。またこれくれるか?」
「もちろん! クッキーでもドーナツでも、いくらでも!」
「じゃあ、やる……」
「本当!?ありがとう!」
その後、一週間に一度、洗濯してもらうことになった。
「サクマは……騎士なの?」
「騎士、見習いだよ。騎士団に入るのが夢だったんだ」
「すごいね」
「ようやく一歩近づけた。俺は絶対、この国一の騎士になる!」
真剣な眼差し。
「……絶対無理、とか思ってるだろ?」
「ううん!」
リリアーナは首を横に振り、迷いのない声で言った。
「私もね、強くなる!剣も魔法も使える勇者になるの!」
サクマは一瞬ぽかんとし、次の瞬間、吹き出した。
「……ははっ!やっぱりお前、面白いな」
「笑わないでよ!私だって本気なんだから!」
「悪い悪い。……じゃあ次は剣だな。素振りくらいなら、教えてやる」
「本当に!?」
「ああ。内緒だぞ」
やっと一歩踏み出せそうだ。
リリアーナの胸は大きく、確かに高鳴っていた。




