暗闇の中で
「う……ん……」
頭がぼんやりする
リリアーナは重力に逆らうように、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。
「……ここは?」
視界に入ったのは、薄暗い部屋。
普段使われていないのか、埃とカビのような匂いが鼻につく。
「……リリア、大丈夫か?」
顔を上げると、斜め前にカイリウスの姿があった。
その手足は縄で縛られ、自由を奪われている。
「カイリウス!ここは?!」
「どこかの倉庫みたいだな……どうやら連れてこられたらしい」
「そんな……え?」
体を動かそうとした瞬間、違和感に気づく。
思うように手足が動かせない。
(縛られてる……?)
遅れて、自分の置かれている状況が、じわじわと理解に追いついてくる。
(私とカイは、あの広場で……後ろから口を塞がれて……)
断片的に蘇る記憶。
(気絶させられたんだ……)
縄を解こうと、手首を動かす。
だが――
動くたびに、リリアーナの細い手首に縄が食い込み、擦れて、鋭い痛みが走った。
「……っ」
思わず息が漏れる。
「無理に動かさない方がいい」
リリアーナは、静かに俯いた。
(どうしよう……どうすればいい?何でこんなことに……)
「俺たちの護衛も、あの煙幕で撒かれてしまったようだな」
その言葉に、リリアーナは目を丸くした。
「え!護衛が……いたの?」
カイリウスは少し苦笑いして答える。
「俺たちの身分で、護衛なしはないよ。気づいただけで五人……もしかしたら、もっといたかもしれない」
リリアーナは呆然とし、言葉を失った。
(全然気づかなかった……。私たちが花祭りを楽しめるように、二人きりにしてくれたのかと思ってた……)
「気を使って、気づかれないようにはしていたけどな。最初からずっと近くにいたよ」
「そうなんだ……」
(近くにいた護衛の気配もわからないなんて……まだまだ修行が足りないな……)
「でも、どうして私たち捕まったの?」
「それは――」
カイリウスは言いにくそうに、ゆっくりと口を開いた。
「ごめん……俺のせいだ。俺と一緒にいたから、リリアーナまで巻き込んでしまった」
「……どういうこと?」
「狙いは……多分、俺だ。皇太子としての立場をよく思わない連中が、俺を失脚させるためにこんなことをしでかしたんだ」
リリアーナは、はっと息をのんだ。
それは――よく知る展開だった。
カイリウスは、アグリア王国の皇太子。次期国王となる存在。
ゲームでは、政権交代を狙う勢力が、現国王を失脚させ、皇太子であるカイリウスは命をおとす。
だが――まだその時ではない。
それにここはアルディア王国。アグリアではないのだ。
「……まさか異国の地にまで来て狙われるとは思わなかった。完全に油断していたよ」
「そんな……」
リリアーナは思う。
本来、この時期にアグリアからの来国はなかった。
だが、代替品である芋が見つかったことで、ゲームではなかった出来事が発生してしまった。
(私のせいだ――)
胸の奥に、重い衝撃が走る。
自分のせいで、もしかしたらカイリウスの死が早まるかもしれない――。
「……ごめんなさい、私のせいで……」
リリアーナは肩を落とした。
(カイの顔が見れない……)
「なんでリリアが謝るんだよ。俺と一緒にいたから、リリアまで巻き込んでしまった。俺のせいだ……」
その優しい声が、余計に胸を締めつける。
息が、うまくできない。
リリアーナは俯き、これまで自分がしてきたことを思い返していた。
(国の為、お父様のためと思ってやってきたことが、結果、カイを危険な目に合わせてしまった)
(私が余計なことをしなければ、こんなことにはならなかったのに……)
「おい……」
カイリウスが呼びかけるが、反応はない。
「おい!」
先程より強い口調で呼ぶ。だが、応えない。
リリアーナは小さく身を縮め、俯いたまま動かない。
「おい!しっかりしろ!リリア!!……リリアーナ!!」
三度目――はっきりと名を呼んだ。
はっと、意識が引き戻される。
ゆっくりと顔を上げた。
「しっかりしろ!諦めるな!俺はまだ諦めてないからな。逃げる隙は、必ずあるはずだ」
真っ直ぐに向けられる瞳。
その瞳には、確かな光が宿っていた。
(そうよ……カイはまだ生きてる。私も、諦めたくない!)
「……そうね。ごめんなさい、つい弱気になってたわ。私も諦めない。絶対に二人でここを出て、帰るんだから!」
再び、リリアーナの瞳に力が宿る。
先ほどとは違う、揺るがない光。
カイリウスはほっと息をつくように微笑んだ。
「あぁ……帰ろう、二人で。一緒にここを出るんだ」
その言葉は、静かで――それでいてとても力強く、リリアーナの決意を、さらに強く支えた。
――コツ、コツ……
静まり返った倉庫に、不意に足音が響く。
リリアーナとカイリウスが、はっと息をのんだ。
近づいてくる。
確実に、ここへ――。
ギィ……と重たい金属が軋む音とともに、扉が開いた。
窓もない薄暗い空間に、外からの光が差し込む。
そして――
男が一人。
続いて、また一人と、中へ入ってくる。
リリアーナとカイリウスは静かに息をのんだ。
そして――
男の一人が、ゆっくりと顔を上げた。
「……ようやくお目覚めか」
低く抑えた声が、静かに響いた。




