小さな社交界
七歳になったリリアーナには、一つ課せられた任務があった。
『子供会』
アルディア・クラウンと繋がりのある、貴族たちの同世代の子供が集い、交流を深める場である。
リリアーナは、正直なところ気が重かった。
転生前のリリアーナは、大人しく気が弱かった。
親の社交の場や季節の集いで何度か顔を合わせたことがあるが、その態度はあまりにも露骨だった。
幼いながらプリンセスとして振る舞う姿を僻んでのことか。
それとも、気の弱さに付けこまれただけか。
上から目線の言葉。嘲るような態度や視線。
傷つくリリアーナを見て、さらに態度を悪くする彼ら。
悪循環だった。
(まぁ、私が転生したからには、そんな態度させないけどね)
ただ、中身は十五歳の日比野莉子。
さすがに子供相手に大人げない姿を見せるわけにもいかない。
(子供の相手も、正直面倒なのよね……)
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子供会当日。
リリアーナは当主の席に、ひとり静かに腰掛けていた。
周囲では男児が走り回り、甲高い声が飛び交う。
離れた場所では女児たちがおままごとに興じている。
そして少し離れた位置で、三人の令嬢がこちらを見ながらひそひそと話していた。
(うるさい……)
子供だから仕方ないと理解はしている。
それでも時折響く高い声に、思わず眉がより、耳を塞ぎたくなる。
それぞれが楽しんでいる様子。
だが、これで交流会と呼んでもいいものか。
(絡んでこないから、その方が楽だけど)
目の前の苺のケーキを、フォークですくい、口に運ぶ。
滑らかなクリーム。ふわふわのスポンジケーキ。
甘酸っぱい苺が口いっぱいに広がる。
(やっぱりうちのシェフは最高ね)
交流よりも菓子を堪能していると――
「リリアーナ様は遊ばないのですか?」
突然声をかけられ、手を止める。
先ほどまでおままごとをしていた令嬢の一人だ。
「姫は、私たちとの交流がお嫌なのですね。立場が違いますものね」
棘を含んだ声音。
リリアーナはフォークをお皿に置き、小さく息を吐く。
(まったく……ほっといてほしかったのに)
「そんなことはありませんわ。皆さまとの交流は大切ですから」
にこりと微笑む。
「では、ご一緒しましょう」
袖を強く引かれる。
(ちょっと、伸びるでしょ……)
立ち上がると、三人が待っていた。
ビアンカ・シュタイナー。
フローラ・ベルニエ。
そして中心に立つ、セレスティーヌ・ヴァレンシア。
三人とも、薄く笑っている。
「リリアーナ様、おままごとをしましょう」
「姫様には子供っぽすぎるかしら?」
(感じ悪いわね……)
「いいわよ。遊びましょう」
にこりと笑顔で答える。
静かに火が灯る。
「じゃあ私がお姫様ね。リリアーナ様は別の役がいいでしょ」
腕を組むセレスティーヌ。
「リリアーナ様は、世話役になってもらおうかしら。フローラが私のお父様、ビアンカはお母様ね」
(あなたが配役決めるのね……)
「わかったわ」
「リリアーナ、喉が渇いたわ。お茶を持ってきて」
呼び捨て。
「承知いたしました」
ドカッと椅子に座るセレスティーヌ。
(こいつ……いくら役でも呼び捨てかい)
何もない空間にお茶を注ぐふりをする。
「何してるの?お茶ならあそこにあるでしょ。一緒にケーキもね」
(リアル志向なのね)
小さな手だ。
先にケーキを運び、紅茶をとりに行く。
「お嬢様、お持ち致しました」
「遅いわよ!一度に持ってこれないの?ったく何やってもとろいんだから!」
「申し訳ありません」
笑い声が重なる。
「掃除は?ほら、ここ埃が」
窓枠をなぞるビアンカ。
もちろん埃があるはずもない。
「本当に役立たずだな!こんな簡単なこともまともにできないとは」
くすくすと、笑い声。
リリアーナは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに顔を上げた。
「では――」
一歩下がり、優雅に一礼する。
「では――役目を交代いたしましょうか?」
穏やかな声。
三人が顔を見合わせる。
「お姫様は、命じるだけの役ではございませんわ」
静かに、まっすぐセレスティーヌを見る。
「客人に心を配り、場を整え、皆が楽しく過ごせるようにするのが務めなければいけません」
静かだが、はっきりとした声。
ビアンカが眉をひそめる。
「な、なによ……」
リリアーナは周囲を見渡した。
騒がしい男児。退屈そうな令嬢。散らかった小道具。
「フローラ様、先ほどのごっこ遊び、とても素敵でしたわ。お父様役、よくお似合いでした」
突然の言葉に、フローラがぱちりと目を瞬く。
「え……?」
「ビアンカ様も、お母様役がお上手でした。とても堂々としていらしたもの」
ビアンカが言葉を失う。
リリアーナは微笑んだまま続ける。
「セレスティーヌ様が姫役をなさるのも、もちろん相応しいと思います」
そこで、ほんの少しだけ間を置く。
「けれど、“姫”が一人きりでは、物語は動きませんわ」
静かに視線を合わせる。
「皆で作るから、楽しいのでしょう?」
場の空気が変わる。
リリアーナは一瞬だけ目を細め、それからゆっくりと微笑んだ。
「では、ひとつ提案がございます」
三人が顔を見合わせる。
「せっかくですもの。もっと楽しい物語にいたしましょう?」
セレスティーヌが腕を組む。
「どういうこと?」
「たとえば――」
リリアーナはくるりと周囲を見渡した。
騒ぐ男児たち、所在なげな令嬢たち。
「このお城に、大事なお客様がいらした、という設定はいかがでしょう?」
騒ぐ男児たち、所在なげな令嬢たち。
「……は?」
ビアンカが眉をひそめる。
「姫が一人で座っているだけでは、つまらないでしょう?私たち以外にも、家臣も騎士も必要ですわ」
そう言って、自然に役を割り振っていく。
「フローラ様は外交官。お客様をご案内するのがお上手そうですもの」
「え、わ、わたし?」
「ビアンカ様は宰相役がよろしいのでは?先ほど、とても堂々としていらしたから」
ビアンカが思わず姿勢を正す。
「そしてセレスティーヌ様は――」
一歩近づき、真正面から見つめる。
「やはりこの城の主に相応しいお姫様。皆を率いる役目です」
沈黙。
さっきまで嘲っていた三人が、言葉を失う。
リリアーナは穏やかに続ける。
「私は補佐に回りますね?姫は多忙ですもの」
三人が一歩引く。
命じたわけではないが、場の中心はすでにリリアーナに移っている。
「……」
セリスティーヌの瞳がわずかに揺れ、動揺がみえる。
近くで遊んでいた子供たちも、いつの間に輪に入り、そしてまた人を集めていく。
「ねぇ、それ面白そう!」
「僕、騎士やる!」
空気が動く。
ざわめきが、期待に変わる。
子供たちが集まり、輪が広がる。
大きな“城”が出来上がっていく。
ビアンカが小さく呟く。
「……なに、これ」
三人は気づいていた。
目の前の少女が、以前のリリアーナとは違うことに。
そして――
セレスティーヌの瞳が、静かに揺れた。




