花祭りの予感
カイリウスの手を引き、先ほどの露店から少し離れたところまで来て、リリアーナはその手を離した。
「ちょっと!どういうつもりなんですか!」
早足で歩いたため、二人ともわずかに息が上がっていた。
「……ごめん。迷惑かけたみたいで……」
目を伏せ、しょんぼりと肩を落とすカイリウス。
いつもは冷静で落ち着いているカイリウスが初めて見せる姿だった。
(何だか叱られた犬みたい)
リリアーナは小さく息を吐いた。
(わかってる。カイに悪気があったわけじゃない)
「……知らなかったんですよね。私もごめんなさい。大きな声を出して」
それから、リリアーナは、カイリウスにお金の価値について教えた。
カイリウスは目を見開き、驚きを隠せない様子だった。
「そんなに安くていいのか?それで生活は出来るのか?」
食い入るようにリリアーナを見る。
(これだから世間知らずの王子様は……。それに何気に失礼だし)
「カイ……私たちの価値観が常識だと思わないでくださいね。みなさん必死に働いて、お金を稼いで生活してるんです」
(もし、転生前のリリアーナだったなら、カイと同じ価値観で生きていたんだろうなぁ……)
「……ごめん」
(皇太子なのに、年下の私に謝ってる。悪い人じゃないのよね)
「……カイ、あたたかいうちに食べましょう」
リリアーナはにこりと微笑み、持っていた串焼きにかぶりついた。
「ん~!美味しい!ほら、カイも」
もう一本の串焼きを、カイに手渡す。
カイはまじまじと串焼きを見つめ、恐る恐る口へ運んだ。
「どう?」
カイリウスは無言でしばらく咀嚼し、そしてゴクリと飲み込んだ。
そして、その目がキラッと輝く。
「……これは、美味いな……」
「でしょー?街の雰囲気を感じながら食べると、より美味しくなるんだから」
リリアーナは微笑む。
「リリアは……そのような経験があるのか?」
胸が大きく跳ねた。
「あはは……まさか……はじめてよ。きっとそうだろうなと思ったから」
リリアーナの顔をじっと見つめるカイリウス。
(やばいやばい。莉子の時の経験があるから、つい……)
リリアーナは咳払いしながら、視線を外した。
「……リリアは変わってるな」
カイリウスの表情がふわりと緩む。
力の抜けた、柔らかい笑顔。
リリアーナの鼓動が鳴った。
(あの顔で、その表情はダメでしょう!)
リリアーナの頬に赤みが差す。
まだ九歳だというのに、すでに美しく整った顔立ち。
そして、いつもクールなカイリウスが見せた、一瞬の表情に、リリアーナの胸は大きく高鳴った。
(このまま二人きりになるのは、なんだか気まずいわ)
リリアーナはすっと立ち上がる。
「さ、食べたなら次に行きましょう!ここに来る途中で、美味しそうなもの見つけたの」
「リリアは食いしん坊だな」
少し笑いながらカイリウスが言った。
その柔らかい笑顔に、リリアーナはまた鼓動が早くなる。
(だからその顔!いつもはクールに振舞ってるのに……)
リリアーナは、一層早くなる心臓の鼓動を落ち着かせようと、背を向け歩き出す。
カイリウスも立ち上がり、リリアーナの後を追った。
その後、二人は再び花祭りを楽しんだ。
美味しいものを食べ、様々なものを見て回った。
「リリア」
振り向くと、頭にふわっと何かを被せられた。
「え……なに?」
頭に手をやると、手に触れる感触でわかった。
「……花冠?」
「せっかくの花祭りだからな。それに……よく似合っている」
カイリウスの頬が赤く染まっていた。
(いつの間に買ったんだろう……)
「ありがとう」
それから、リリアーナは辺りをキョロキョロと見渡した。
(あった!)
「ちょっと待ってて……」
リリアーナは急いで三軒先の露店へと向かった。
そこは、花屋だ。
「おやまぁ、とても可愛いお嬢ちゃんだね。いらっしゃい」
にこやかに露店の店主が声をかける。
「男性にお花を渡したいの。胸ポケットに入れるようなお花はある?」
「もちろんあるよ。それが花祭りの最大のイベントじゃからのう」
「最大のイベント?」
リリアーナは不思議そうに首を傾げる。
「ありゃ、お嬢ちゃん、知らなかったのかい?花祭りでは好きな相手に花を渡すのが、昔からの伝統なんじゃよ。女性には花冠、男性には胸に挿す花を渡すんじゃ」
「えぇ――!」
思わず叫んでしまった。
好きな相手に渡す――
(だけど、多分カイリウスは意味も分からず渡してるよね?なら私も、いっかぁ……。悪いやつじゃなさそうだし)
「ここにあるのから、好きなの選んでいいよ」
そう言って指さした先には、様々な色の花が並んでいた。
(う~ん。どれにしよう……)
リリアーナは、じっとその花々を見つめた。
(カイに似合いそうなもの……あっ!)
一つの花に目が留まった。
白く凛とした花。
「これにします!」
「これじゃな。毎度あり」
リリアーナは代金を支払い、駆け足でカイリウスの元へと戻った。
「お待たせ」
両手を後ろにし、持っている花が見えないように隠した。
そして――
「はい。どうぞ」
両手を前に突き出し、一輪の花を差し出した。
「これ……」
「へへ。さっきのお礼だよ」
頭にのせている花冠を指してリリアーナが言った。
「ありがとう……」
小さく呟き、目を伏せながら両手でその花を受け取るカイリウス。
その顔は、心なしか赤みを帯びていた。
「このまっさらで凛とした感じが、カイにピッタリだなと思ったの」
微笑むリリアーナ。
「そう……かな……」
「ほら、ポケットに入れてみて」
カイリウスはその花を、胸のポケットに入れる。
白銀の髪とカイリウスの雰囲気にぴったりだと、リリアーナは頷いた。
「うん、よく似合ってるわ」
「そう、かな……」
照れるように頭を掻き上げ、体を丸める様子に、リリアーナは胸がきゅっとなった。
(これがギャップ萌えというものかしら)
お城で見せていた皇太子殿下の姿ではない。
子供らしい素直な反応に、リリアーナの心は揺らいでいた。
そのとき――
人混みの向こうで、誰かが静かに二人を見ていた。




