ヒロインですが、戦います
……うぅーん。
……眩しい。
差し込む朝の日差しに、思わず目を細める。
全身がふわふわと包まれているようで、ひどく心地いい。
柔らかさと温もりに身を委ねながら、莉子はゆっくりと目を開けた。
見た事のない天井――
高く、装飾が施され、中世ヨーロッパを思わせる華やかさがある。
……ここ、どこ?
上半身を起こし、周囲を見渡す。
白と淡いピンクを基調とした、とても可愛らしい部屋。
寝ていたベッドはキングサイズほどもあり、ふっくらと厚みのある上質な布団に包まれていた。
……え? 本当に、どこなの?
全く見覚えのない景色に、困惑する。
コンコン――
控えめなノック音が響いた。
「お嬢様、失礼致します」
扉が開き、メイド姿の女性が、ワゴンを押しながら入ってくる。
現代とはかけ離れたその光景に、頭が追いつかない。
えっと……私は日比野莉子。
……いや、違う。
――私はリリアーナ。
『リリアーナ・アルディア・クラウン』。
そう理解した瞬間、波のようにリリアーナの記憶が押し寄せてきた。
私はリリアーナ。6歳。
この王国の姫。
「お嬢様、おはようございます」
「……おはよう」
一気に情報が流れ込んだせいか、頭がずしりと重い。
「お嬢様、大丈夫ですか?具合が悪いのですか?」
「……うん、大丈夫。ちょっと頭が痛いだけ」
頭を押さえると、メイドは青ざめた。
「まぁ!それは大変です!すぐにお医者を呼んできますね」
「大丈夫。そんなに酷くないから」
「いえ、念の為です!」
制止も聞かず、メイドは慌てて部屋を出ていった。
呆然とその背中を見送りながら、リリアーナは深く息をつく。
……整理しよう。
私は日比野莉子。
交通事故で亡くなり、神様に会って転生した。
今の私は『リリアーナ・アルディア・クラウン』。
ここは、昔夢中になってプレイしていたゲームの世界。
タイトルは――『レジェンド・オブ・アルディア』。
リリアーナは、このゲームのヒロイン。
勇者である主人公に守られる、一国のお姫様だ。
リリアーナはゆっくりとベッドから降り、姿見の前に立った。
幼い……。
6歳の身体。
小さな手足。
背中の半ばまであるプラチナブロンドの艶やかな髪。
薄いピンクの可愛らしい部屋着。
幼いながらもさすがヒロイン。
大きな瞳は澄んでいて、すでに美少女の片鱗がある。
……これが、私。
頬、額、腕、お腹……。
自分だと分かっていても、何度も触れて確かめてしまう。
当たり前だが、日比野莉子とは、全くの別人だ。
そのとき――
勢いよく扉が開いた。
「……っリリア! 大丈夫か!」
飛び込んできたのは、兄、ヴァルター・アルディア・クラウン。
息を切らし、額には汗が滲んでいる。
続いて、母、リュシア、父、アルベルトも部屋に入ってきた。
「リリア、大丈夫なの?体調が悪いってきいたけど」
「リリア!お前にもしもの事があったら私は……ううっ……」
リリアーナを心配し、不安そうな母。
涙を零す父。
(ちょっと、みんな心配しすぎじゃない?)
「だ、大丈夫よ。少し頭が痛いだけだから」
苦笑いで答える。
「本当か?リリアは昔から我慢しすぎるところがあるから。熱は?」
ヴァルターがリリアーナの額に手を当てる。
「……熱は、ないな。だがこれから上がってくるかもしれん」
(そこまで心配する?)
「寝ていなさい」
半ば強引にベッドへ戻され、布団をしっかり掛けられる。
(相当、大切にされてたんだな……過保護だけど)
やがて医者が到着し、診察したが、異常なし。
頭痛薬だけ処方された。
「だから言ったのに……」
それでも心配する家族に、リリアーナは言った。
「少し休みたいので、一人にしてもらえますか?」
リリアーナの言葉に、名残惜しそうにしながら、皆は部屋を出ていった。
ふぅ……。
(神様は「次の人生は、お前の望む人生となる」っていってたけど……)
1度目を閉じてから、ゆっくりと目を開けた。
右上に、小さな黒いボタンが浮かんでいた。
(これ、もしかして……)
恐る恐る押す。
――開いたのは、ゲームのメニュー画面。
レベル、経験値、ステータス。
(ゲームのまんまじゃん!)
リリアーナのレベルは1。
最大レベルは10。
体力5、魔法1、剣術1。
(……え? 最大10?)
このゲームは、本来300まで上がるはずだ。
(そうか……お姫様は戦わないから)
守られるヒロイン。
でも――。
「私は、戦いたいのよ!」
思わず声が出た。
剣を振るい、魔法を放つ。
それが楽しかったのに。
「神様の嘘つき……」
ぬいぐるみを抱きしめ、涙が溢れる。
「こんな人生、望んでない……」
「こら、泣くな――」
誰もいないはずの部屋に、声が響いた。
聞き覚えのある声。
この声は――。
「……?」
顔を上げた瞬間、目の前にすっと人影が現れる。
白い装束に、長い顎髭。
片手には大きな杖。
間違いない。
「神様――!」
あの世で会った神様だった。
「ちょっと!どうしてくれるんですか!」
神様の顔を目の当たりにすると、より感情が抑えられなくなった。
堰を切ったように、涙とともに感情が溢れ出す。
「莉子の時は神様のせいで死んじゃうし。今度は大好きなゲームの世界に転生したのに、剣も魔法も使えないなんて!」
神様を睨みつけた。
「このゲームのファンからしたら、見てるだけ、守られるだけの人生なんて、絶対無理なんですよ!」
「いやいや……お姫様じゃぞ?なんの苦労もせず、生きていけるんじゃぞ」
神様は理解できない、といった顔だ。
「女だからって決めつけないで下さい!私は剣や魔法が使いたいの。ガンガン敵を倒して、強くなりたいんです!」
「そ、そうなのか……」
神様は少しだけたじろいだ。
「それに最大レベル10ってなんですか?それ以上は何しても、レベルが上がらないってことじゃないですか!」
「……それはお姫様じゃから、仕方なかろう。」
「仕方ないで済ませないでください!」
神様を正面から睨みつけ、リリアーナは再び涙を零した。
「ひどいよ……。私が死んだの、神様のミスなのに……。次の人生を、こんなつまらないものにするなんて……ひどすぎる……」
しゃくり上げながら泣いた。
「……分かった、分かった」
神様は困ったように頭を掻いた。
「何とかしよう」
その言葉に、リリアーナははっと顔を上げる。
「私を勇者にしてくれるんですか?」
「すまぬがそれは出来ん。1度決めたキャラ設定は変えられんのじゃ」
一時止まった涙が、また溢れ出す。
「うわぁーん!神様のバカー!」
「こらこら……」
神様はため息をつく。
「人物設定は変えられぬが、その代わり、レベルなどの制限を引き上げることはできる」
「ほ、本当に?」
「あぁ。ただし元々の素質は変わらんから、相当な努力をせねば、レベルを上げることは難しいじゃろう。それでも無理に近かろうな」
――努力。
努力は嫌いじゃない。
体を動かすのも、鍛えるのも、大好きだ。
それは、やればやるほど、結果となって現れるから。
「お願い、神様」
リリアーナは真剣な眼差しで言った。
「私の最大レベルを、主人公と同じくらい……300にして。体力も剣も魔法も、全部上げられるようにしてほしい」
(いや、この際だから……)
「神様……最大レベルそのものを無くすことはできないんですか?」
「……無限、ということか?」
「そう。努力した分だけ、上がるように」
神様は腕を組み、しばらく黙り込んだ。
「……分かった。元はといえばワシのミスじゃ。今回はそなたの希望を叶えよう」
「本当……?」
「最大レベルは、設定なし、じゃ」
「やったぁー!!ありがとう、神様!」
思わず立ち上がり、両手を上げる。
「しかしそなたも変わっておるのぉ。せっかく楽して生きる人生を与えたのに」
「私は、剣と魔法を使いたいの。強くなりたい!」
それが、きっと、この世界に来た意味だと思うから――。
「……変わった姫じゃの」
神様は苦笑しながら言った。
「では、日比野莉子……いや、リリアーナよ。幸運を祈る」
「え、もう行っちゃうんですか?」
「本来、人の人生に、神は介入してはならんのだよ。だがワシにも責任があるからの。今回は特別じゃ」
「では、さらばじゃ」
そう言うと、神様の姿は光に包まれ、すっと、消えていった。




