国境を越えた噂
「お父様、よかったですね」
リリアーナはにこりと微笑んだ。
孤児院でのバザーが終わって三週間。
芋料理はたちまち話題となり、民の間に広まった。
今ではすっかり抵抗がなく、家庭料理として食べられるまでになった。
(ここまで早く浸透するとは思わなかった)
それも、国王が迅速に動いたことが大きかった。
すぐに山間部から芋を取り寄せ、市場に広げる。民衆への普及も積極的に行ったのだ。
(さすがお父様よね)
そんな父・アルベルトを、リリアーナは心より誇りに思った。
「リリアのおかげだ。バザーも一人で頑張ったな。大したものだ」
優しく頭を撫でるアルベルト。
そのぬくもりが、とても嬉しかった。
「この芋は、国を救うかもしれないな」
噛み締めるようにアルベルトが言った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
その頃、隣国アグリア王国では――
「国王様、隣国アルディア王国で、今ある食料が話題になっているとの報告です」
報告を受け、アグリア王国の国王、フェリクス・セリウス・ファレンが口を開いた。
「ある食料だと……?それはなんだ?」
「は!地中でとれる、じゃがいもという野菜を使った料理だそうです」
「……じゃがいも……聞いたことがないな……。お主は知っておるのか?」
「いえ、私も初めて聞く名です」
「ふむ……」
フェリクスは頬に手を当て、目線を下げた。
しばらく沈黙する。
「よし……」
フェリクスは決意を口にした。
「アルディアに使節団を送れ。そのじゃがいもとやらの正体を確かめてこい」
「しかし……」
報告者が口を挟む。
「元はと言えば、アルディアがこの不作の中で買い占めを行ったのが原因。そのアルディアに、知恵を借りるというのですか?」
フェリクスは、大きく息を吐く。
「……仕方あるまい。国の危機じゃ。民の不満が頂点に達しておる。麦の代わりになり得るものがあるなら、知る必要がある」
「確かにそうですが……」
アグリア王国は主に穀物で成り立つ国だ。
だが今年は長引く干ばつの影響で穀物が育たず、深刻な食糧難に見舞われていた。
その状況を知った隣国アルディア王国は、穀物を買い占め始めた。
そのため、アグリア国内の食糧不足がさらに深刻化していた。
「国民は既に限界に達しておる。このままでは国内で暴動が起きかねん!」
フェリクスの険しい表情が、事態の深刻さを物語っていた。
「ですから、アルディアに闘いを挑み、奪われた穀物を取り返せばよいのではないですか?」
「それは後の話だ。まず今の食糧難を解消せねばならん。仮に戦を起こしたとして、勝利の前に、国民が疲弊してまう」
フェリクスは考え込む。
確かに戦を起こす準備はしているが、なるべく避けたい。
アルディアは大国であり、無防備に挑むには危険すぎる。
戦には時間も費用もかかる。
その間に飢えた国民が、さらに苦しむことは目に見えていた。
だからと言って、何もしないわけにはいかない。
民は、アルディア王国を恨んでいる。
このままだと、内部で暴動が起きる。
フェリクスは険しい表情で部下を見つめ、力強く言った。
「すぐに準備をせよ。そしてその話をよく調べるのじゃ!」
報告者は深く頭を下げた。
「はい、承知しました」
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それから数日が経った頃――
アルディア城では、着々と準備が進められていた。
一週間後、隣国アグリア王国からの使節団が派遣される。
アルディア王国に広まった、新しい作物について教えて欲しいという要請だった。
アルディアとアグリアは、今まさに緊張状態にある。
だがこの訪問で、その関係が改善されるかもしれない――
その思いから、国王・アルベルトはこの要請を受け入れた。
とはいえ、現在のアグリア王国との関係は微妙なものだ。
念入りに準備するに越したことはない、と決まったその日から、城では準備が始められた。
案内や対応、マナーに至るまで、すべてのメイドや執事が改めて再教育される。
城内の装飾も見直され、花や壁に飾られた絵画まで細かくチェックされた。
料理人たちは、新しいじゃがいもやさつまいもを使った料理を考案している。
神経質なほどに、皆がそれぞれの役割を全うしていた。
そしてリリアも――
「……本当に私も参加するのですか?」
どうやらアグリア王国は、孤児院でのバザーの噂を聞きつけたらしい。
王女からも話を聞きたいと、要請があったという。
(まだ子供なのに、どうして私がそんな重大な話の場に混ざらなきゃいけないの……)
大人ばかりの中に、一人だけ七歳の子供が混じることに、リリアーナは気まずさを感じずにいられなかった。
「リリア、大人の事情なのに、巻き込んですまないな……」
父・アルベルトの表情は、どこか悲しそうだった。
本当に申し訳ないと思っている顔だった。
「い、いえ、大丈夫なんですが、ちょっと気まずいなぁと思いまして……」
(そんな顔をされると、断りにくい……)
「本当に申し訳ない。私も傍にいるし、もちろんヴァルターも同行させる」
「……分かりました」
ここは腹を決めて参加するしかない。
そう思ったとき、アルベルトが思い出したように口を開いた。
「そういえば、アグリア王国にはまだ幼い王子がおってな。確かリリアの二歳上だったか……。彼も一緒に同行なさるそうだ。歳も近いから、話が合うかもしれぬ」
知ってる――
胸が大きく鳴った。
悲劇の王子、カイリウス・セリウス・ファレン。
この戦いで敗れ、現国王フェリクス・セリウス・ファレンは退くことになる。
そして若き王カイリウスは、その直後、次期国王の座を狙う側近によって暗殺される。
(彼が来るんだ……)
ゲームで名前しか聞いたことのない若き王子。
バッドエンドが決まっている未来。
(どんな子なんだろう……)
リリアーナは、これから訪れるであろう大きな波を見据えていた。




