お姫様の肉体改造計画
(――さて。)
(神様もいなくなったことだし、後は自分でどうにかするしかないな……)
リリアーナは、ペンとノートを手に取り、テーブルの前に腰を下ろした。
「まずは、基礎体力を上げるところからよね」
基礎体力つけるために必要なのは、『運動』『栄養』『休養』。
その中で、今のリリアーナに圧倒的に足りないものは――運動だ。
姫という立場上、多少の制限はあるかもしれない。
けれど食事は質も量も申し分ないし、休養も十分すぎるほど取れている。
(……やっぱり、運動よね)
ほとんど身体を動かしていない怠けた体。
それに、まだ六歳という幼さ。
まずは無理のはないところから。
心肺機能を高め、血流をよくする有酸素運動から始めよう。
そう決めて、リリアーナはペンを走らせた。
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『リリアーナの肉体改造計画!』
・5時 起床
ストレッチ+ウォーキング
・8時
腹筋・背筋 各100回
・13時
ストレッチ+腹筋・背筋 各100回+スクワット50回
・21時
ウォーキング+ストレッチ+腹筋・背筋 各100回+スクワット50回
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(……とりあえずこんな感じかな)
ペンを置き、ノートを見つめる。
(本当は、莉子の時みたいに、もっとハードに走り込みたい。でも幼い体力のないこの身体じゃ無理。少しずつ慣らしていこう)
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翌朝。
空はまだ薄暗く、城の中も静まり返っていた。
リリアーナは予定通り、目を覚ます。
まずは入念にストレッチ。
急な運動は怪我のもとだ。
全身をほぐし終え、最後に大きく両手を上へ伸ばす。
(思ったより……柔らかい)
この身体は柔軟性が高い。
しなやかで、怪我をしにくく、可動域も広い。
(こんな素質があるのに、運動しないなんて……もったいない)
着替えようと、クローゼットを開けて――固まった。
(……あ)
中に並んでいるのは、煌びやかなドレスばかり。
ひらひらとしたスカートでは、運動どころではない。
(どうしよう……)
動きやすい服。
戦う人たちが着るような――。
(……そうだ!)
閃いた。
(騎士の服を借りればいいんだ!)
だがすぐに問題に気づく。
誰から借りればいい?
リリアーナの記憶を探っても、騎士と直接関わった覚えはない。
(……とりあえず、騎士団の訓練場に行ってみよう)
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騎士団訓練場――
「……まだ誰もいないよね」
人気のない時間を狙い、そっと訓練場へ忍び込む。
初めて足を踏み入れる場所。
見つかれば確実に怪しまれる。
息を潜めながら、更衣室へ。
脱ぎ捨てられた訓練服が、あちこちに置かれている。
「あった!これよ、これ!」
手に取った瞬間、鼻を突く匂い。
「……くさい」
思わず鼻をつまむ。
「ま、毎日訓練してるんだもんね……」
(洗えば何とかなる……けど)
実際服を目の当たりして、すぐに分かった。
「そもそもサイズが大きすぎて、無理だ……」
当たり前だ。
リリアーナはまだ六歳。
屈強な大人の騎士が着る服が合うはずがない。
(私……まだ子供なんだよね)
「どうしよう……」
項垂れた、その時。
――ガタン。
背後で物音がした。
心臓が跳ね上がる。
恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは騎士団の服を着た少年だった。
「そこで何をしているんですか!」
中性的な顔立ち。
声も高く、男女の区別がつきにくい。
「騎士団にも女性の方がいたんですね!」
無邪気に言った瞬間、少年の肩が震えた。
「俺は男だ――!!」
「ご、ごめんなさい!」
「俺は十三歳だ!これから背も伸びるんだ!」
必死に主張する姿に、親近感を覚える。
莉子だった時、十五歳だった。彼はその2歳下。歳も近い。
「あなた騎士団の人よね?」
「お前は誰だよ!なんで女の子がここにいるんだよ!ここはお前みたいな女、子供が、気軽に入っていい場所じゃないんだよ!」
(確かに……そう思うよね)
騎士団にはかなり少数ではあるが、女性も在籍している。
だがそれは正式に所属する者に限られ、部外者の女性が立ち入ることは、基本的に許されていない。
――けれど。
私は六歳とはいえ、この国の姫、リリアーナ・アルディア・クラウン。
騎士団が守るべき存在であり、本来なら立ち入りを咎められる立場ではない。
おそらく、この少年は気づいていないのだろう。
まさか王城の姫が、こんな時間に、ひとりで騎士団の訓練場に現れるなど、思いもしないはずだ。
「私はリリアーナ。服を借りたくて来たの」
「服?何のために?」
「運動したいの。このヒラヒラした服だと動けないから」
少年は呆れたように笑った。
「お前、いいとこの子だろ?身体動かすって、変なやつだな。貴族のお嬢様はお茶会ばっかだろ?」
「私はたくさん運動して、筋肉つけて、強くなりたいの!」
「強くなりたいって……変わったやつだな。それに子供用の服なんて、ここにはないぞ」
その通りだ。
6歳の私が着れるようなものが、ここにあるはずが無い。
肩を落とした、その時。
「……俺の昔のやつ、やるよ」
「ほんとに?!」
ぱっと顔を上げる。
一瞬、その笑顔に少年は見惚れた。
(……可愛い)
「なんだか面白そうだしな。明日、持ってきてやるよ」
「ありがとう!」
「俺はサクマ。よろしくな、おチビちゃん」
「おチビちゃんじゃない!リリアーナ。リリアよ!」
差し出された手を、ぎゅっと握り返す。
(よし……これで始められる)
リリアーナの「戦う人生」は、静かに動き出していた。




