芽吹きの一皿
リリアーナは城の調理場に立っていた。
「お嬢様……本当にそのようなものを、お出しになるおつもりですか?」
料理長が、目の前に山と積まれたそれを見て、一歩退く。
他の料理人たちも、距離を取ったまま様子を窺っている。
父・アルベルトに頼んで取り寄せてもらった、じゃがいもとさつまいも。
二日とかからず用意されたそれは、まだ土の匂いを残していた。
採れたての証。
リリアーナには、新鮮で美味しそうに見える。
けれど――
「土の中にあったものだなんて……」
「あんな見た目の悪いものを……」
「下賎の食べるものでしょう」
ひそひそとした声は、隠しているつもりでも、しっかり耳に届いていた。
(……わかってはいたけれど)
想像以上だった。
「では、作っていきますね」
気合いを入れるように、エプロンの紐をきゅっと結ぶ。
まずは、じゃがいもとさつまいもを丁寧に洗い、泥を落とす。
泥を落とすたび、淡い色の肌が現れていく。
まな板と包丁を用意し、じゃがいもの皮を剥き、芽を取る。
その手際を見ていた料理長が、思わず口にした。
「……お嬢様、ずいぶん慣れておられますな」
リリアーナは、にこりと微笑む。
「少しだけ、お手伝いをしていたことがあるの」
(莉子だった頃にね)
心の中で、小さく呟いた。
じゃがいもは少し大きめに乱切りにする。
人参や玉ねぎなどの野菜も同じく大きめに切り、鍋へと入れた。
「煮込み料理でございますか?」
料理長が覗き込む。
「ええ。野菜の旨みがそのまま出るの。体も温まるわ」
水を注ぎ、塩と香草を加える。
火にかけると、やがて静かな泡が立ち始めた。
「こうしてしまえば……元の姿は、わかりませんな」
リリアーナは微笑む。
「あともう一品も作りますね」
鍋の隣で、別のじゃがいもを茹で始める。
十分に柔らかくなったところで、湯を切り、木の器へ移す。
「……潰されるのですか?」
料理長が眉をひそめる。
「ええ」
リリアーナは木べらを手に取り、丁寧に潰していく。
ほくり、と崩れる黄金色。
そこへ温めた牛乳と少量のバターを加える。
「ミルクがなければ湯でもいいけれど、こちらの方が風味がよくなめらかになるの」
(前世で、よく母と作ったわ)
塩をひとつまみ。
混ぜるたび、艶が出ていく。
「……これは」
料理長の声が、変わった。
なめらかな、白く柔らかな一皿ができあがった。
「出来ました。味見をお願いします」
差し出された小皿。
料理長は一瞬ためらい、それから意を決して口に運ぶ。
厨房の視線が、彼に集まる。
ゆっくりと、目が見開かれた。
「……なめらか、ですな」
小さく、もう一口。
「土の匂いも……ありません」
「でしょう?きちんと料理すれば、見た目なんて関係ないのよ」
リリアーナは、少しだけ得意げに笑う。
少し離れて見ていた他の料理人たちも、いつの間にかすぐ後ろに集まっていた。
若い料理人も恐る恐る口にする。
「……これは、なめらかでとても美味しいですね!」
目を輝かせる料理人たち。
「付け合せにも使えそうですね」
「肉料理にも合いそうだ」
空気が、明らかに変わった。
リリアーナは胸の奥で、小さく拳を握った。
先ほどまで“下賎の食べ物”だったものが、今はきちんとした料理の一品になっている。
「じゃがいもはね、全然土臭くなんかないの。本当はそのまま茹でて、塩やバターだけでも、十分美味しいのよ」
そう言って微笑むと、若い料理人の一人が戸惑いがちに口を開いた。
「そ、それはちょっと……勇気がいるかもしれません」
(そうよね。一度ついた偏見は、簡単には消えないわよね)
いくら出来がよくても、皆が食べてくれなければ意味がない。
(次は“美味しい”だけじゃなくて、“安心して口にできるもの”だと思ってもらうこと……かしら)
そのとき、鍋から立ちのぼる湯気とともに、柔らかな香りが広がった。
野菜と香草が溶け合った、優しくも力強い匂い。
「こちらも出来ましたよ」
リリアーナは静かにポトフをよそる。
差し出された皿を、料理長が受け取った。
料理長はひと口、口に運ぶ。
「……うまい」
今度は迷いがない。
低く、確信を帯びた声。
「野菜の旨みが溶け合っている。じゃがいもも、ほくほくで食べ応えがある」
驚きと感嘆が混じった表情。
その様子に、厨房がざわめいた。
「僕も食べたいです!」
「僕も!」
次々と手が伸びる。
先ほどまで“下賎の食べ物”と呼ばれていたものが、今は誰もが求める料理になっていた。
リリアーナは小さく拳を握る。
「ふふ……たくさん作ったので、皆さん食べてくださいね」
笑顔が自然にこぼれる。
これで、じゃがいもは“食べられるもの”だと証明できた。
あと一つ――。
「今度は、種類の違うこちらの芋で作りましょう」
そう言って、さつまいもを持ち上げる。
赤みを帯びた皮に、料理人たちの視線が集まった。
「大丈夫よ。 こちらも美味しくなるから。この芋は火を通すと、とても甘くなるの。まるでスイーツみたいにね」
「スイーツ、ですか!?」
目を丸くする料理人たち。
リリアーナはこくりと頷いた。
「ええ。だから――外に出ましょう」
「は、外……ですか?」
困惑の声が上がる。
にっこりと微笑みながら、リリアーナは言った。
「さあ、皆さん。そちらの芋を持って、庭にいきましょう」
明るく弾んだ声が響く。
けれど、料理長と料理人たちの表情は、期待と不安が入り混じっていた。




