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お姫様ですが、勇者になりたいんです― ヒロイン役を降りて、剣を取りました ―  作者: 亜久美 圭


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膝の上の居場所

柔らかな日差しが、カーテンの隙間から差し込む。


「ん……」


頬に、ふわふわとした感触。

あたたかくて、くすぐったい。

 

リリアーナはゆっくりと目をあけた。

 

すぐ目の前に、つぶらな瞳。


「……いや、近いわ」


すり、と頬に擦り寄るモルル。

目を細め、甘えるように身を寄せてくる。


リリアーナはその小さな頭を、優しく撫でた。


「こんな目覚めも悪くないわね」


嬉しそうに、尻尾がパタパタと揺れる。


「ふふ……おはよう、モルル」


喉の奥を指先でそっと撫でると、くるる、と小さな音が鳴った。


魔獣のはずなのに、どう見ても、ただの甘えん坊だ。


「いつの間にベッドに来たの?」


昨夜はちゃんと籠の中で眠っていたはず。

自ら入り、毛布を掘って丸くなっていたのに。


(ほんとに魔獣?猫みたい)


しばらくの間、柔らかな毛並みに指を埋める。


朝の光の中で、モルルは満足そうに目を細めていた。

 



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

「おはようございます」


朝食の時間。


「おはよう、リリア」


家族の挨拶に応え、席に着く。

その胸には、小さな魔獣――モルル。


「そいつも連れてきたのか?」


ヴァルターが呆れたように言う。


「はい。この子が何を食べるのか分からなくて……連れてきました」


「まあ、肉か野菜だろうな。根菜や葉物あたりか」


「そうなんですね」


そのやりとりを聞いていた父・アルベルトが、静かに口を開いた。


「その子の分も、すぐに用意させよう」


「ありがとうございます」


やがて、小皿が運ばれてくる。


細かく刻んだ肉と、茹でた根菜。

味付けはごく薄く、素材のままに近い。


モルルはリリアーナの膝の上で、くんくんと鼻を動かした。


「モルル……ご飯よ。食べられる?」


細長く切られた人参を指で摘み、差し出す。


ぱく。


小さな口が開き、人参をくわえる。


ぽり、ぽり、ぽり。


規則正しい咀嚼音。


「可愛い……」


兎の顔と猫の体を持つ、小さな魔獣、ラピフェル。


(食べ方は、兎なのね)


小刻みに口を動かす様子は、まさに野の兎のようだった。


「こうして見ると、本当に普通の兎みたいだな」


ヴァルターが手を伸ばす。


「よしよし――」


シャッー!


鋭い爪が一閃する。


「おい!!」


慌てて手を引くヴァルター。


「リリアの時と態度が違いすぎるだろ!」


リリアーナは苦笑した。


「モルル、だめよ」


そう言うと、ぴたりと威嚇をやめる。


「ほら、こっちで食べましょうね」


隣の椅子に移すと、再び静かに食べ始める。


ぽり、ぽり。


先ほどまでの凶暴さが嘘のようだ。


アルベルトが腕を組んだ。


「……本当に不思議だな。いくら下級魔族とはいえ、ここまで人に懐く話は、今まで聞いたことないぞ」


「よほどリリアが気に入ったのね」


母・リュシアは穏やかに微笑んだ。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


薔薇の香りが、やわらかく漂う。


新緑は太陽を受けてきらきらと輝き、風が庭を通り抜けていく。


強い日差しに目を細めながら、少し離れた場所で作業をしているルシアンに声をかけた。


「ルシアン!」


片手を大きく振る。もう片方には、白い布をかけた籠。


「お嬢様」


視線が籠へ向く。


「それは……?」


「えっとね……」


布がもぞりと動く。


ぴょこ。


白い顔が現れた。


「モルルよ。私の後をついてきたがるから、一緒に連れてきたの」


「……そうですか」


リリアーナがベンチに籠を置くと――


ぴょん。


「あ……」


飛び出したモルルが、まっすぐルシアンを見る。


「……なんだか見られていますね」


ルシアンが近づいた、その瞬間。


ぴょん。


「え?」


膝の上に着地。

小さな爪が、しっかりと衣服を捕む。


「おっと……」


そのまま座る形になったルシアン。


膝の上で、モルルはじっと彼を見上げている。


「ルシアンのことも好きなのかしら?」


「いえ……お嬢様の時とは違います。好きというより、観察されている気分です」


確かに、擦り寄りはしない。

ただじっと見つめるだけ。


「……今日はこのまま訓練を行いましょう」


微妙に姿勢が固いまま、ルシアンは言った。


「今日は、あの一帯です」


指し示された場所。

そこだけ薔薇の葉が薄く、花も項垂れている。


「昨日と同じです。流れを聞き、掴み、調和する」


「はい」


弱った薔薇の前に立ち、そっと手をかざす。


大地の脈動

陽のぬくもり。

風の通り道。

花の命の流れ。


全てを聞く。

無理に掴まない。

ただ重なりを待つ。


胸の奥から、あたたかな光が湧き上がる。

やがて指先から、淡い輝きがこぼれた。


光はやわらかく広がり、葉へ、茎へ、根へと染み渡る。

薄緑だった葉が、次第に濃さを取り戻す。


萎れていた薔薇が、ゆっくりと顔を上げる。

花弁が一枚ずつ、力を取り戻す。

やがて――


凛と咲き誇る、美しい赤。


「できました!」


振り返る。


ルシアンの肩が、ぴくりと跳ねた。


「お見事です!」


(今、見てなかったよね……)


「では、こちらもお願いします」


少し早口だ。


隣の弱った株へ向かう。


――その前に、ちらり。


やはりルシアンは、膝の上のモルルを見ていた。


目尻が、ほんの少しだけ下がっている。


「ルシアン」


「は、はい。見てますよ」


(……見てないじゃない)


今度は集中する。


流れを聞く。

穏やかに、静かに。


二つ目も、無事に成功。


庭に、生気が戻る。

 

ふと、思う。


(……これって、ルシアンの仕事を手伝ってるだけじゃないかしら)


近づく。


「ルシアン」


「はい」


「私がやっていること……あなたのお仕事を奪っていない?」


一瞬、言葉が止まる。


「……そのようなことはありません」


わずかに視線が泳ぐ。


膝の上では、モルルが小さく丸まっている。


「むしろ助かっています。庭の管理は広範囲ですから」


「本当?」


「ええ。本当です」


少しだけ、声が硬い。


リリアーナは、ふっと笑った。


「じゃあ、今日は“お手伝い”ね」


「……訓練です」


「お手伝いです」


「訓練です」


小さな沈黙。


その間に、モルルがくるりと向きを変え、ルシアンの膝で丸くなる。

完全に居座る気配だ。


「……重くないの?」


「問題ありません」


しかし姿勢は明らかに不自然。


「でも、邪魔でしょう?」


「……少しだけ」


リリアーナはくすりと笑う。


庭には元気を取り戻した薔薇。

その足元で、白い魔獣が、当然のように日向を占領している。


「ふふ。モルル、あなたもここが居場所なのね」


風が通り抜ける。

薔薇の花弁が、やわらかく揺れた。


ルシアンは小さく息をつく。


「……まったく。困った魔獣です」


けれど、その声はどこか穏やかだった。

 


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