夜に灯る執務室
初めての子供会は、無事に終了した。
子供たちはそれぞれ親に迎えられ、賑やかに帰っていく。
リリアーナは最後まで立ち、一人一人を見送った。
「……疲れたわぁ」
静まり返った会場。
ようやく一人になり、ソファーへと身を預ける。
全員を巻き込んでのおままごとは大盛況だった。
そのぶん、気力も体力もかなり削られたが。
「みんな楽しんでくれたみたいね。でもあの三人だけは、微妙な顔だったわ」
それも当然だろう。
ほとんどリリアーナが場を回し、彼女たちは傍観者に甘んじるしかなかったのだから。
(彼女らからしたら、面白くなかったでしょうね)
姫を見下すこともできず、主導権も握れない。
ただ流れに乗るしかなかった三人。
「ここまでやるつもりはなかったのに……あまりにも態度が悪いんだもの」
子供は時に残酷だ。
素直であるがゆえに、感情をそのままぶつけてくる。
あの三人の、蔑むような視線と態度。
あれだけは、どうしても許せなかった。
「ま、これでしばらく大人しくなるでしょう」
大きく欠伸をした。
「リリア」
低く穏やかな声。
この声は――
姿勢を正す。父・アルベルトだった。
「ご苦労だったな。どうだった?子供会は」
「それなりに楽しかったですよ」
「そうか。それならよかった」
安堵したように目元が和らぐ。
(……きっと気づいていたのよね)
自分が同年代とうまく関係を築けていなかったことを。
転生前のリリアーナは、常に一歩引いた少女だった。
慎ましく、控えめな姫。
だがそれは同時に、何を言われても飲み込んでしまう弱さでもあった。
その弱さにつけ込み、無礼に振る舞う者もいた。
今日の三人のように。
(私がこの世界に来たからには、もう好き勝手はさせないけどね)
ふと、違和感がよぎる。
「お父様、少し顔色悪くありませんか?」
「あぁ……このところ仕事が立て込んでいてな」
軽く笑ってみせるが、その目の奥は笑っていない。
最近、人の出入りが増えている。
重臣や騎士団長、見慣れぬ使者の姿もあった。
内容は知らない。
だが、ただ事ではない空気は感じている。
「お父様、きちんとお休みになっていますか?ご無理はなさらないでくださいね」
「ありがとう。リリアは本当に優しいな」
アルベルトは屈み、娘を抱き寄せた。
(う……ん……)
中身は十五歳。
父との距離の近さに、思わず身体が強張る。
もちろん本人は気づいていない。
だが――。
間近で見て、はっきりわかった。
(少しやつれている……)
頬がわずかに痩せ、目の下に薄い影。
そして、衣の袖から微かに感じた緊張。
何かが起きている。
子供の自分には知らされない何かが――。
リリアーナの胸に小さな不安がともった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
その夜。
寝台に入ったものの、なかなか眠れなかった。
父の顔が脳裏に焼き付いている。
わずかにくぼんだ目元、疲れを隠しきれない表情。
(お父様……大丈夫かしら)
胸の奥が、ざわりと騒ぐ。
喉が渇き、リリアーナはそっと部屋を抜け出した。
夜の回廊は静まり返り、足音だけがやけに響く。
――そのとき。
執務室の扉の隙間から、灯りが漏れているのが見えた。
(こんな時間に……?)
引き返そうとした、その瞬間。
「……隣国が国境に兵を集めているとの報告が入りました」
低く緊張を含んだ声。騎士団長だ。
足が止まる。
「やはり、か」
父の声は静かだったが、その奥に硬さがある。
「表向きは友好を強調しております。ですが、交易の制限も始まっているとか」
「……こちらの出方を試しているのだろう」
重い沈黙。
(兵を集めている……?)
「開戦は避けねばならぬ。だが、舐められるわけにもいかん」
父の声が低く沈む。
その声を、初めて怖いと思った。
戦争。
その言葉こそ出ないが、意味は十分すぎるほど分かる。
前世の記憶がよぎる。
――兵を動かす国は、既に次の段階を考えている。
息が浅くなる。
ぎゅっと両手に力が入る。
(子供の私が、聞いてはいけない話だ……)
そっとその場を離れようとした瞬間、
緊張から足に力が入りすぎた。
小さな足音が、廊下に響く。
「あ……」
「そこに誰かいるのか?出てきなさい」
低く、重い声。
普段の優しい父からは想像もできない声色に、心臓が跳ねた。
(……しかたない)
ゆっくりと扉の前に進む。
「お父様……私です」
わずかな沈黙。
そして――
「入りなさい」
重い扉を押し開ける。
室内には父と騎士団長。
机の上には地図が広げられ、国境線には赤い印がいくつも置かれていた。
張りつめた空気。
「……リリア?」
アルベルトの目がわずかに見開かれる。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「喉が渇いてしまって……お水を飲みに」
騎士団長が一歩下がる。
「失礼いたします、殿下」
だが父は手で制した。
「構わぬ」
その声には、かすかな警戒が残っている。
リリアーナは机の地図へと視線を落とした。
国境。
兵の配置。
そして――一つの国の名。
胸が、強く打つ。
(そういえば……)
ここはゲームの世界。
そしてこの情勢は、確か――
(今年、あの国は凶作になる)
長く続く干ばつ。
枯れる穀倉地帯。
民の暴動。
そして。
(食糧を求めて、こちらへ刃を向ける)
ゲームでは、戦争は避けられなかった。
国境で血が流れ、国は疲弊し、
父は責任を一身に背負い、やがて――。
指先が震える。
でも――
今回は違う。
私は、あの結末を知っている。
そして――
(戦争を起こさずに済む方法も、知っている)
リリアーナは、そっと拳を握った。
父を守るために。
この国を守るために。
未来は、変えられる――。




