初めての花祭り
アグリアの使節団が来て、今日で六日。
滞在期間は一週間。明日が最後となる。
リリアーナは大きく背伸びをした。
「よ~やく、自由になれるわぁ」
アルディアの場内には、いつ戦いが起こってもおかしくないアグリア王国の者たちがいる。
それだけで場内の空気は張り詰めていた。
だが、この数日にわたる使節団の訪問で、この戦いを避けるための収穫は、少なからずあったはずだ。
(これで戦が回避出来れば万々歳なんだけどなぁ)
コンコン。
扉を叩く音が響く。
「どうぞ」
扉が開いた。
「お嬢様、国王様がお呼びです」
「お父様が?何かしら……」
リリアーナは席を立ち、父のいる執務室へと向かった。
執務室の前に立つリリアーナ。
「お父様、私です」
「あぁ、リリア。入りなさい」
「失礼いたします」
軽くお辞儀をして中に入ると、そこには、父・アルベルトと、カイリウスの姿があった。
(二人が一緒に……どうしたんだろう?)
「お父様、ご用はなんでしょうか?」
「あぁ……」
アルベルトはゆっくりと口を開いた。
「明日、このアルディアで花祭りがあるのは知っているな」
(アグリアとのことで、すっかり忘れていたわ。もうそんな時期だったのね)
「はい」
花祭り。
一年に一度、三日にわたって開催される祭りだ。
街のあちこちに花が飾られ、音楽が奏でられ、露店が並ぶ。
民の誰もが楽しみにしている、一大イベントである。
だが、アルディア国の姫であるリリアーナは、一度も参加したことがない。
王族には縁のない祭りだったからだ。
「明日でアグリア使節団の滞在も最後となる。その最後に、アルディアの街の様子も見ていただこうと思うてな」
アルベルトは、ちらりとカイリウスを見る。
「カイリウス殿下は、城下の祭りを見てみたいと希望されている。そこで歳の近いリリアに、案内役を頼みたいのだ」
リリアーナは驚き、アルベルトに言った。
「私でよいのですか?私も花祭りは初めてですよ」
「殿下のご希望なのじゃ。行くなら歳の近いリリアーナに案内してほしいとな」
リリアーナはくるりとカイリウスへ目を向けた。
「そうなのですか?」
カイリウスは、頭を掻きながら、少し照れくさそうに答えた。
「……あぁ。せっかく行くなら、歳の近い者の方が楽しめるからな」
(……せっかくこれから自由に過ごせると思ったのに。最終日まで一緒なんて……)
「……わかりました」
リリアーナは笑みを浮かべたが、その目の奥は笑っていなかった。
違う空気を感じたのだろう。カイリウスが言った。
「ん?なんか悪寒を感じるが……」
「……今日はちょっと風がひんやりしますからね。ふふ……」
(カイリウスー!)
内心、メラメラと炎を燃やしていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
翌日。
今日から一大イベント、花祭りが開催される。
街は明るく賑やかな声で溢れ、通りに飾られた花々が、さらに雰囲気を明るく、華やかにしていた。
路上では陽気な音楽が演奏され、そのリズムに合わせて踊る人々の姿もある。
花祭りという名の通り、胸元に一輪の花を挿したり、女性の中には、頭に花冠をのせている者もいた。
両脇に並ぶ露店からは、甘い菓子の香りや、醤油の香ばしい匂いが漂い、通る人々の食欲を掻き立てている。
大勢の人々が祭りを楽しむ中に、リリアーナとカイリウスの姿もあった。
「カイリウス皇太子殿下、そのお姿もなかなか似合っていますよ」
カイリウスの頬が、少し赤くなる。
「リリアーナ姫こそ……よく似合っている」
リリアーナとカイリウス。
そのままだと目立ちすぎるため、二人は庶民の装いをし、髪色も変えていた。
プラチナブロンドの髪を薄い茶色へと変えたリリアーナ。
そして、白銀の髪を漆黒の髪色へと変えたカイリウス。
これで二人が王族だと気づく者はいないだろう。
二人は露店が立ち並ぶ通りを歩いた。
大勢の人が行き交っている。
「あ……」
すれ違う人にぶつかりそうになり、思わず声を上げたリリアーナ。
するとカイリウスが、すっと右手を差し出した。
「え?」
意味がわからず戸惑っていると、カイリウスがリリアーナの手をぐいっと掴んだ。
「……危ないだろ。それにこんな人混みじゃ迷子になる」
(なるほど。だから手を繋ごうということね)
「ありがとう、カイリウス皇太子殿下」
リリアーナは微笑み、礼を言った。
するとカイリウスは目を伏せ、ぽつりと呟く。
「……カイでいい。」
「え?」
リリアーナは、キョトンとした顔でカイリウスを見た。
「呼びにくいだろ?それにその呼び名だと、正体がばれてしまう」
(確かに……せっかく変身したのに、意味がなくなっちゃうわ)
「そうですね。では私のこともリリアと呼んでください、カイ」
カイリウスの体温が一気に上昇した。
耳まで真っ赤だ。
だがその様子に、リリアーナはまったく気づいていなかった。
「カイ、いい匂いがしますね」
露店の方を見るリリアーナ。
醤油と砂糖の、甘く香ばしい香りが漂ってくる。
「あれ、食べてみませんか?」
指をさした先にあったのは、野菜やお肉を刺した串焼きだ。
最初はあまり乗り気ではなかったリリアーナだが、実際に花祭りの賑わいを目にして、今はすっかり心を踊らせていた。
(懐かしい……前世の夏祭りみたいだわ)
リリアーナは、莉子だった頃に家族と行った夏祭りを思い出していた。
(こういう街中の露店って、どうしてこんなに美味しそうに見えるのかしら)
リリアーナに促されるまま、串焼きの露店へとやって来た二人。
「おじさん、これ二本ください」
「はいよ。可愛いお嬢ちゃんだね。このままでいいかい?」
「うん。ありがとう」
串を渡され、リリアーナが受け取る。
そしてカイリウスが代金を払おうとした。
串焼きを売るおじさんの前に、ポトンと落とされる金貨数枚。
(え……?)
おじさんが思わず固まる。
それから、絶叫が響き渡った。
きょとんとするカイリウス。
「足りないのか?じゃあ……」
さらに金貨を落とすカイリウス。
「ちょっ!カイ!もういいから!」
(世間知らずにもほどがある!)
それからリリアーナは、逃げるようにカイリウスの手を引きながら屋台を後にした。
そのとき――
遠くから、二人をじっと見つめる視線があることに、誰も気づかなかった。




